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教え子の絵日記に描かれていたのは、かつての自分が一番欲しかったもの

  • 2026.4.26
ハウコレ

個人面談で保護者に投げかけた一言が、今も胸に刺さっています。私が「可哀想」と言ったのは、目の前の子どものことではなかったのかもしれません。

教室の隅に見えた自分

私自身、母ひとりに育てられた子どもでした。母は朝から晩まで働いていて、家に帰ってもひとりきり。学校で友達のお父さんが参観日に来ているのを見るたび、胸がぎゅっと苦しくなりました。

だから教師になって、休み時間にひとりで絵を描いているあの子を見たとき、放っておけなかったのです。

「最近、お子さんが休み時間にひとりで絵を描いていることが多くて」

面談でそう伝えたのは、かつての自分の姿が重なって見えたからでした。

最悪の形で出た言葉

放課後の教室で「お母さん、少しお話ししたいことがあるんです」そう切り出してから、「お父さんのことを聞かれると黙ってしまうこともあるんです」と前置きして、私は伝えたかったことの核心に向かいました。

「シングルマザーの子は可哀想なんです」

口にした瞬間「しまった!」と思いました。本当に伝えたかったのは「気にかけています」ということだけだった。それなのに、自分の中にある古い痛みが、最悪の形で言葉になって飛び出してしまったのです。取り消したくても、もう遅いとわかっていました。

あの絵に描かれていたもの

「先生、これを見てください」。お母さんが取り出した絵日記を開くと、大きな太陽の下で、お母さんと手をつないで笑っている男の子の絵。

「きょうもママとごはんをたべた。ぼくのいちばんすきなじかん」

それを読んで、ようやく気づいたのです。私が寂しかったのは、母がいなかったからじゃない。母と過ごす時間に「幸せだ」と感じられなかったから寂しかったのだと。

あの子は違う。あの子の世界には、ちゃんと太陽がある。私はそれを「可哀想」という言葉で踏みにじるところでした。

そして...

絵日記を抱えて帰るお母さんの背中を、職員室の窓からずっと見ていました。傷つけたのはあのお母さんだけではありません。あの子を「かつての自分」に重ねることで、あの子自身の幸せを否定していました。それは教師として、一番やってはいけないことです。

翌日、あの子がまた休み時間に絵を描いていました。そっと覗き込むと、青い空の下にたくさんの人が並んでいます。「これ誰?」と聞くと、あの子は笑って「クラスのみんな」と答えました。ひとりで絵を描いていたのは、寂しかったからじゃなかった。描きたいものがたくさんあっただけでした。

寂しかったのは、ずっと私のほうだったのです。明日、あのお母さんに謝りに行こうと思いました。

(30代女性・教師)

本記事は、ハウコレ読者への独自アンケートに寄せられた実体験をもとに制作していますが、個人が特定されないよう、一部設定を変更しています。

(ハウコレ編集部)

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