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春日大社宮司・花山院弘匡さんと興福寺貫首・森谷英俊さんが巡る「星のや奈良監獄」

  • 2026.6.1
撮影=高嶋克郎

かつて刑務所として使われていた明治期の建物が日本で7番目の「星のや」に生まれ変わりました。その名も「星のや奈良監獄」。国の重要文化財でもある煉瓦造りの壮大な建物に流れる時間と空間は、まさに非日常そのもの。開業前の「星のや奈良監獄」を、いち早くご紹介します。

春日大社宮司・花山院弘匡さん、興福寺貫首・森谷英俊さんが「星のや奈良監獄」と出合う

春日大社と興福寺。奈良を代表する二つの社寺の花山院弘匡宮司と森谷英俊貫首が、開業前の「星のや奈良監獄」を訪れました。宗教家であると同時に奈良の歴史にも詳しいお二人が、「旧奈良監獄」を保全活用して誕生したラグジュアリーホテルで見たこと、感じたこととは……。

歴史を色濃く感じさせる建物が生まれ変わる。悠久の歴史が残る奈良には、ふさわしいホテルです。───花山院弘匡さん(写真右)
こちらは興福寺の歴史にも深く関係する土地。時の流れに万感の思いを抱いています。───森谷英俊さん(写真左)

宿泊客が自由にくつろぐことのできる「メインラウンジ」は更生の手助けをするために、かつては僧侶や神父が教誨(きょうかい)を行った所。天井を取り払って出現させた美しい梁が印象的な、新たな集いの場となった。 撮影=高嶋克郎、久保田狐庵

かさんのいんひろただ(写真右)〇春日大社宮司。1937年佐賀県生まれ。60年國學院大學文学部神道学科卒業。奈良県立奈良高等学校などの教諭を経て2008年より春日大社宮司。藤原道長の孫で関白師実の二男左大臣家忠を祖とする花山院家第33代当主。新著に『春日若宮を宮司が綴る』(中央公論新社)。

もりやえいしゅん(写真左)〇法相宗大本山・興福寺貫首。1949年群馬県生まれ。法政大学卒業後、出版社や鎌倉市役所に勤務した後、31歳で仏門に入るという異色の経歴をもつ。執事長や副貫首を歴任し、2019年に興福寺貫首へ就任。長年、中金堂再建などの伽藍復興プロジェクトに尽力する。

荘厳な重要文化財がホテルに

ヨーロッパの教会を思わせる大空間が広がっています。足を踏み入れた誰もが息をのむような荘厳な雰囲気の空間は、宿泊客が思い思いのコーナーで自由にくつろぐことができる「メインラウンジ」です。

「星のや奈良監獄」を訪れた花山院弘匡さんと森谷英俊さん。奈良に長くお住まいのお二人ですが、「旧奈良監獄」から「星のや奈良監獄」に様変わりしたこの建物を訪れるのは、「奈良少年刑務所」として使用されていた時期も含め、お二人とも初めてです。

回廊部分には煉瓦造りの優美なアーチが連なる。「今回の補修工事で新たに組み込まれた天井の耐震補強の鉄骨も機能美を超えた美しさを醸し出していますね」と花山院さん。 撮影=久保田狐庵

「こんなにも壮麗な煉瓦造りの建物が出来上がったとき、奈良の人々はきっと驚いたことでしょう。それは法隆寺や薬師寺が7世紀に建立されたときの、当時の人々の驚きと似ているような気がします。監獄と寺院では、建物の役割が全く異なりますが、どちらも当時の建築技術の粋が込められていました。また、寺院が宗教施設であっただけでなく、最先端の文化や文明の発信地であったように、奈良監獄の壮麗な正門に、人々は間違いなく西洋文化を感じていたはずです」

丹念に積み上げられた煉瓦を見上げながら、花山院さんはそう語ります。一方、森谷さんはご自身のインドでの体験を思い起こしていました。

ラウンジ奥には、奈良出身の三瀬夏之介さんによる、奈良盆地を大きな湖に見立てた絵画が掛かる。描かれているのは、興福寺の五重搭や大仏、そして奈良監獄の表門など。 撮影=高嶋克郎

「インドの仏跡へ参拝に赴いたとき、寺院の周囲に僧房のような宿泊施設が備わっているのを見かけました。この建物に流れている厳粛な雰囲気には、そのビハーラ・僧院に通じるものがあります。客室の窓は刑務所時代の舎房の窓そのままの高い位置ですね。空しか見上げることができないその窓から見えるものは、自分自身の心だけのような気がします。また、独房をいくつもつなげることで生まれた細長い客室空間には驚きました。日常では味わうことのできない、人の心に何ものかを訴えかけてくるようなホテルです」

奈良監獄とはなんだったのか

表門両脇の円塔に設けられたドーム状の屋根が、建築物としての表門の表情を和らげている。 撮影=高嶋克郎

1.明治建築の傑作「明治五大監獄」のひとつ

外の社会とのつながりを遮断する、刑務所の象徴でもある煉瓦造りの塀。高さは約4.6メートル。 撮影=高嶋克郎

「奈良監獄」の竣工は1908(明治41)年。ほぼ同時期に、千葉、金沢、長崎、鹿児島に国家事業として建てられた計5つの監獄は、後に「明治五大監獄」と称されるが、建築物としてほぼ完全な形で姿を留めているのは奈良監獄のみ。

2.設計者は、ジャズピアニスト山下洋輔さんの祖父

奈良監獄の設計者山下啓次郎は、外光が舎房に届くように2階天井に複数の天窓を設けた。 撮影=高嶋克郎
かつて扉に取り付けられた頑丈な錠前もそのまま残され、米ぬかなど自然由来の素材で丁寧に修復された。 撮影=高嶋克郎

「奈良監獄」の設計者である山下啓次郎は、海外視察を経て近代監獄設計のノウハウを習得し、その技術は「奈良監獄」をはじめとする「明治五大監獄」の設計に生かされた。薩摩藩出身の山下はジャズピアニスト山下洋輔さんの祖父にあたる。

3.「奈良刑務所」そして「奈良少年刑務所」へ

かつて受刑者を収容していた建物はいずれも2階建て。壁面の上下にずらりと連なる窓の数だけ舎房があった。 撮影=高嶋克郎

監獄法の改正に伴い、「奈良監獄」は1922(大正11)年に「奈良刑務所」、1946(昭和21)年には「奈良少年刑務所」へと変わり、2017(平成29)年まで実際に使用された。また同年には国の重要文化財に指定される。

奈良に流れる悠久の歴史に包まれる滞在

かつては中央部に看守が立ち舎房を監視した。効率的なこの構造は、「ハヴィランド・システム」と称される。 撮影=高嶋克郎

「星のや奈良監獄」のテーマは「明けの重要文化財」。この言葉が物語るように、建物の随所に重要文化財ならではの歴史が息づいています。その歴史は、やがて奈良という土地に流れる独自の歴史と共鳴します。森谷さんはホテルの立地に思いを馳せています。

「ホテルが建つ般若寺町という土地は、12世紀に南都焼討を仕掛けた平氏の軍勢が陣を構えた場所です。ここから軍を繰り出し、大仏殿や興福寺を焼失させました。敵対する二寺を見下ろす高台という、いわば恰好の地です。興福寺の歴史とも深く関わる場所ですので、万感の思いが去来します」

ホテルの客室棟となった建物の内部は、壁面を修復し、廊下に絨毯を敷くなどラグジュアリーな仕様に様変わりした。 撮影=高嶋克郎

さらに森谷さんは、仏教の道を歩んできた宗教家として、次のような言葉も残してくださいました。

「仏教の根本にある思想は『救い』です。刑務所という施設も、懲らしめの場ではなく、罪を犯した人が悔い改め更生していく場であったはずです。客室の窓から外を見上げるとき、あるいはラウンジでくつろぐとき、この建物がまさしく再生の場であったことをゲストの方々が少しでも思い起こしてくだされば、と思います」

ミュージアムエリアの池と灯籠は、刑務所のころから存在していたもの。植栽は最小限にし、当時の状態を留める工夫がなされた。 撮影=高嶋克郎

以前は高等学校で歴史の教師を務めていた花山院さんは、俯瞰的な視野で奈良の歴史を捉えています。

「首都というのはその性質上、町としての機能や建築物が絶えず更新されていきます。東京は常に最新の状態で、京都に残っているのはじつは平安時代の街並みではなく、都として存在していた幕末の町。その意味では、奈良には京都に都が移った時点での8世紀末の姿が残っています。多くの人が奈良にロマンを感じるのは、こうした古の日本の姿が残っているからでしょう。春日山には、春日大社の神山として、樹木の伐採が千年以上もの間、禁じられている原始林が残っています。また、このホテルのすぐ近くには聖武天皇陵があります。このように、いたるところで太古が顔を覗かせている土地、それが奈良です。そんな奈良に、明治という歴史を纏ったホテルが誕生したのは、とても喜ばしいことだと思います」

表門を通り抜けると左右対称の美しい建物がゲストを出迎える。刑務所の管理部門が置かれていた建物内部は、ホテルのレセプションとなった。 撮影=高嶋克郎

明治を色濃く感じさせる「星のや奈良監獄」で過ごす時間。それは、奈良が携えるさらなる悠久の歴史に包まれる時間であり、その時間がホテルに流れる非日常をより豊かに彩ってくれます。

当時の舎房の雰囲気を残した「星のや奈良監獄」の客室とラウンジ

客室

舎房をつないで設けた客室はひと続きの細長い空間に、寝室、リビング、ダイニング、浴室が機能的に配置されている。客室はつないだ舎房の数により「The 11-Cell Deluxe」「The 10-Cell」「The 9-Cell」と3タイプ。 撮影=高嶋克郎
建物本来の姿を保つため、煉瓦の壁やアーチ状の天井、鉄格子の窓などはできる限り残された。 撮影=高嶋克郎
リビングのソファに腰かける。やや高い窓の位置がかつての構造を物語る。奥に見えるのはバスルーム。 撮影=高嶋克郎

メインラウンジ

「ラウンジ」の両サイドにはソファとローテーブルが置かれ、壁際のライブラリーには建築や西洋文化にまつわる書籍が並ぶ。到着時には、奈良産の和紅茶を味わいながら建築当時の想いに触れるプログラムも。 撮影=高嶋克郎
建築としての奈良監獄を象徴する意匠のひとつがアーチ形。「メインラウンジ」の随所にアーチ形が採用され、デザインとしての連続感を創出。 撮影=高嶋克郎
かつて「中央庁舎」と呼ばれていた建物はレセプションラウンジとなった。ホテルに到着したゲストは、まずこの場所でチェックイン手続きを行う。 撮影=高嶋克郎
大きなガラス窓からモダンな佇まいの庭を望む「ダイニングラウンジ」。ディナー後は、レトロな蓄音機が置かれたこの空間でくつろぎのひとときを。 撮影=高嶋克郎

DATA
一泊食事なし1室の料金147,000円(サ込)~
IN15時 OUT12時 全48室
tel.050-3134-8091(星のや総合予約)
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奈良県奈良市般若寺町18

星のや奈良監獄

撮影=高嶋克郎、久保田狐庵 取材・文=櫻井正朗 編集=石黒三惠(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年7月号より

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