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綾瀬はるかさん、千鳥・大悟さんと向き合った緊迫の現場、そして「母から受け継いだ土台」とは

  • 2026.6.5
撮影=セドリック・ディラドリアン

5月に開催された第79回カンヌ国際映画祭で上映され、注目を集めた是枝裕和監督の『箱の中の羊』。少し先の未来を舞台に、子どもを亡くした夫婦が息子と同じ姿形をしたヒューマノイドを迎え入れる物語です。

©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

本作のタイトルは、サン=テグジュペリの『星の王子さま』の一節が由来。綾瀬はるかさんは、最新の生成AIを搭載し成長する“息子”との日々のなかで自らと向き合うことになる建築家・甲本音々を演じています。

喪失感と葛藤を抱えた音々という役について、AIとの関わり、そして綾瀬さんにとっての“箱の中の羊”について語っていただきました。

10年ぶりの是枝組で向き合った「生と死」

撮影=セドリック・ディラドリアン

─今回、ヒューマノイドの息子を受け入れる役を演じて、気づいたことがあれば教えてください。

音々さんはいろんな複雑な感情を抱えている人ですが、人間って本当にいろんなことを複雑に考えているというのを強く感じました。

ヒューマノイドの翔に会って、音々さんはとても嬉しいし、愛情もある。でも、"それは本人じゃない"というところに複雑さもあるんです。愛おしいけれど、手放さなきゃいけない感覚もある。人って、いつも相反するものを抱えているんだと思いました。

─最愛の息子を失って2年経つという設定でした。

誰でも自分にとって大切な人が亡くなったときに、「ヒューマノイドを支給します」と言われたら、やっぱりすがりたくなるのかもしれません。

脚本を読んで最初は不思議に思ったこともあったんですが、演じていくうちに、「自分を責める気持ちがあったら、ヒューマノイドを試してみたいと考えるかもしれないな」と思うようになりました。

ただ、“ヒューマノイドの翔”と“人間の翔”との違いもはっきりしてきて、逆に孤独を感じたり、寂しくなったりする。自分がしてきたことや、できなかったこと、また同じことを繰り返すことを責めてしまう場面も出てきます。

正解はわからないですが、音々はヒューマノイドの彼と出会うことで、自分と向き合って成長できたのかなと思います。誰もが何かをきっかけに悲しみを乗り越えていくし、AIとは違って悩んだり葛藤したりするところが、人間らしさでもあるなって。

─是枝監督とは『海街diary』以来、ほぼ10年ぶりのお仕事です。監督は綾瀬さんを念頭に脚本を書かれたそうですが、実際に脚本を読んだ感想はいかがでしたか?

最初は難しい話だなと思いました。音々は、母親との関係も子どものころからうまくいっていなくて、そのうえに息子を亡くしている。どこかで自分や誰かを責める感情をずっと抱え続けている人なので、すごく難しそうな役という印象でした。

─今回の是枝監督との現場で強く覚えていることはありますか?

今回は、撮影した素材を監督がその日のうちに編集していたので、毎日台本が変わっていったんですが、それが理にかなっているなと思いました。監督が撮りたいものを繋げたことで、「こうした方がいい」という方向性が見えてくるんだと思います。

前回も穏やかな現場でしたけど、今回はより穏やかで。監督は本当に映画を作ることが好きなのが伝わってきましたし、とても空気の綺麗な現場だと思いました。

大悟のリアルな父親役に「本当に怖かった(笑)」

©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

─綾瀬さんと同じ広島出身という設定で、感情が高ぶると広島弁が出る場面もありました。普段は標準語で演じることが多いと思いますが、慣れ親しんだ方言で演じることに、いつもと違う感覚はありましたか?

監督に「音々は母親が嫌いだから、普段はあえて標準語を使っていて、怒ったり感情が溢れたりした時だけつい広島弁が出てしまう」と言われました。でも、私としては逆に広島弁で怒るのが難しかったですね(笑)。

─広島弁になると綾瀬さんご自身の素が出てしまいそう、ということではなく?

そういう感じではないですね。いつも標準語の音々のスイッチが切り替わる感じを表現するのが難しかったのかもしれません。

でも、広島弁だと自分はどう怒るんだろう……? とはいえ、標準語でも難しかったのかもしれないです。そのシーン自体が難しかったんだと思います。

─怒る芝居が難しい?

そうかもしれないです。音々さんは複雑な人なので、どこかで自分が悪いこともわかっているけど、単に母親に怒りをぶつけるだけではなく、つい甘えてしまう。怒るといっても、いろんな感情が混ざっている人だから、難しかったのかもしれません。

─音々と、千鳥の大悟さん演じる夫の健介がぶつかる場面は非常にリアルでした。

はい。自分がしてしまったことや、言ってしまったことを後悔しながら、いつも誰かのせいにしている一面もある。それを隠しながら、少しずつ出していく感じも難しかったですね。そういえば大悟さんは怒るのがすごく上手でした。本当に怖いなと思って見ていました(笑)。

─大悟さんは芸人としてのキャリアがあり、お芝居もされていますが、共演してみていかがでしたか?

もともと大悟さんが持っていらっしゃるものだと思うんですけど、とてもどっしりされていて。本当に父親役の健介さんそのもののようでした(笑)。

監督が「大悟さんは好きなように喋っていい」とおっしゃっていたので、そこはやりやすかったんじゃないかなと思います。監督の演出も本当に素晴らしくて、大悟さんの自然体な感じがより引き出されているように見えました。

─翔を演じた桒木里夢(くわきりむ)くんは、本作が映画初出演でした。

©2026「箱の中の羊」製作委員会

本当にまっすぐで、純粋なお芝居をされていました。ヒューマノイドっぽいメイクをしていたので不思議な感覚もありましたけど、一緒にお芝居をしていくと自然に感情が湧き立つことが多くて、私自身、“お母さん”の気持ちになりやすかったです。

本番前にお喋りしすぎると、桒木くんがセリフを忘れちゃうかもしれないから、その前はあまり話しかけないようにしよう、とたまに思ったこともありました(笑)。

─家族3人の距離感が印象深かったです。

監督が、3人で触れ合う時間をいつも設けてくださいました。そのときに大悟さんをすごいと思ったのは、桒木くんと一緒に遊びながら「次はパパの番やで」とか「それパパに貸して」と、空き時間でも父親として接していたんです。

私は自分のことを「ママ」と言うのは少し気恥ずかしくてできなかったんですが、大悟さんは本当に自然な感じで話されていて。すごいなと思いながら、2人を見ていました。

「よりシンプルに」。鎧を脱ぐための仕事論

撮影=セドリック・ディラドリアン

─さまざまな役を演じ、キャリアを重ねていく中で、綾瀬さんご自身の仕事との向き合い方に変化はありますか?

やっぱり経験が増えてきて、自然と鎧のようなものを身につけている気がします。現場に行った時に、どれだけ余分なものを削ぎ落とせるか、ということを前より考えるようになったかもしれません。

─事前に準備したもので固めるよりも、現場の雰囲気に合わせていく感覚でしょうか?

もともと、頭で考えるより感覚で受け取る方が得意なタイプだと思うんです。なので、「よりシンプルに」と心がけています。空気感やそのときの季節感、相手の目を見て自分がどう感じるかとか。そういうことだけでいい、という感覚ですね。

─音々たちが暮らす家も大きな役割を果たしています。実在する建築だそうですが、そういう空間に居ることは演技に影響しますか?

すごく影響する気がします。少し近未来的で質感も独特でしたし、間取りも不思議な感じがあって。場所や空間によって、お芝居はかなり変わる気がします。

─音々が設計したという設定でもあり、あの家は音々自身の心象風景のようにも見えました。

家と事務所の間に中庭があって、基本的に"扉を作らない"設計になっていると聞きました。人との距離感や温度を感じられるように、扉という境界を作っていないそうです。

─綾瀬さんご自身が住むとしたら、ああいうスタイルは理想ですか?

個人的には、『海街diary』のような古民家の方が好きですね(笑)。

─劇中で音々が、仕事をしながら翔に「悩みたい。それが楽しい」と話す場面があります。綾瀬さんご自身はどう感じますか?

そこは苦しいところでもあるんですけど……。AIだと、すぐ答えが返ってくるじゃないですか。でも、悩んでいる過程そのものが意外と楽しかったりする。ああでもない、こうでもないと考えている時間に、その人らしさが出ると思うんです。

人を見ていても、そういう面がある方が魅力的だと感じます。自分自身だと嫌ですけど(笑)。モヤモヤすることもあるけれど、少しずつ「こういうこともあるよな」と発見していくのはやっぱり嬉しい。だから、悩めているうちは幸せなのかもしれないです。

母から受け継いだ「目に見えない私の土台」

ドレス544,500円(ジル サンダー/ジルサンダージャパンtel.0120-998-519)、リング964,700円(シャルロット シェネ/シャルロット シェネ 青山店tel.03-6433-5955) 撮影=セドリック・ディラドリアン

─本作はAIやテクノロジーもテーマの1つですが、綾瀬さんご自身は日常でAIとどう向き合っていますか。

わからないことはAIに聞いたりするようになりました。最近だと「メリル・ストリープの人生を教えて」と入力したら、すごい勢いで多くの情報が出てきて(笑)。何歳でこの作品に出演して、何歳で結婚して、いつ何をした、とか。

便利さに助けられることはもちろんありますが、この映画みたいに、亡くなった人がヒューマノイドとして現れるとなると、私も音々さんと同じように違和感を抱くと思います。結局、自分がAIとどう向き合っていくか、ということなんでしょうね。

─展望台で翔と2人で話すシーンが象徴的でした。音々にとっての大きな転機のようにも感じました。

あのシーンは、ヒューマノイドの翔と話しているようで、実は自分自身と対話している感覚かなと思っていました。現実を少しずつ認識していく部分もあったと思います。

─本作の前に公開された『人はなぜラブレターを書くのか』でも母親役を演じられました。母親という役柄を通して、人間として気づいたことはありますか?

桒木くんもそうですけど、子どもの共演者を見ていると、大人になって経験が増える分、頭で考えることも増えてしまうなと思います。

子どもって、本当にシンプルなんです。何も考えていないかのように自然にセリフを言っているようですけど、それが映画の中ではすごく生きて見える。大人になると、余計なことを考えたりしがちだけど、常にシンプルでいること、余計なものを削ぎ落として現場に入ることは、本当に大事なんだと思わされました。

撮影=セドリック・ディラドリアン

─最後に、綾瀬さんにとっての"箱の中の羊"とは何でしょう? 目には見えないけれど大切だと感じるものについて教えてください。

日常的に言葉にはしないですけど、たとえば母親からの愛情を無条件に感じたり、その存在があるからいまの自分が作られているんだな、と感じています。

─ご自身でお母様と似ているな、と感じる瞬間はありますか?

小さいころから親の背中を見て育っているから、自分も自然と同じ行動をしていることがあります。たとえば、お風呂から出るときに浴室を綺麗に磨くこととか。母がやっていたことを、気づいたら自分もやっているんです。祖母は最後に冷水を浴びていたんですけど、それも自然と身についています。

目には見えないけれど、親から受け継いだものが自分の土台になっている。生まれ育った土地の空気感や、その環境にいたことが自分を形作っている部分があると思います。

たとえば映画を撮っているときも、相手の外見を見たり、セリフ(声)を聞いたりしているようで、その人から出ている“見えない何か”を感じていると思うときがあります。誰しもが、言葉だけではない、その人自身が醸し出す“何か”を受け取っているのではないでしょうか。

【インタビューを終えて】

笑顔を絶やさず、柔らかく屈託のない表情で話す綾瀬さん。監督や共演者について語る言葉は温かく、それぞれの魅力が自然と伝わってきます。そして自分の思うところを飾らずに話す。今作の撮影について「空気の綺麗な現場」と表現されましたが、綾瀬さんがいるその場もまた、空気が澄んでいるように感じました。

本人が「難しい」と繰り返した言葉は、難解という意味ではなく、機械的に白黒をつけることのできない人間の複雑さを指しているのだと気づきます。

様々な感情や葛藤を抱える音々を、そのまま抱きしめるようにシンプルに、真摯に演じること。その難しさを美しく乗り越え、観客が音々の心の旅に自然と伴走できるように導く。それが綾瀬はるかという俳優の、かけがえのない魅力なのだと感じました。

▶綾瀬はるかさんギャラリー

撮影=セドリック・ディラドリアン ヘア=ASASHI(ota office) メイク=Asami Taguchi(home agency) スタイリスト=吉田恵 取材・文=冨永由紀 編集=井本茜(婦人画報編集部)

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