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ミュウミュウ リテラリークラブ、不安定な時代に本で結ばれる究極のガールフッド。

  • 2026.5.12

ミウッチャ・プラダのディレクションのもと、2024年より始動したミュウミュウのリテラリークラブ。文学作品を起点に多様な視点を持つ女性たちが集い、思索と対話を重ねるこの試みは、ファッションと文化の交差点として注目を集めている。ミラノデザインウィークの会期中、4月22日から24日にかけて、ミラノの中心地に佇むチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼで第4回が開催された。

ミュウミュウのミラノで開催されたたリテラリークラブの写真
会場となったのは19世紀建築のチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼ。グリーンとパープルを基調にしたキッチュかつエレガントな演出。


今年は「欲望の政治学(Politics of Desire)」をテーマに、アニー・エルノー『ある女(A Girl’s Story)』(2016年)とアマ・アタ・アイドゥー『Changes: A Love Story』(1991年)が題材として選ばれた。両作を軸に展開されたパネルディスカッションには、エマ・コリンやアレクサ・チャンなど、ミュウミュウのミューズたちも来場。また、講義形式のセッションやライブミュージック、DJイベントが行われ、会場に華やぎを添えた。

1階ラウンジではDJイベントやライブパフォーマンスで夜まで賑わいを見せた。


1日目は、『ある女』を題材にディスカッションが展開された。冒頭では、女優のディアナ・アグロンが作品の一節を朗読。フランス生まれのアニー・エルノーは、個人の記憶と社会史の関係を探究する作風で知られ、2022年にノーベル文学賞を受賞している。本作では、1958年の夏、18歳の少女が経験する初めての性的体験をもとに、現在と過去の両方の視点で記憶を掘り下げていく。思春期から大人になるまでアイデンティティはどう変容するのか、社会性や規律は欲望のあり方にどのような影響を及ぼすのか。アニー・エルノーは若き日の自己と向き合い、羞恥心によって封じていた個人的体験を女性に共通する普遍的な物語へと変換する。

左から、ルー・ストッパード、メーガン・ノーラン、アナベル・ヒルシュ、レア・メランドリ。


ライターのルー・ストッパードが司会進行を務め、作家メーガン・ノーラン、ジャーナリストのアナベル・ヒルシュ、イタリアのフェミニズム運動家レア・メランドリが登壇。1958年という時代背景のもと、女性の性的欲望がいかに厳しく監視されていたかを言及。当時は、写真や手紙、ドレスといったモノでさえ、恥という概念に結びつけられていた。しかし、その羞恥心こそが変化や成長のきっかけとなり、身体や性の目覚め、母性、老いへと結びついていく。そこから生まれた女性たちの欲望は極めて個人的なものに根ざしているようで、政治的に構築されてきたものであり、そして女性たちが思考や執筆を通じて切り拓いてきたものでもある。なかでも会場を沸かせたのは、「書くこととセックスは似ている」というアナベル・ヒルシュの言葉だ。「どちらも他者と接触する方法であり、他者との境界を揺るがすもの。書くことは痛みを伴うが、その中に一瞬だけ訪れる明晰さがある。その明晰な瞬間を探し続ける行為」と続けた。

ルー・ストッパードは、パリのヨーロッパ写真美術館でアニー・エルノーの展覧会を手がけた経験を持つ。今回の選書の意義について尋ねたところ、「アニー・エルノーはフランスではよく知られた作家であり、回想録と文化史の境界を横断する独自の作風を確立している。同じ出来事を異なる形で書き直し、書くという行為を実験的に再定義してきた。このような議論において、彼女の作品を取り上げることには大きな意味がある」と語った。また、初回から関わっているリテラリークラブについて、「女性作家たちがテーマを巡って自由に議論できる場であり、作家が他の作家について語るという構造が興味深い。そして何より、ミュウミュウのようなブランドがリサーチに基づいた文化的プロジェクトを継続的に展開していることは意義深い」と続けた。

初回からリテラリークラブに携わり、アニー・エルノーへの造詣も深いルー・ストッパード。


2日目のディスカッションは『Changes: A Love Story』を題材に、女優エマ・コリンの朗読で幕を開けた。アマ・アタ・アイドゥーはガーナ生まれの作家であり、教育大臣として活躍したポストコロニアル・フェミニズムを代表する人物だ。この作品は、30年前のガーナで、虐待的な結婚から離婚した女性が自由を求めて一夫多妻制の関係に身を置くものの、その選択が結果的に自身の立場を問い直すことになるという物語だ。自由や自立への欲望と、恋愛観や家父長制の圧力の間で揺れ動く主人公の姿は、時代や国、文化を超えて、現代を生きる女性たちが自身の姿を重ねられるものとなっている。

朗読するエマ・コリン
朗読するエマ・コリンの天使のような姿にうっとり。


司会はジャーナリストのナディア・ビアード、登壇者には女優で小説家のフランチェスカ・マルチャーノ、作家ワエトゥ・ムーア、文化人類学者グロリア・ウェッカーが並んだ。植民地主義は結婚=愛という価値観を導入し、階層によって社会が築かれた。「欲望によって抑圧される中で、女性同士の関係性は支え合いと連帯を生み出してきた」と、グロリア・ウェッカーは語る。フランチェスカ・マルチャーノは、今日のレストランで女性同士がテーブルを囲んで語り合っている様子を重ね合わせ、「それは、女性が昔から自然にやってきたこと。誰かに語ることで、自分についてより理解できるようになる。感情を共有することは、私たち女性のDNAにあるもの」と、同調した。さらに議論は、現代社会が再び植民地主義的構造や大国間の影響力による分断の中にあり、この保守的な動きは過去60年間の進展に対する揺り戻しの局面であるという話へと及んだ。女性の権利が後退する流れに対して抵抗と行動が必要であり、そのためには女性たちを繋ぐコミュニティ、いわゆるシスターフッドやガールフッドが重要である。スマートフォンへの依存によって孤立が進みゆく中で、本や映画、演劇、音楽といった文化が人々を再び結びつける力を持つことが語られた。

左から、ナディア・ビアード、ワエトゥ・ムーア、フランチェスカ・マルチャーノ、グロリア・ウェッカー。


ディスカッション後、フランチェスカ・マルチャーノに、今回、欲望というテーマが選ばれた背景にある社会的文脈について尋ねた。彼女は現代のイタリアと日本の共通性に言及し、「都市部では女性が子どもや家庭を持たない選択をするようになっている。地方でもソーシャルメディアの影響でファッションがより身近になり、若い女性たちは流行の服を着て外に出るようになった。これは女性の自立の表れであり、かつてのあらゆる欲望はいま、自己の存在への欲望へと変化している」と、語った。欲望は自立や自由へと繋がる一方で、孤立や執着を生み出す側面も持つ。未来への希望を抱きにくい時代において、欲望を持たないことが正しいとされる価値観も見られるが、しかし欲望を持たない限り、私たちは前へと進めないのかもしれない。リテラリークラブは、世界中の女性たちに共通する価値観や社会的課題を浮かび上がらせた。

イタリアで女優、作家、脚本家とマルチに活躍するフランチェスカ・マルチャーノ。


ミュウミュウがリテラリークラブを開催する意義は、大きくふたつあると考える。ひとつ目は、ファッションを愛する若い世代が本というアナログメディアへ手を伸ばすきっかけとなること。ふたつ目は、不安定な時代において、女性たちのコミュニティとして機能している点だ。0歳から100歳までの女性を描き出し、女性の多様な職業に光を当て、ミュウミュウは常に多様な女性像を提示し続けてきた。フランチェスカ・マルチャーノはこう語る。「デビューした当時、ミウッチャ・プラダはまったく新しい女性像を描き出した。華やかさやセクシュアリティを前面に押し出した従来のメゾンとは異なり、本を読み、美術館に通い、詩を愛する女性像を提示した。知性と感受性を備え、ときに内向的でもある存在。妻や母であると同時に、自分自身の内的世界を持つリアルな女性」。社会が移り変わり、表現は変わり続ける中で、ミュウミュウの根底にある女性像が揺らぐことはない。ミウッチャ・プラダのクリエイションは、過去から現在へと連なる女性たちの経験を結び直すもの、いわば究極のガールフッドといえるのだろう。

グリーンを基調にしたミニドレスルックでフレッシュかつスタイリッシュな魅力が光るエマ・コリン。
2026年春夏コレクションのエプロンドレスがモダンな印象のアレクサ・チャン。
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