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エリザベス2世の美学とは? 服飾史家 中野香織さんが解き明かす“ロイヤルの肖像”-vol.1-

  • 2026.5.7
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奉仕と共感による統治、原点にある責任の美学

2026年、エリザベス2世は生誕100周年を迎えます。70年以上にわたり英国女王として君臨し、帝国の終焉からデジタル革命まで、激動の時代をあたたかな威厳で導いた類いまれな君主でした。

女王の振る舞いの根底には、誠実な責任感があります。1947年、21歳の誕生日のラジオ演説で「私の生涯を、皆さんへの奉仕にささげます」と誓った言葉は、戦後の混乱期に希望の明かりをともしました。若き王女は戦時中、陸軍の補給部隊の一員として、軍服を着て働きました。トラックと共に写る軍服姿は、権威ではなく奉仕と共感によって信頼を築くという、彼女の統治の原点を示しています。

強い覚悟は、長い歳月に実績を重ねて絶大な信頼を獲得していきます。93歳となった2020年、コロナ禍に苦しむ国民に向けて語った「私たちは再び会える」というメッセージは、国境を超えて多くの人々を励ます力となりました。

女王のファッションもまた、奉仕の延長上にありました。1953年の戴冠式では、コモンウェルス諸国の花々を刺繍したノーマン・ハートネル作のドレスを「統合の要」として着用。20代には、妹のマーガレット王女がディオールなどの最新モードを取り入れてメディアの注目を集めたのと対照的に、落ち着きを備えた保守的な価値を表現する装いで世界を魅了しました。30代、40代でもトレンドとは少し距離を置いた一貫したスタイルで、格上の継続の価値を体現。その後は、あらゆる色を常に同じシルエットで着用するという「ワンスタイル、マルチカラー」の装いを定着させていきます。遠くからでも女王を識別できるようにという配慮を優先した、ザ・女王スタイルです。

沈黙の外交、色彩のメッセージ

徹底した奉仕の精神は、分断の時代に調和をもたらしていきました。女王は政治的な意見を述べませんでしたが、その沈黙は全ての人に居場所を与える調和への信念によるものです。2011年、英国・アイルランド関係の和解を意味する訪問で、彼女はアイルランドの色であるグリーンのドレスをまとい、アイルランド語で「悲しみを分かち合う」と語り、長年のわだかまりを溶かしました。女王は「中立」を超えて、全てを包み込む統合の象徴としてのパワーを発揮したのです。

穏やかに、しかし圧倒的な外交力を発揮していくそんな女王には、ユーモアが常にあったことも忘れられません。’12年のロンドン五輪開会式では、俳優ダニエル・クレイグ演じるジェームズ・ボンドに「グッド・イブニング、ミスター・ボンド」と声をかける映像で登場し、ボンドガールさながらの演出で世界を驚かせました。’22年のプラチナ・ジュビリーでは、クマのパディントンと共にお茶を楽しみ、「マーマレードサンドを常に持ち歩いていますの」とおどけてみせました。愛情とユーモアが同居する、英国の理想の上品さそのものの微笑は、心に染みました。

伝統を守りながら変化を恐れなかったことも、女王の魅力です。1957年には王室初のテレビ演説を行い、SNSの時代には王室公式アカウントを通じて若い世代とつながりました。SDGs時代には同じ服をブローチや帽子で変化させて再着用し、最も優雅なサステナビリティを実践するリーダーともなりました。

女王が言葉で語ることができない場合には、人々がブローチや帽子から「お気持ち」を読み解く、という『女王陛下の007』さながらの解読ゲームが展開されたのも、国民と心を通わせることができたエリザベス2世ならではの現象でした。

輝きは、なによりも、役割を果たし続ける女王の姿勢そのものから生まれています。分断の時代にも愛情をもって静かにほほ笑み、人々を包み込み、調和を促す存在であり続けること。その意志を、言葉、行動、装いの全てを通して示し続けること。そのような倫理的な生き方こそ、エリザベス2世が永遠のエレガンスの象徴たるゆえんです。

奉仕と調和の精神で彩る、時代を超えたスタイル

1953年の戴冠式。フィリップ殿下とは生涯、よき夫婦関係を保ち続けた。 Press Association / Aflo
国賓として1975年に来日。日英の永き友好を願い、東京・迎賓館の庭にウィンザー城から持参したオークの苗木を植樹。 Press Association / Aflo
銀婚式の1972年、フィリップ殿下と訪れたバルモラルの農場にて。カントリーではヘッドスカーフ姿が目印。 Fox Photos / Getty Images
雨のときは、フルトンの傘の持ち手と縁までドレスやコートと同色に揃え、ひと目で「女王がそこにいる」と分かる装いに。 Chris Jackson / Getty Images
即位70周年を記念した「プラチナ・ジュビリー」の祝賀行事にて。バッキンガム宮殿のバルコニーから国民に手を振る穏やかな笑顔に、半世紀を超えて国民と歩んだ女王の誇りと慈愛があふれる。 Chris Jackson / Getty Images

【Hot Topic】

伝統は未来へ ―― 美しき継承のバトン

Max Mumby / Indigo / Getty Images

2025年6月、チャールズ国王の公式誕生日を祝う「トゥルーピング・ザ・カラー」でのシャーロット王女。バッキンガム宮殿のバルコニーで空を見上げる姿は、すでに王家の気品をまとい、若きエリザベス女王にそっくりと話題に。母のキャサリン皇太子妃に引けをとらないスタイルアイコンとしての萌芽も見られ、英王室の未来に明るい希望をつないでいるかのよう。なお「トゥルーピング・ザ・カラー」は17世紀から続く伝統行事で、今も変わらぬ威厳と共に毎年行われています。

服飾史家 中野香織さん
PROFILE ラグジュアリー領域を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。青山学院大学客員教授。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを歴任。最新刊は100名のイノベーターからファッション史を読み解く『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。YouTubeでのスーツ解説も好評。


Text : KAORI NAKANO
25ans(ヴァンサンカン)1月号掲載(2025年11月28日発売)

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