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一緒に、悪あがきしよう。映画『急に具合が悪くなる』主演の岡本多緒にインタビュー

  • 2026.5.28
映画『急に具合が悪くなる』より © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

ハリウッド作品を中心に、国内外でキャリアを重ねてきたモデルで俳優の岡本多緒。今回主演を務めた濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』の完成版を初めて観たとき、そこには彼女にとって新鮮な驚きがあった。

「今回は初めてというくらい、客観的に映画を楽しむことができました。自分が演じていることを忘れてしまうほど、ふたりの女性の物語に引き込まれていたんです」。上映時間は196分と聞けば長編だが、不思議と時間の感覚は薄れていく。温かさと力強さが同居し、観終えたあとには心が静かに整えられている。そんな澄んだ余韻を残す。

病と向き合いながら生の意味を見つめ続けた哲学者・宮野真生子と、ケアの現場から人間の営みを見つめてきた人類学者・磯野真穂による往復書簡『急に具合が悪くなる』(晶文社)を原作にした本作。舞台は、パリ郊外の介護施設。ユマニチュードというケア技法の導入に奮闘するフランス人のマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)と、進行がんを患う日本人演出家・森崎真理(多緒)が偶然出会い、かけがえのない時間を分かち合っていく。実在した人物の輪郭をたどりながら役を立ち上げることは、多緒にとって繊細な手探りの連続だったという。2019年に42歳で亡くなった宮野本人に会うことはかなわず、頼れるのは彼女がつづった言葉たち。「原作がお守りのような存在でした。原作に宿る“魂”のようなものを表現したかったんです」

濱口監督との対話を重ねるなかで、多緒自身の役との向き合い方にも少しずつ変化が生まれていった。「私は、なぜこのせりふを言うのか、なぜこの態度なのか、自分のなかですべてが腑に落ちてからシーンに臨みたいタイプだったんです」。だが、監督から返ってきたのは、意外な言葉だった。「答えがわからないまま飛び込んでほしい」。そのときは、どこか突き放されたようにも感じたという。綿密に準備し、正解へ向かうことは自身の強みでもあった。だからこそ、それを手放すよう促された瞬間、戸惑いも大きかった。「でも今思うと、それはこの作品のためだけじゃなく、私自身のために言ってくださった言葉だったんじゃないかと思います。厳しさのなかに、愛情を感じました。漠然とした信頼感のようなものが、お互いにあった気がします」。決めつけず、固めすぎず、その瞬間に生まれるものへ身を開いていく。フランス語のせりふに挑みながらも、相手の言葉や空気に素直に反応する。「楽器が鳴るように、その場で俳優が発したものに反応できる。そんな連続だった気がします」

映画『急に具合が悪くなる』より © 2026 Cinéfrance Studios – Arte France Cinéma – Office Shirous – Bitters End – Heimatfilm – Tarantula – Gapbusters – Same Player – Soudain JPN Partners

多緒は、濱口監督の役の大小にかかわらず、一人一人の俳優と丁寧に向き合い、役作りの時間を惜しまない姿勢が、現場全体の高い集中力を支えていたと振り返る。「施設の入居者たちとの身体表現が次第に大きなうねりへ変わっていくようなシーンは、私自身も強く心に残っていますし、完成したものを観たときには感動しました。さらに、長塚京三さんや黒崎煌代さんをはじめ、全身全霊でそこにいる俳優たちの姿にも胸を打たれました。映っていない瞬間ですら手を抜かず、本気でその場に存在していたんです」

その阿吽の呼吸は、真理とマリー=ルーの関係にも静かににじむ。文化人類学と哲学、それぞれ異なる背景を持ちながら、死を見つめる時間のなかで急速に距離を縮めていく。「違うふたりだからこそ、逆に怖くなかった。短い時間で急接近して、その時間でしか生まれないものが自然と湧き起こればいいなと思っていました」。初対面でありながら、なぜか深く通じ合ってしまう感覚。人生のある地点でしか出会えない相手との、偶然の巡り合わせ。本作は、そうした説明不能な結びつきを繊細に描き出す。

それは、エフィラとの関係にも通じるものがあった。多緒はフランス語を、エフィラは日本語を身につけながら役に臨んだ。「言語はお互いにとってチャレンジングでした。でも同じ熱量でヴィルジニーと向き合えたことで、最終的には相手の言葉も、その返答も、疑いなく受け取れるところまでいけたと感じています。彼女で本当によかった」。

カメラが回っていない場所でも、エフィラは多緒の話を親身に聞き、感情面まで気遣ってくれたという。二児の母として多忙な日々を送りながら、日本語の習得にも真摯(しんし)に向き合う。その包容力とプロフェッショナリズムは、介護施設のディレクターという役柄とも自然に重なって見える。

❝漠然と感じていたことが整理され、観る人にとってアハモーメントになるんじゃないかなと❞

映画は個人の友情譚にとどまらない。人間を人間として扱うことを困難にする医療や介護の構造、軽視されがちなケア労働、制度と理想のあいだで揺れる現実。現代社会が抱える問題にも、真っすぐ視線を向ける。「せりふの多くが、驚くほど自然に自分の言葉として入ってきました。社会構造について語る場面は、自分が普段考えていたことが言語化されていて、最初に読んだときは驚きました。漠然と感じていたことが整理され、観る人にとってアハモーメントになるんじゃないかと」。

多緒自身、気候変動や環境問題について発信を続けてきた。構造の複雑さを前に、無力感に襲われることもある。そんな感覚は本作で描かれる葛藤とも重なったという。印象に残っているのは劇中で語られる「不可能」にまつわる言葉。「不可能なものは不可能かもしれない。でも、やってみないとわからない。抜け道も、歩き出して初めて見つかることがある。あのシーンは、私自身すごく響きました」。すべてを変えられなくても、試みることはできる。小さく抵抗することはできる。「真理が“悪あがきしよう”と言うように、何かをしても無駄だと思ってしまう人にこそ、“ちょっとやってみよう”と届いたらうれしい」

濱口竜介監督最新作。介護施設で理想の介護の在り方を探求するマリー=ルー(ヴィルジニー・エフィラ)と、独創的な演劇の演出家でステージIVのがん患者である真理(岡本多緒)。同じ名前を持つふたりが偶然に出会い、友情を超える絆を結ぶ物語。6/19~、全国公開。

岡本多緒

1985年、千葉県生まれ。14歳で日本でモデルデビュー。トップモデル“TAO”として世界で活躍し、13年に映画『ウルヴァリン:SAMURAI』でヒロイン・マリコ役に抜てき。その後、ドラマ『ハンニバル』『沈黙の艦隊』など数多くの国内外の作品に出演。2023年に帰国し本名で活動をスタート。映画監督としても3本の短編映画を手がける。

From Harper's BAZAAR July/August 2026 Issue

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