1. トップ
  2. ロン・ミュエクとは? 森美術館展の前に知っておきたい、人間を見つめる作品世界

ロン・ミュエクとは? 森美術館展の前に知っておきたい、人間を見つめる作品世界

  • 2026.4.17
ron mueck

シリコンやポリエステル樹脂、ファイバーグラスなどの素材を使い、皮膚の皺やたるみ、毛穴や体毛、浮かび上がる血管など、人体の細部に至るまでを見事に描き出すリアリズムと、非現実的ともいえる不思議なスケール感とが共存する立体作品で知られる現代美術家、ロン・ミュエク。2026年4月29日(水・祝)~9月23日(水・祝)、東京・六本木の「森美術館」では、独創的かつ現代的な素材選びや表現方法によって具象彫刻の可能性を広げ続けてきた彼の大規模個展を開催する。

〈写真〉ロン・ミュエク《マス》2016-2017年 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年 撮影:ナム・キヨン 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館


Getty Images

映画や広告制作の現場から美術界へ転身

ロン・ミュエクは1958年オーストラリア・メルボルン生まれ。子ども向けテレビ番組の制作現場で働いたのち渡米、映画や広告の分野でモデルビルダーなどとして活躍した。特に伝説的な操り人形師で映画監督も務めたジム・ヘンソンとの仕事は有名で、1986年公開の映画『ラビリンス/魔王の迷宮』では自ら制作したマペットを動かしている。

同年渡英、ロンドンで会社を立ち上げ活動を展開したのち、1990年代半ばに美術界に転身。1996年にロンドンの「ヘイワード・ギャラリー」で開催された展覧会に画家で義母のポーラ・レゴの作品とともに精巧な少年の像《ピノキオ》(1996年)を展示、現代美術家としてデビューした。

Aflo

翌年にはロンドンの「ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ」で開催された、ダミアン・ハーストら1990年代にイギリスに登場した若手作家の作品を展示した『センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト』展に、ミュエク自身の亡くなった父親を3分の2スケールで細密に表現した《死んだ父》(1996-1997年)が出品され、世界的な話題に。以来、ミュエクは世界各国の名だたる美術館で展覧会を開き、現代美術界において存在感を発揮してきた。

<写真>1997年の『センセーション:サーチ・コレクションのヤング・ブリティッシュ・アーティスト』展に展示されたミュエクの《死んだ父》(1996-1997年)。本展に自らのコレクションを出展したチャールズ・サーチは、ミュエクがデビューするやその才能に目を付け、彼のキャリアを後押しした。

Hearst Owned

<写真>金沢21世紀美術館で2008年4月26日〜8月31日に開催された『ロン・ミュエック』展や、韓国国立現代美術館ソウル館で2025年4月11日~7月13日まで開催された『Ron Mueck』展に展示され、今回森美術館にも展示される《マスクⅡ》(2002年)や《イン・ベッド》(2005年)などが展示された。なお、同年開館した十和田市現代美術館には《スタンディング・ウーマン》(2007年)が常設展示されている。

ロン・ミュエク《マスクⅡ》2002年 個人蔵 展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年 撮影:ナム・キヨン 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

Getty Images

<写真>十和田市現代美術館に常設展示されている約4mの巨大な女性像《スタンディング・ウーマン》(2007)。



Hearst Owned

韓国では見られなかった初期の重要作《エンジェル》も展示

本展はミュエクとカルティエ現代美術財団との長きにわたる関係性によって企画されたもの。2023年パリの同財団での開催にはじまり、ミラノ、ソウルを巡回し、各地で大きな話題を呼んできた。日本の美術館でミュエクの個展が開催されるのは、2008年に「金沢21世紀美術館」で行われた国内初の大規模個展以来、実に18年ぶりのことだ。

今回「森美術館」では、ミュエクの初期の代表作から近作まで11点を展示。そのうち、巨大な頭蓋骨の彫刻100点で構成される大型作品《マス》(2016-2017年)をはじめ6点は日本初公開となる作品だ。『センセーション』展のニューヨーク巡回でも展示された《エンジェル》(1997年)は、今回の巡回展では日本だけでの展示となる。

〈写真〉 ロン・ミュエク《エンジェル》1997年 個人蔵 画像提供:アンソニー・ドフェイ(ロンドン)

Hearst Owned

ミュエクの重要な転換点《マス》がついに日本上陸

ミュエクとは20年以上にわたり展覧会の制作や設営を共に手掛け、近年はカルティエ現代美術財団によるミュエク展のアソシエイト・キュレーターも務めるチャーリー・クラークは、「この展覧会シリーズの前提となったのは、これまでオーストラリア・メルボルンでしか鑑賞できなかった《マス》をヨーロッパや極東に紹介し、新たな観客に届けると同時に、ロン・ミュエクの作品全体の文脈の中で提示しようという大規模な試みでした」と話す。《マス》は、メルボルンのビクトリア国立美術館からの「モニュメンタルな作品を」との依頼をきっかけに生まれた作品だ。

「カルティエ現代美術財団は、この作品がミュエクにとって重要な転換点であると捉えています。《マス》は、観客との新しい関係性を切り開いた作品であると同時に、その着想の種が、彼の初期作品の中にすでに存在していたことを改めて見直す契機にもなっています」

その《マス》は、メルボルンで2017年に発表されて以来、展示会場ごとに異なる形で展開されてきた。森美術館でもサイトスペシフィックな展示が行われることとなる。

〈写真〉ロン・ミュエク《マス》2016-2017年 所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈 展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年 撮影:ナム・キヨン 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

Getty Images

カルティエ現代美術財団は2005年にフランスの美術館で初めてミュエクの個展を開催。以降、2013年と2023年にもそれぞれ展覧会を開催してきた。

「カルティエ現代美術財団は、ロン・ミュエクの作品に対して非常に寛大で長期的な支援を行ってきました。彼の芸術的なキャリアをこれほどまでに継続的に見つめてきたことによって、作品がいかに豊かに観客と関わりうるかについての深い理解が培われており、それは彼らが共に作り上げてきた展覧会にも明確に表れています」とクラーク。

《マス》もそうだが、ミュエクの作品は非常に写実的でありながら、実物とは異なるスケールで制作されている。この“スケールの操作”について尋ねると、クラークは「ロンはスケールを、それぞれの作品に本質的に備わる要素として捉えているのだと思います」という。

「制作の過程では、スタジオの壁にドローイングを描き、自身の身長との関係のなかでサイズ感を確かめながら調整していくこともあります。スケールの変化は何よりも本質的に、観る者の意識を常に覚醒させ、彫刻のリアリズムが単なる錯覚を狙ったものではないことを明確にします。実物より大きな彫刻であれば、本来なら近づくのを躊躇うような距離まで接近することが可能になります。一方で、小さなスケールの人物像は異なる視点をもたらし、まるで大人が子どもの目線に合わせてしゃがみ込むように、覗き込むような体験へと観る者を誘います。どの作品も、それぞれ“最適なスケール”を見いだしているかのようで、それ以外のサイズであることなど微塵も感じさせないのです」

Hearst Owned

制作過程を垣間見られる写真や映像作品も展示

「ロン・ミュエクは基本的に一人で制作を行い、必要に応じて特定の作業を補助するためにアシスタントの手を借りています」とクラーク。今回はフランスの写真家、ゴーティエ・ドゥブロンドによる写真や映像を通じて、ミュエクの制作過程を垣間見ることができる。

本展ではフランスの写真家、ゴーティエ・ドゥブロンドがミュエクの制作過程を追った写真や映像も紹介。「ロンは自身の彫刻そのものが語ることを重視しており、観客が作家の意図に縛られることなく作品と向き合うことを望んでいます。彼がスタジオで制作している様子を見ることは、作品そのものの自律性を損なうことなく、作品がどこから生まれ、どのように形づくられていくのかを理解する手掛かりとなるのです」とクラークは語る。

〈写真〉 ゴーティエ・ドゥブロンド《チキン/マン》2019-2025年 ハイビジョン・ビデオ

Getty Images

今回の展覧会では展示されないが、ミュエクは近年、1.7トンもの鋳鉄を素材とした頭蓋骨の作品《Dead Weight》(2021年)や、巨大な犬の集団を表現した《En Garde》(2023年)や《Havoc》(2025年)など、素材や表現において新たな境地を切り開く作品を発表している。

<写真>2023年6月8日〜11月5日にカルティエ財団現代美術館で行われた個展では、写真の《En Garde》(2023年)や《Dead Weight》(2021年)などが展示され、ミュエクの芸術活動における近年の進化を提示するものとなった。

Getty Images

「ロンはこれまで、主に使用してきた素材以外の特性にも長く関心を持ってきました。鋳鉄もそのひとつであり、《Dead Weight》には最適だと感じたのだと思います。《Dead Weight》はまるで《マス》の100個の頭蓋骨がひとつの密度の高い塊に圧縮されたような印象を与えます。重い鉄には環境に応じて経年変化し風合いを帯びていくような、根源的で本質的なものが備わっているのです。さらに最近では、《En Garde》や《Havoc》のように、より大きな集団を表面のディテールを最小限に抑えて表現し、バランスや緊張感、彫刻的なフォルムを通じて観る者に主題を突きつける作品も制作しています。《マス》以降、これらの野心的な作品では、観客がインスタレーション空間の中に入り込み、その場を移動しながら体験する形式が採用されており、ロンが新たな制作手法や観客との関わり方を模索していることがうかがえます。今後、彼がどのような展開を見せてくれるのか非常に楽しみです」

開催前から注目を集める、18年ぶりのロン・ミュエクの個展。日本初公開作品も含め、その表現の変遷と現在地を、ぜひ体感してほしい。

Hearst Owned

ロン・ミュエク

会期/2026年4月29日(水・祝)〜9月23日(水・祝)
時間/10:00~22:00 ※火曜日のみ〜17:00/ただし5月5日(火・祝)、8月11日(火・祝)、9月22日(火・祝)は〜22:00/最終入館は閉館時間の30分前まで
会場/森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階)
会期中無休

〈写真〉《買い物中の女》 2013年 所蔵:タデウス・ロパック(ロンドン・パリ・ザルツブルク・ミラノ・ソウル) 展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、 2025年 撮影:ナム・キヨン 画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

元記事で読む
の記事をもっとみる