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『仕事=自分の価値』だと思い込んでいた私が、「代わりはいくらでもいる」と認めた瞬間

  • 2026.5.29

日々の忙しさに追われていると、「自分がいなければ」と気を張りすぎてしまいがちですよね。特に、責任ある立場にいるほど、立ち止まることへの不安は大きくなるものです。今回は、筆者の知人の体験談をお届けします。

画像: ftnews.jp
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止まれない日々

私は2人の子どもを育てながら、がむしゃらにキャリアを積んできました。

子どもの急な発熱に焦りながら会議に出たり、深夜に洗濯機を回しながら資料を作ったり。
「頼りになる人」と思われることが、当時の私の支えでした。

子どもが自立し、私自身も責任ある立場になると、ますます仕事にのめりこみ、ろくに有休も取らずに働きました。職場で必要とされることだけが自分の存在価値になっていたのです。

休むことは、自分の価値を失うことだと本気で信じ、常に自分を追い込んでいました。

突然訪れた、強制終了の時間

しかし、長年の無理がたたり、昨年ついに体調を崩して休職を余儀なくされました。

布団の中で私は、言いようのない焦燥感に駆られていました。

「私がいない現場はきっと大混乱だろう」
「後輩たちは困っているはず」

もちろん申し訳なさは感じていましたが、それと同時に、心の奥底には「自分の存在の大きさが改めて証明されるはずだ」という、どこか歪んだ優越感のようなものもありました。

突きつけられた残酷な現実

ところが、復帰した職場は、驚くほどいつも通りでした。

業務は滞りなく進み、後輩たちは私の不在を埋めるべく成長し、何事もなかったかのように職場は回っていたのです。

「私じゃなくても、大丈夫だったんだ……」

その事実に、安心するどころか私は妙に虚しくなってしまいました。
自分は代わりのきく存在なのだと、思い知らされたからです。

「代わりがいる」という自由

しかし数日が過ぎ、虚しさが引いた後に気づきました。
私は、『仕事ができる自分』でいないと、不安だったのかもしれない、と。

「私がいなくても世界は回る」
「私の代わりはいくらでもいる」
と認めた瞬間、ずっと張りつめていた気持ちが少し軽くなった気がしました。

仕事以外のことを優先する日があってもいいのだと、ようやく思うことができた瞬間でした。

今は無理に残業せず定時で帰り、家でゆっくりお茶を飲む静かな時間を大切にしています。
有休を取り、友人と出掛けることも増えました。

仕事以外の部分を充実させ始めた今、ようやく「仕事だけじゃない自分」を大事にできるようになってきた気がします。

【体験者:50代・女性会社員、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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