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【美川憲一さん×安奈淳さん】1カ月半の入院で筋肉が落ちた…それでもステージへ。病と歌をめぐる本音の対談

  • 2026.4.26

【美川憲一さん×安奈淳さん】1カ月半の入院で筋肉が落ちた…それでもステージへ。病と歌をめぐる本音の対談

2025年秋に心臓の手術をし、パーキンソン病も見つかった美川憲一さん。病を得て、歌への情熱が一層強くなったというその思いを、60年来の友人、安奈淳さんと語り合っていただきました。

Profile
美川憲一さん

みかわ・けんいち●1946年、長野県出身。
65年デビュー。66年に発表した「柳ヶ瀬ブルース」の大ヒットで脚光を浴びる。その後もムード歌謡の名曲「さそり座の女」などのヒット曲を次々と放ち、スター歌手の仲間入りを果たす。
80年代以降は独特のユニセックスなキャラクターや歌声、派手なファッションでより幅広いファン層を獲得。また、辛口のコメンテーターとしてTV番組にも頻繁に出演。

安奈淳さん

あんな・じゅん●1947年、大阪府生まれ。
65年、宝塚歌劇団入団。70年に星組男役トップスターに、74年に花組トップスターになる。75年、『ベルサイユのばら』でオスカルを演じ一大ブームを巻き起こす。
78年に退団後は、舞台、テレビドラマに出演。現在は歌手として活躍中。昨年12月には帝国ホテル大阪でクリスマスディナーショーを開催。
著書に『70過ぎたら生き方もファッションもシンプルなほど輝けると知った』(主婦の友社)他。

1カ月半の入院で筋肉が落ちたわ (美川)

––––美川さんは昨年9月に洞不全症候群という心臓の病気で手術を受けられました。そのときのことを教えてください。
美川 以前から、たまに足がもつれることがあったけど、年のせいだと思っていました。去年の夏、ロサンゼルスの家に一人でいたときに一瞬意識がなくなって転んだんです。なんか変だと思い、帰国後に病院に行ったら洞不全症候群という診断が。ペースメーカーを入れる手術で1カ月半入院しました。でも、リハビリのときになんとなく違和感があったので徹底的に調べてもらったらパーキンソン病が見つかったんです。
安奈 そのとき、美川さんがお電話をくださって、私、電話口で泣いてしまった。思い出してもまた涙が……。
美川 でもね、とてもいい先生で、今はいい薬もあるから大丈夫ですよって。その代わり筋トレとストレッチしてくださいと言われて。それで週2回、ジムに行ってます。今日もこれから行くの。運動嫌いなのに(笑)。
安奈 私も運動嫌い。週に1回ピラティスの先生に家に来てもらっていますが、ほとんどしゃべってばかり(笑)。
美川 重たいウエイトを足につけたり、マシントレーニングしたり。1時間やると、くったくたで筋肉痛になるの。
安奈 筋肉痛になるくらいじゃないと効かないらしいですよ。
美川 おかげで筋肉がついてきて、だいぶ足が楽になったわ。
安奈 よかった。ずっと昔、ステージでご一緒したときに、久しぶりに会った美川さんがギューッとハグしてくださって。そのとき、ずいぶんがっちりしてるなぁと感じました。
美川 それから10キロくらい痩せたわ。
安奈 私も経験があるけど、1カ月半入院すると筋肉がすごく落ちて、脚なんてすりこぎみたいになる。そこからトレーニングで戻すというのは大変なことです。
美川 3カ月くらい仕事ができなくて、声を出さなかったから元に戻すのがたいへんで、今、ボイストレーニングにも通っているわ。
安奈 私は50代のとき大病をして、1年以上仕事を休んだら全然声が出なくなって、もう歌手はできない、やめようと思った。
美川 そんなに?
安奈 私の病気は筋肉が落ちる病気だったから余計に。でも、歌しかやってこなかったから、どうやって生きていけばいいかわからなくて……。何とかしなくては、と病気が少し回復してからボイストレーナーについたの。そのとき先生が、片方の肺を取って声が出なくなった俳優さんの話をしてくださって。その方はトレーニングで声が戻って、今では立派にお芝居している、と。それを励みにトレーニングして、また歌えるようになったんです。声帯は筋肉だから鍛えれば応えてくれますね。

こうなったらやるっきゃないのよ (美川)

安奈 私は50歳過ぎた頃に難病のエリテマトーデスという膠原病の一種になり、病院に救急搬送されたとき、「あと1時間遅かったら死んでいた」と言われたんです。そして、体にたまった水を10日かけて抜いたら60キロあった体重が33キロになった。心臓にも水がたまっていて、もう少しで窒息死するところだったそうです。その後、危篤になって「今夜が峠です。お葬式の用意をしてください」と友達が言われたこともあったけれど、奇跡的に生還しました。そのとき人には寿命があるんだな、と思いました。やるべきことが残っているから生かされたんだと思ったの。
美川 私はこれまで一度も病気をしたことがなかったの。一度、骨折したときも車椅子でブラジルまでコンサートに行きましたから。
安奈 すごい!
美川 それくらいしぶとかったのよ。でもねパーキンソン病だってわかって、今まで休みも取らずに身を粉にして働いてきたから、ここで休めということなのかなと。
安奈 歌い続けてきた60年ですものね。
美川 病気になると不安になってね、死というものを身近に感じる。今までは考えたこともなかったのに。でも、立ち向かうしかない、闘わなきゃ仕方ないなと。
安奈 10月に退院し、12月からステージに復帰されましたよね。
美川 そう。初めはコロッケとのジョイント。一人は無理だから、サポートしてもらうにはコロッケがいいなと思って。まぁそのときに「おかえりなさい!」って客席がすごかったの。私、初めてステージで泣いたわ。
安奈 ジョイントは、コロッケちゃんが美川さんのものまねをするようになってからでしょ?
美川 私から「あんたやんなさいよ」って言ったの。そうしないと生き残れないわよって。あの人も去年2月に膝の手術をしたのよ。
安奈 みんなどこか悪いけど、やるしかないわね。
美川 やるっきゃないのよ。
––––病気にも負けず、前向きなお二人の生き方に力が湧いてきます。ありがとうございます。

撮影/山田崇博
取材・文/依田邦代

※この記事は「ゆうゆう」2026年5月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。

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