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被害者と加害者、どちら側にも転ぶ特異な時代を、私たちは生きている『犯罪前夜』【吉川英梨 インタビュー】

  • 2026.6.22

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年7月号からの転載です。

日本の犯罪史上、ほとんど起こったことのないその事件を題材にしようと思ったとき、これまで取材をしてきた海上保安官の顔が次々と浮かび、笑みが零れたという。「現場のシミュレーションはこの方に、あの方には発生時のリアルな対応を訊ねよう……」。“とにかく、歩いて書く”吉川さんらしいエピソードだ。

「これまでほぼ題材にされなかったシージャック事件を書けば、新しい小説になるのでは、と考えました。ただシージャック事件と聞いて思い浮かぶのは50年以上前に起きた瀬戸内シージャック事件というほど、一般の人からは遠い犯罪。いかに自分事として読んでいただけるようにするかというのが大きな課題でした」

執筆準備は舞台とした大阪万博の前年、2024年から始めたという。

「ちょうど闇バイトの事件が頻発し、社会問題化してきたときでした。その頃、大学に通っていると思っていたひとり暮らしの息子が、実は闇バイトをしていたという父親のインタビュー記事を読んだんです。私にも子どもがいるので、いつ自分が被害者、そして加害者の親になるかもしれないという恐怖感を抱いた。その思いがシージャック事件という、少し距離のある犯罪と繋がっていきました」

大阪・帝塚山で起きた闇バイトの犯行と思われる強盗未遂事件。直後、西成の町工場で強盗殺人事件が発生、天保山客船ターミナルに乗り捨てられたトラックでは運転手が遺体に――。〈どういうこっちゃ。なんて一日や〉とぼやく大阪府警捜査一課・高城が犯人グループを追い、大阪港へと至ったとき、事件は観光帆船のシージャック事件に――。大阪府警、SAT、水上警察、海上保安庁特殊警備隊=SST、兵庫県警と、各部署が入り乱れるなか、追跡劇が始まっていく。

「警察同士の管轄争いのなか、“まぁ、まぁ”と取り持つのは、海保が多いと伺っていたので、その図も描いてみたいなと。犯人の逃走経路はすべて歩きました。観光帆船にも乗り、“ここに入れば潜伏できるな”と確認したり、航路も、見える景色も、すべて把握していきました」

登場人物の目を借りて進んでいくような臨場感のなか、犯人からの声明が届く。DMではなく、Xでリプライしろ、というところから劇場型犯罪に発展。要求は〈府知事に告ぐ。大阪万博を即刻中止せよ〉。犯人のプロファイリングが見えてこない。

「当初は劇場型にしようとは思っていませんでした。私は登場人物の履歴書を0歳から詳細に作るんです。この犯人は生来の目立ちたがり屋。権力に憧れているのに、そちら側になれない鬱憤をすごく持っている人。ならば、リプで世間に見せる方法を取るだろうなと」

人質には関西財界のドンの孫娘が、そして犯人グループには元海上保安官がいることも発覚。二転三転する突入計画のなか、制圧は成功するが――。第一部は、海上保安学校でともに学んだ仲間に引鉄を引く、SST隊員・岸本の視点で幕が下りる。

加害者とその家族の先に救いと光はあるのか

シージャック事件犯人一味として狙撃され、死亡した元海上保安官・森下諒。第二部は、彼の父、現役海上保安官・浩平の視点で進んでいく。

「私には中学生の息子が二人いるのですが、やはり思い通りには育たない。なぜこんなことをする息子に育ってしまったのか、自分が育ててきたなか、どの瞬間が間違っていたのか、どうすればこんな結末にならなかったのか、という浩平の逡巡は、私自身も子育てをするなか、日々、抱いている思いです。もし、自分の子が加害者側になってしまったら、どうやってその先を生きていけばいいのか、加害者の親として、どこに光を求めていけばいいのかということを、私自身、探っていきたかった」

加害者家族として取り調べを受け、マスコミに追い回される浩平と妻からは想像を超えた感情の領域が迫ってくる。夫婦の会話のなかに時々、笑いが零れるのが救いだ。

「キツい描写が続きますが、大阪を舞台にしたからこそ、こういう風に書けた。夫が関西出身なのですが、お葬式でも関西の方って、泣いている傍から、普通にボケとツッコミをするんです。その部分にちょっと救われてしまう」

もうひとつ、浩平の救いになるのが、事件の真相を追いつつも、彼に寄り添う大阪府警・高城の存在だ。

「コテコテの泥臭い刑事である高城は壊れた家庭で育っている。だから自身は家庭を持とうとはせず、どこに居場所を求めるかと言えば仕事、事件。彼から出てくる優しさみたいなものは、生来のものというより、まるで事件と結婚しているような人生の軸足から出てきているのでしょうね。だから、たとえば闇バイトグループの子の親たちの許へ、自腹を切って訪ねて行ったりもするんです」

高城は、第三部で、任務であったとはいえ、かつての仲間・森下諒を死亡させ、自身を追い詰めてしまっているSST隊員・岸本と向き合う。

「取り返しのつかない出来事を前に、人間はどうやって立ち直っていくのかというところにフォーカスしたかった。どこに光はあるのか、ということを、高城、岸本、浩平、そして私の4人で考えていきました」

「50作」の作品系譜のなか執筆してきた犯罪が一本に

本作は吉川さんにとって50作目の作品。なぜ、こんなふつうの子が、犯罪に手を染めるのか? という高城が抱いていく疑問は、これまでの執筆過程のなか、自身が肌感覚で実感してきたものとも重なるという。

「警察小説を書き始めて16年、特殊詐欺を扱った話がそのなかには結構あります。最初にそれを題材として書いた『ハイエナ 警視庁捜査二課 本城仁一』では、まだオレオレ詐欺と呼ばれていた。『警視庁捜査一課八係 警部補・原麻希 レッド・イカロス』を著わしたときは、アポ電強盗になり、今は闇バイト。オレオレ詐欺がこんな風に進化するとは思わなかったし、それを素人にやらせるようになるなんて想像もしなかった。自分が書いてきた犯罪が発展していっている。それが一本の線で繋がっていることが重くのしかかってきます」

「より犯罪が身近になっている。しかも自分が、被害者と加害者、どちら側になるかわからない怖さのある、特異な時代を私たちは生きている」と語る吉川さんが、本作に著わしたある人物のひと言が胸に迫ってくる。〈私、そこまで追い込まれたことがないから、わからないや〉。その言葉には、事件を起こした人の立場を想像してみるという、この作品の核にあるような思いが込められている。

「SNSを見ていると、何か事件があるとバッサリ犯人を切り捨てる人が多いですよね。犯罪は確かに憎むべきことではあるけれど、それに手を染めた人は様々なことが積み重なった結果、そうなってしまったという一面があることも確かで。簡単に断罪して終わりではなく、どこかで理解する気持ちを持たなければ、犯罪の芽を摘むことはできないのではないかと思うんです。そういう視点を持っておくことの大切さが、その言葉となって現れてきました」

最後に語られる驚愕の真実。一方で〈事件解決だけが、「出口」ではない〉という高城の思いが響いてくる。

「私はミステリーを、トリックから書くのではなく、人間を深掘りし、キャラクターから作っていくんです。そこを突き詰めていくと、やはり事件解決では終わらない。被害者も、加害者も、事件の当事者となってしまった人の人生はそこからがきっと長い。50作品目となった本作では、そこを描きたかった。その人たちが、もがきながら、次の希望をどう見つけていくのかということを」

取材・文:河村道子 写真:山口宏之

よしかわ・えり●1977年、埼玉県生まれ。2008年『私の結婚に関する予言38』でデビュー。警察小説を中心に執筆、著書に「警視庁53教場」「原麻希」「十三階」「海蝶」「感染捜査」「埼玉県警捜査一課 奈良健市」昨年、ドラマ化され話題となった「新東京水上警察」各シリーズ、『海の教場』『トヨタの子』『新人女警』など多数。

『犯罪前夜』

(吉川英梨/小学館) 2090円(税込)

大阪市内で起きた強盗殺人事件。闇バイトによる犯行と思われるが、大阪府警捜査一課の高城が犯人グループを追い、大阪港へ到達すると、観光帆船のシージャック事件に発展。海上保安庁特殊警備隊の岸本らが突入するが、悲劇的な幕切れが──。事件に残された多くの謎。辿り着く衝撃の真相とは? 警察小説の名手が時代を切り取る、破格の社会派エンターテインメント。

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