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アート・バーゼル2026、巨大な作品を通じて語られた彼女たちの物語

  • 2026.6.24
©Tracey Emin, Photo © White Cube(Serge Hasenböhler)

6月21日までスイス・バーゼルで開催された世界最高峰のアートフェア「アート・バーゼル2026」。今年は43の国と地域から290のギャラリーが参加した。1週間の会期中に来場者数は約9万人にのぼった。

そのなかで、スケールの大きい作品を紹介するセクターが「アンリミテッド」である。今年は約1万6000平方メートルの空間に59のプロジェクトが並んだ。

ルバ・カトリブ Photo: John Kim

今年の「アンリミテッド」を手がけたのは、ニューヨークのMoMA PS1 でチーフキュレーターを務めるルバ・カトリブ。今回の展示を組み立てるうえで、作品同士の関係を重視したと話す。

「作品それぞれに耳を傾けながら、それぞれの作品の中にあるつながりを引き出したいと考えていました。そこから緊張感や、思いがけないコミュニケーションが始まることもあります」

また、今年の構成について彼女は次のように語った。「今年は、異なる地域・時代から新作・旧作を並べました。考えること、つくること、そして私たちが生きる世界に応答することについての対話が生まれるように」

トレイシー・エミン

トレイシー・エミン《Knowing My Enemy》(2002) ©Tracey Emin, Photo © White Cube(Serge Hasenböhler)

「アンリミテッド」セクターで多くの人が足を止めていたのが、トレイシー・エミンの《Knowing My Enemy》である。ネオン、ドローイングや刺繍によって自身の経験を語ってきたエミンが、本作では故郷の海辺から運んできた小屋を作品の中心に据えている。

イングランド南東部の町マーゲイトは、アーティストにとって家族の記憶が刻まれた土地。タイトルの「敵(Enemy)」が指すのは、父親との関係のなかで抱えることになった痛み、家族や故郷に感じる喪失感、または時間が経っても消えることのない記憶か。小屋の隣には、父の若い頃のトラウマ的な経験が記されている文書も添えられていた。

トレイシー・エミン《Knowing My Enemy》(2002) ©Tracey Emin, Photo © White Cube(Serge Hasenböhler)

全長12メートルに及ぶ木造の桟橋の上に建てられた古びた小屋の不安定な佇まい、海辺から移されたという事実、父の手書きの言葉。そのすべてが、過去の個人的な関係を取り巻く難しさそのものを表しているようであった。

ヴァネッサ・ビークロフト

ヴァネッサ・ビークロフト《Untitled(Izanami)》(2025) Courtesy of Art Basel

イタリア出身のアーティスト、ヴァネッサ・ビークロフトによる《Untitled(Izanami)》は、日本神話の女神イザナミを題材にした映像インスタレーションだ。建築家でモデルのビアンカ・センソリがイザナミを演じたことでも話題を集め、会期中には夫のカニエ・ウェストと来場したことも注目された。

映像の舞台は、東京近郊の廃墟となったホテル。病院用ベッド、椅子や白い石膏像が置かれた空間は、病室であると同時に何かの儀式が行われる場のようにも見える。ビークロフトはここで、冥界へ降り、地上へ戻る女神ペルセフォネと、黄泉の国へ向かうイザナミの神話を重ねている。生と死、人間と神話、身体と像のあいだを行き来する女性の姿が描かれていた。

今井 麗

今井麗《STUDIO》(2026) Photo: Yuki Kos

今井麗による《STUDIO》に描かれているのは、彼女が幼少期を過ごし、現在もスタジオとして使っている家である。骨董品に囲まれたその場所で、放課後、父親が集めた数多くのビデオの中から一本を選び、外国映画に浸っていたという。

今井はこう語っている。「ホラー映画を見るたびに、背後の戸口の暗闇が怖くてたまりませんでした。ものが多く置かれたその部屋は、映画のセットのようにも感じられました。そうした記憶が私の絵画の中に織り込まれています」

横幅約5.8メートルの画面には、キャラクターや犬、日用品といった身近なものが同居している。描かれているのは、家族と過ごした時間、映画に夢中になった記憶、扉の向こうの暗闇を怖がった幼い頃の感覚である。

ヘレン・フランケンサーラー

ヘレン・フランケンサーラー《Flood》(1967) © 2026 Helen Frankenthaler Foundation, Inc. / ProLitteris, Zurich. Photo: Samuel Bramley

今年のバーゼルでは、ヘレン・フランケンサーラーの存在も見逃せなかった。アート・バーゼルに出展されるとともに、バーゼル市立美術館では彼女の個展が開催され、戦後アメリカ抽象主義における彼女の位置が見直された。

彼女が画家として歩み出した1950年代のニューヨークでは、ポロックやデ・クーニングら男性作家が強い存在感を放っていた。そのなかで彼女は、床に置いた下地のないカンヴァスに薄く溶いた絵の具を染み込ませ、色がカンヴァスの上に乗るのではなく、布の内側から立ち上がるような表現を確立させた。

1967年の大作《Flood》では、その特徴がはっきりと現れている。会期中には、タデウス・ロパックが出品した作品が約300万ドルで売却されたと報じられ、フランケンサーラーへの注目の高まりを印象づけた。

ツァオ・フェイ

Courtesy of the artist, Creative Vitamin Space, and Sprüth Magers, Photo: Samuel Bramley

バーゼル市立美術館の1960年代以降の作品を扱う棟「Gegenwart」(注:「現在」の意)で開かれていたツァオ・フェイの回顧展「Testimonies to the Near Future」では、映像やインスタレーションを通して、現実の生活とデジタル空間が混ざり合う感覚が描かれていた。

展示空間で目を引いたのが、青いタコのような大きな立体である。プールのような空間に置かれたその姿は、一見すると遊具のようにも見えるが、近年のアバター作品や、メタバース上の建築空間《DUOTOPIA》と結びついている。生き物と機械、現実と仮想空間のあいだを行き来する感覚や、デジタルな世界に囲まれながら、なお身体を持って生きる私たちの姿と重なっている。

世界中からアート関係者が集まる大舞台のバーゼル、そこに展示されていた巨大なスケールの作品たち。それぞれに、記憶、身体、喪失や想像力が静かに潜んでいる。共通して感じたストーリーは、壮大な主義主張ではなく、アーティストたちの私的な物語だった。

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