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「女のくせに」「下品だ」と叩かれた過去…芸歴45年・久本雅美(67)がバッシングを浴びながらもバラエティの頂点に立てた理由

  • 2026.5.12
久本雅美さん。

新橋演舞場で上演中の「新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演」。松竹新喜劇から『お種と仙太郎』、新派から『明日の幸福』の2本立て上演、その両舞台にゲストとして出演するのが、芸歴45年の舞台俳優・久本雅美。

『お種と仙太郎』を演出する齋藤雅文は言う。「実に真摯で真面目な方で、僕らがテレビで知っている久本さんという方は、普段の彼女の姿ではない」。一世を風靡したテレビタレント、舞台にこだわる生粋の演劇人、久本雅美のマルチすぎる生き方を聞いた。


久本雅美さん。

――今回の舞台「新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演」では、波乃久里子さん、高島礼子さん、三田村邦彦さん……豪華な面々と共演されますね。

久本 本当にそうそうたる皆様の中に私も入れていただいて、感謝の思いでいっぱいです。特に大尊敬する波乃久里子さんと一緒の舞台に立てるなんて……本当に夢のようで。

三田村さんも全然お変わりなく、相変わらず素敵で、かっこいい。(高島)礼子ちゃんとはバラエティ番組ではちょこちょこご一緒させていただいてますけど、お芝居は初めて。お客様が私と高島礼子を間違えないように頑張っていきたいと思います(笑)。

――久本さんは昨年舞台『花嫁 ~娘からの花束~』で石井ふく子さんの演出もご経験されていますよね。石井さんの演出方法についての印象に残っていることはありますか?

久本 先生の演出は本当にパワフル。お芝居1つ1つを丁寧に見ていただいて、所作から、感情の出し方から、いつも事細かに教えていただいて。先生は今、ケガでお足がちょっと悪いっておっしゃってましたけど、乗ってくると先生はどんどん前に出られるので「あれ、足悪かったんじゃないの?」って思うくらい(笑)。

先生はよく「心よ、心で芝居するのよ」とおっしゃるんです。長年家庭劇をされてきた先生のこの「心」というのは、お芝居の屋台骨なんだなと。それから石井先生の「心で芝居するのよ」は、私の中でお芝居の指針になっています。

――「心で芝居」素晴らしい言葉ですね……。

久本 今回もまた色々とお世話になりますけれども、「心」でさせていただこうと思っております。でも普段の先生は本当にかわいらしい。居酒屋に行かれたことがないというので、お連れしたんですよ!

「先生、焼き鳥屋行きますか」って言ったら「行きたい」って(笑)。居酒屋に行ったり、バーベキューに行ったり、今回また新たな思い出ができると思うとすごく楽しみなんです。

――久本さんが「喜劇」に魅せられたきっかけって何だったのでしょうか。

久本 そもそも小さい頃から、人に笑ってもらえると嬉しいというのがありました。うちの家族も明るいですし、特に父方の親戚一同皆さん元気でパワフルで、私が親戚で一番無口だと言われるくらい(笑)。本当に元気で明るい一家に育ちまして。

当時のテレビはドリフターズ全盛期で、ドリフのコントを見て笑ったり、大阪ですから演芸番組もしょっちゅうテレビで放送されていて、そういうのを見てただ笑っているような普通の子どもでした。

でも、そういえば小学校高学年の頃かな、自分で台本を書いて仲の良い友達を集めて、ドリフターズのコントの真似事をしていたんですよね。そんな大したことないんですよ。歩いていて自分だけ違う方向を向くとか、そういうベタなネタでも、小学生には大ウケで。先生や生徒の前でやって笑ってもらったりするのが好きだったんですよね。

かといって、この世界に入ろうとはつゆとも思っていなかったんです。短大に通っていた頃、たまたま母から「あなたは、OLには向いていないだろうから、何か好きなことを見つけた方がいいんじゃないか」と言われまして。

当時、深夜ラジオのディスクジョッキーがすごく人気だったんです。曲をかけながらリスナーのはがきを読んで、いろいろなエピソードを喋って、横にはそれを聴いて楽しそうな放送作家さんがいたりして。キャキャッと笑いながらたのしくおしゃべりする達人がたくさんいて、かっこいいなと思っていたんです。

母もそう言うし、だったら憧れのラジオのディスクジョッキーになりたいと思い、アナウンサー養成学校に通いはじめました。

「進学するか吉本に入るかどっちかだ」

久本雅美さん。

――最初はラジオへの憧れだったんですね。

久本 そうなんですよ。その学校で知り合った、今でも仲の良い友人なんですけど、その子が「東京に行って舞台女優になる」と言っていて。私はその子を応援するつもりで、たまたま東京に行く機会があった時に一緒にいったんです。

その時に出会ったのが、劇団東京ヴォードヴィルショー。当時とにかくチケットが取れないくらい超人気の笑いの劇団で、その時はちょっと行ってみようかなくらいの軽い気持ち。でも行ったら、ハマったんです。「これだ!!」って。

――どんなところに惹かれたのでしょうか。

久本 大阪育ちですから新喜劇や吉本はずっと見ていたけれど、演劇には特に興味はなかったし、自分は見て笑っている側だと思ってました。

でも生の舞台に初めて触れて……若い人たちがいろんなパロディをやったり、舞台上でストーリーが展開して、お客さんみんなをゲラゲラ笑わせてる。なんてかっこいいんだろう、なんてすごいんだろう、笑いって本当に素敵だって、まさに雷に打たれたみたいでした。

漫才やコントとは違う、舞台で喜劇をやっている人たちの輝きに魅せられました。単なる友人の付き添いだったのが、私もその友人と一緒に東京に出て、東京ヴォードヴィルショーに入りました。

――すごい、1本の舞台で人生が決まったと。お母様はなぜ久本さんを「OLには向いていない」と感じたのでしょうか。

久本 なんせ親戚一同がみんなパワフルだから、私はそこまで目立つわけじゃないんですけど(笑)、友達の間ではやっぱり「面白い」と言われていたし、小さい頃からコントを作ってやっていたのを見ていたからでしょうね。

小・中の担任の先生には「進学するか吉本に入るかどっちかだ」ってずっと言われていたんですよ。それを聞いていた母が、この子はクリエイティブなことをしたほうがいいんじゃないかと思ったんでしょう。さすがに「東京で劇団に入る」と言った時はびっくりしてましたけど。でも最終的には「まあそうか」という感じで背中を押してくれました。

――私が最初に「久本雅美」という方を知ったのは、深夜ラジオだったんです。小学生の時に本当にたまたま久本さんのオールナイトニッポンを耳にして。

久本 え、本当ですか!? 深夜3時~5時の放送なのに、小学生でよく聴いてましたね(笑)。

今のように女性芸人が活躍できる場はなかった

久本雅美さん。

――当時はまだ「女は面白くない」みたいな風潮が全然あるなかで、真夜中にガンガンしゃべりで笑いとっている知らない女性……のちにそれが「久本雅美」であることを知り、そういう女性がいることにとても励まされました。

久本 今もそうですけど、どこの世界でも男性のほうがやっぱり主導権握っていますもんね。でもそんなふうに思ってもらえたなら嬉しいです。オールナイトニッポン2部、本当にやばかったですよね(笑)。

――今では女性芸人も本当に増えましたし、女性が下ネタを言うことも当時と比べたらだいぶ世間も許容してると思います。久本さんは、いわばその分野のパイオニアじゃないですか。いろいろとご苦労も多かったんじゃないかと思うんですが。

久本 そうですね……苦労というより、自分が面白がってることしかできないので。やっぱり自分の器のものしか出ないじゃないですか。たまたまやっていたことが下ネタだったりとか、ちょっと奇抜なことが好きだったんでね。だから苦労というほどではなかったけれど、ものすごい反発はありましたよね、世間から。「女のくせに」とか、「女が出るな」とか、「下品な女だ」とか。ものすごい批判もいただきながら、ありがたいことにお仕事もどんどん増えていく。賛否両論ありましたよね。

今みたいに女性芸人さんが活躍できる場はなかったですし。(山田)邦子さんは先輩として本当に面白くて、邦子さんワールドがあった。でも私の場合はどちらかというとマニアックというか、舞台の人間という感じで、もちろんタレントでもあるんだけど、ちょっと地下的な、アングラな雰囲気があったんだと思います。

――それから久本さんを見ない日はないというほどテレビを席巻していきます。『笑っていいとも!』ではレギュラーを17年間以上務められていて、これは女性タレント最長だそうです。

久本 タモリさんも所(ジョージ)さんも、(明石家)さんまさんも、(ビート)たけしさんも、本当にビッグな方々と共演させてもらってました。私は……本当に人に恵まれたなと思うんですよ。特に知名度もなかった私がたくさんテレビに出させてもらっていたことで、もしかしたら意地悪されたりすることもあったのかもしれないけど、私が気づいてないだけで。でも共演した皆さんは優しくて温かくて大きくて。私はただ好きなことをやらせていただきながら、それを喜んでくれたり認めていただいたりして。

山城(新伍)さんと初めてバラエティでご一緒させて頂いた時、最初は「誰だ? この聞いたことも見たこともない奴は」という感じで結構厳しかったんですね。でも私が番組でいつも通りバーってしゃべっていたらすごく気に入ってくれたみたいで「おいおい、いいじゃねえか」ってびっくりされて。あとから「『誰だこの汚い女は?』って思ってたけど気に入ったよ」なんて言ってくださったみたい(笑)。レギュラー番組もご一緒させて頂きました。そういう大物の方々とたくさんご一緒できたことが、本当に勉強になったし、私の財産だと思っています。

久本雅美(ひさもと・まさみ)

1958年7月9日生まれ、大阪府出身。WAHAHA本舗の看板俳優として活躍し、その明るいキャラクターと巧みなトークでバラエティ番組のMCとして親しまれる。代表作に『メレンゲの気持ち』、『秘密のケンミンSHOW極』など。

文=西澤千央
写真=橋本 篤

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