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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「広場の記憶」

  • 2026.5.24
Stevens Fremont / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「広場の記憶」です。

座ったら広場は広い場所になりわたしをおいて移ろう広場

津島ひたち『歌壇』(2025年2月号)

【東直子さんの講評】

短歌の新人賞である歌壇賞を受賞した連作「風のたまり場」の中の一首である。心血を注いでいたオーボエを続けられなくなったことが描かれている。

掲出歌からは、挫折感を抱えた茫洋とした意識が伝わってくる。目的のないまま広場にひとりで座り、まるで広場そのものになってしまったかのよう。世界から置き去りにされ、存在が消えていくような孤独感が滲む。

同じ一連の後半に「いろいろな人が広場を訪れるように雲がわたしを訪ねる」という歌があり、広場のような自分に雲が訪ねてくると詠んでいる。ユニークな視点だが、前述の歌に比べ、雲を擬人化したこちらの歌からは、ふんわりとした気分が伝わってきて、心の再生を予感させる。

(広場・スローモーション)めいめいの名で白い竜を呼ぶ日、がきっと

笹川 諒(ささがわりょう)『眠りの市場にて』(2025年)

【東直子さんの講評】

初句の(広場・スローモーション)は、頭の中で広場の様子をスローモーション再生している、といった意味として受け取った。その広場にいる人々が、それぞれの白い竜を呼ぶ日がくることを想像している。まるでファンタジー世界の広場に足を踏み入れたかのような、わくわくするイメージである。

ただし、「がきっと」で締めくくられているので、あくまでも予想として描いていることが分かる。くるといいな、と思いつつ、そんなことはありえない、という理性的な諦念も含んでいる。その理性が、作者と読者の魂を自然に近づける。私も、そんなことはできないだろうが、できたらどんなに素敵だろう、と歌を何度も反芻してしまうのである。

雨の香に追ひつくごとく降り出しぬ此処の広場の群像濡らして

奈賀美和子『時のほとり』(2026年)

【東直子さんの講評】

雨が降りはじめるとき、空がみるみる雲に覆われ、湿気が増し、ぽつりぽつりと雨粒が道路に当たり、特有の香りがする。その後雨が本格的に降り出す。あの感じを「雨の香に追ひつくごとく」と表現し、繊細な発見がある。

昨年、台湾を訪ねて国立故宮博物院の庭を歩いていたとき、急な大雨に見舞われた。あわてて東屋にかけこみ、庭に立ついくつもの彫像を眺めたことを、この歌を読んで思い出した。

雨が降っても彫像は避難できず、ひたすら濡れるしかない。無力感を象徴するような情景だが、雨などものともしない強靭な存在ともいえる。人は広場にやってきて、やがて去る。しかし像たちはその場に留まり、永遠の沈黙を保ち続けるのだ。

◾️短歌のNew Topics...気軽な短歌の登竜門「各駅短歌」

雑誌『Wedge』(ウェッジ)では、繊細な感性で知られる現代歌人・穂村弘さんが選と講評を手掛ける「各駅短歌」を連載中。特急ではなく誰もが気軽に乗り降りできる、広く開かれた場が「各駅短歌」。穂村さんの豊富なデータベースから選ばれた作品に丁寧な講評が添えられ、東直子さんの短歌が取り上げられることも。

ひがしなおこ◯歌人、作家。広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞、2016年には小説『いとの森の家』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞する。歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、小説『ひとっこひとり』(双葉社)、エッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ 』(春陽堂書店)など著書多数。最新刊は掌編『フランネルの紐』(河出書房新社)。

文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2026年6月号より

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