1. トップ
  2. バレエのレジェンド、高岸直樹。後進に説く「誠実であれ」とは?『パ・ド・トロワ』インタビュー

バレエのレジェンド、高岸直樹。後進に説く「誠実であれ」とは?『パ・ド・トロワ』インタビュー

  • 2026.5.3
©Shoko Matsuhashi

1986年に日本を代表するバレエ団「東京バレエ団」に入団し、長く第一線で踊り続けてきた高岸直樹さん。モーリス・ベジャールやジョン・ノイマイヤー といった世界の巨匠にも信頼され、数多くのファンを魅了してきました。2015年に惜しまれつつ退団すると、自身の表現のみならず後進の育成にも尽力し、その教えは後輩たちの舞台で大きく花開いています。『婦人画報デジタル』では2026年4月に還暦を迎えた高岸さんにインタビューを実施。バレエダンサーの上野水香さん、元フィギュアスケート選手の町田樹さんと共演するバレエ公演『パ・ド・トロワ―また会う日まで』が控える時期に、貴重な話を伺うことができました。

師弟関係から始まった特別な公演

3人だけのバレエ公演『パ・ド・トロワ』は今年の公演で3回目。過去2年にわたって好評を博した特別な公演は、今回がファイナルとなりました。高岸さんはバレエ団を退団後、引き続き舞台に立つ傍ら、東京バレエ団を中心とした国内団体や大学などで幅広くバレエを指導しています。長年培った経験を惜しみなく後進に伝えていますが、『パ・ド・トロワ』が生まれたきっかけも、高岸さんの指導者としての活動からです。高岸さんと町田樹さんはバレエにおける師弟関係。町田さんがバレエを本格的に学びたいと考えたときに教えを乞うたのが高岸さんで、町田さんはバレエの基礎から高岸さんに学びました。

「町田さんは集中力や吸収力、そして根性が違いますよ。一度のレッスンでもものすごい量を学んで自分のものにする。次までに確実にものにしようとする意識が抜きん出ています。いままで数千人のダンサーを見てきましたが、彼ほどストイックな人はいませんね」。町田さんは公演のために振り付けも手掛けています。上野水香さんが踊る「献呈」 は過去の公演で大変な好評を博し、町田さんの振り付けから飛躍する神聖な踊りは、新たな名作と呼ぶにふさわしい作品になりました。

『パ・ド・トロワ』の一場面、過去の公演より。右から、町田樹さん、上野水香さん、高岸直樹さん。 ©Shoko Matsuhashi



またその上野水香さんは、高岸さんが昔から数多くの作品をともに踊ってきた戦友ともいえる存在。現在は東京バレエ団のゲストプリンシパルという立場で精力的に舞台に立っていますが、上野さんについて高岸さんは「いい意味でずっと変わらないですね。踊る前は大人しく見えてもひとたび踊り始めるとがらりと変わる。音楽が流れると別人のように作品に没頭するんです。長いキャリアを重ねると誰しも少しは変化もあると思いますが、彼女は変わらない。それが魅力ですね」

数多の経験を大切にしまった無数の引き出し

高岸さんはこの公演で町田さんのソロや、3人で踊る演目などいくつも振り付けを手掛けています。これまでも多方面で作品を発表する機会がありましたが、その創作過程は、自身の中に蓄積されている膨大なアーカイブの中から掘り起こすのだといいます。「例えば浮遊感を表現したいと思うと、どんな動きがもっともイメージを具現化できるのか。無数の引き出しの中からインスピレーション源を探す感じでしょうか。そういう意味でいうとバレエにおいて無駄な学びなど何もないということが言えますね。どこで、いつ、どんな引き出しが開くかわからない。だからどんなことも引き出しにしまっておかなければいけないと、後輩にもよく伝えています」

しかし創作に要する手間については、「ものすごく時間がかかるんですよ。それはまるで地獄のような日々(笑)。最初の扉が開くまでがとにかく大変で。曲のコンセプトやテーマをあれこれと思案して、それを振り付けに落とし込むまでにとても時間がかかるんです」。そんな生みの苦しみを経て完成する高岸さんの作品は音楽やコンセプトを伸びやかに表現することはもちろん、ダンサーひとりひとりの個性を理解し、そのキャラクターまでもが踊りの中で際立つようです。古今東西のアーティストやダンサーたちと交流し、それらをいくつもの引き出しにしまっている高岸さんだからこそ生み出せる世界から目が離せません。

高岸直樹さん。東京バレエ団のほか、東京シティ・バレエ団、谷桃子バレエ団、洗足学園音楽大学、劇団四季などで指導にあたる。 ©Yuji Namba

ダンサーは準備と終わりが肝要

近年の高岸さんの重要な仕事のひとつに、東京バレエ団の“アーティスティック・アソシエイト ”という役割があります。端的にいえば指導者としての関わり。最近の重要な公演の多くで貴重なアドバイスを後輩たちに届けています。東京バレエ団は定番の古典作品のほかに、『ザ・カブキ』のような、国内では東京バレエ団しか踊ることができない演目を多く抱えていますが、いまは亡き振り付け家やその真髄を知るダンサーたちから直接教わってきた高岸さんの言葉は、若いダンサーたちを導く助けとなっています。実際、同団における男性ダンサーたちの成長は目覚ましく、最高位のプリンシパルである柄本弾さん、宮川新大さん、池本祥真さんを筆頭に、多様な個性が光り、テクニックは日に日に向上し、どんな演目も充実させる層の厚さがあります。高岸さんが大きく歳の離れたダンサーたちと向き合うとき、どんな意識があるのでしょうか。

「とにかく彼らの“想像の芽”を摘まないこと。こちらから言いすぎないことですね。ダンサーはそれぞれ個性も違うし考えていることも違います。空に浮かぶ雲を見て何に例えるか、みんな答えが違うように、踊りも千差万別です。指導者のイメージを押し付けるとダンサーの頭も凝り固まってしまう。たとえダンサーの表現が自分の理想と違っていても頭ごなしには言わず、こんな提案もあるよと伝える程度でしょうか。ベジャールやノイマイヤーたちもそうでした。ダンサーの“個”を見るんです。いまならその思いがよくわかりますね」。まず自分で考える。とにかくそれが大切だといいます。

そして「誠実であれ」とも。「私生活でもきちんと準備をして、終わりもきちんとできるということ。バレエ団のダンサーたちには準備が遅いと本番も上手くいかないよと伝えています。準備をするというのは先まで見通しを立てられるということ。基礎的なバーレッスンひとつとっても、流れ作業のようにやるのか、自分のルートを見つけて丁寧にやるのか、そんな些細な違いが将来をわけるんです。きちんと準備して明日のことを考えながら終わる。私も長いキャリアを経て本当に大切なことだと思うようになりました。それで心も体も芯が作られるんです」。これはバレエのみならず、生活の上でも大切なことだと説きます。

『パ・ド・トロワ』の一場面、過去の公演より。上野水香さんと高岸直樹さん。 ©Shoko Matsuhashi

コンプレックスをはねのける情熱があればいい

結びに、日本のバレエ界を背負っていくダンサーたちについて、「条件や前提を凌駕する情熱は大切だと思います。コンプレックスがあるということは自分の弱点がわかるわけです。そうするとそれをどうカバーしようかと考える。すると考える力が養われて武器になるんです。どんどん逆境をはねのけてやってほしい」と高岸さん。自身はいまでもトレーニングは毎日欠かさないといいます。「365日欠かさないですね。もちろん体の変化はありますが、いかにできないことを克服するか、その戦いは楽しいですよ」と笑います。

体が動く限りは踊りたいと思いますかと問うと、「そうですね、どうも踊ることが好きみたいで」と高岸さん。「指導なんて言いましたが毎回自分がレッスンしているように思うんです。人に教えながら私もどんどん動くので、それができなくなったら寂しいでしょうね。だからトレーニングを続けられるんだと思います」。キャリアと経験を重ねてなお、バレエへの情熱は揺るぎません。

『パ・ド・トロワ―また会う日まで』

上野水香×町田樹×高岸直樹

©Yuji Namba

第一部/「映像と実演で綴るPas de Trois」(70分)
第二部/「町田樹のクロストーク」(30分)

公演日時/
5月4日(月・祝)14時 トークゲスト:望海風斗
5月5日(火・祝)16時 トークゲスト:中村祥子

会場/東京文化会館 小ホール

※本作は13演目中5演目が実演、ほかは映像上映
※町田樹さんの舞踊実演は、第一部フィナーレのみ

取材・文=八木あきほ(婦人画報編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる