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入院患者「財布の位置が変わってる」看護師がよく調べると…“発覚した真相”に「誰も信じてくれないと思ってた」

  • 2026.5.24
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出典:photoAC ※画像はイメージです。

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

精神科病棟では、患者さんの訴えを「症状」として捉える場面が少なくありません。もちろんそれは必要な視点ですが、ときに「症状だと思い込むこと」で見えなくなる現実もあります。

今回は、被害妄想として片付けられかけた訴えの中に、実際の出来事が混ざっていたケースについてお話しします。

「誰かが部屋に入ってるんです」

精神科病棟に入院していた中年男性のAさん。統合失調症があり、入院当初は被害妄想や不安感が強い状態でした。

症状は徐々に落ち着いてきていましたが、ときどきスタッフにこんな訴えをすることがありました。

「財布の位置が変わってるんです」
「誰かが勝手に部屋に入ってる」

最初に聞いたとき、多くのスタッフは症状の一部かもしれないと受け止めていました。

統合失調症では、被害的な訴えが出ることは珍しくありません。また、財布の位置が変わっているだけで中身が盗られているといった被害はなかったため、病棟内でも

「気にしすぎかもしれませんね」
「今は不安が強いのかも」

という対応が中心になっていました。

気になった具体性

ただ、私はAさんの話を聞くたびに、少し引っかかる感覚がありました。Aさんの訴えは、妙に具体的だったのです。

「昨日の夕方、財布を棚の右に置いたんです」
「でも夜には左側に移動してた」

あるいは、

「昼食のあとに位置が変わることが多い」

など、時間帯や場所の説明に一貫性がありました。もちろん、症状によってそうした認識になる可能性もあります。

けれど、「なんとなく誰かに見られている」という曖昧な内容ではなく、細かいズレを繰り返し説明していることが気になりました。

「また始まった」ではなく

ある日、Aさんが少し強い口調で言いました。

「本当に触られてるんです」
「信じてもらえないのは分かってますけど」

その言葉を聞いたとき、私はふと考えました。

もし本当に何か起きていたとしても、統合失調症だからという前提があることで、最初から症状として処理してしまっていないだろうかと。

もちろん、妄想の可能性はありました。しかひし、確認できることまで決めつける必要はありません。

そこで、病室内の様子や、人の出入りを少し意識して見るようになりました。

違和感の正体

観察を始めて数日後。ある場面で、私は同室患者のBさんがAさんの棚付近を触っている姿を見かけました。

Bさんは悪びれる様子もなく、置いてある小物を触ったり、並べ替えたりしています。

「Bさん、どうしました?」

と声をかけると、

「あ、なんとなく」

と笑って手を引っ込めました。

その後も注意して見ていると、Bさんには近くの物を無意識に触ってしまう癖があることが分かってきました。

悪意があるわけではない。盗ろうとしているわけでもない。ただ、気になった物を触ってしまう。そして元の位置に戻しているつもりでも、少しずれていたのです。

「妄想じゃなかったんですね」

状況を整理すると、Aさんの訴えには現実の出来事が混ざっていたことが分かりました。

もちろん、そこに被害的な受け取り方が加わっていた部分はあります。しかし、

「物が動いていた」

という認識自体は、完全な妄想ではありませんでした。そのことを説明すると、Aさんは少し驚いた顔をしたあと、小さく言いました。

「やっぱり、そうだったんですね」

続けて、

「誰も信じてくれないと思ってました」

と苦笑いしました。

症状の中に「現実」が混ざることがある

精神科で働いていると、症状を適切に理解することはとても重要です。

ただ一方で、「この人は統合失調症だから」という見方が強くなりすぎると、現実に起きていることまで見落としてしまう危険があります。

今回の件も、もし最初から完全に妄想と決めつけていたら、確認されることなく終わっていたかもしれません。

そしてAさんは、「また症状扱いされた」という感覚だけを残していた可能性があります。

決めつけないという難しさ

精神症状と現実は、きれいに分けられるものではありません。

現実の出来事に症状が影響して解釈が広がることもあれば、症状だと思っていた中に、実際の事実が混ざっていることもあります。

だからこそ必要なのは、「妄想か、本当か」と単純に切り分けることではなく、何が起きているのかを一度確認してみる姿勢なのだと思います。

あの日のAさんの訴えは、完全な妄想ではありませんでした。そしてその出来事は、私自身に「症状だから」と決めつける怖さを改めて教えてくれました。

精神科看護では、見えているものだけで判断しないこと。その大切さを実感した出来事でした。



ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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