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『ハムネット』ジェシー・バックリーとクロエ・ジャオ監督に独占取材。悲しみや喪失が持つ力を語る「これは希望に満ちた映画」

  • 2026.4.13

世界で最も著名な劇作家、ウィリアム・シェイクスピアの成り立ちを、妻や子どもたちとの関係から描く『ハムネット』(公開中)。『ノマドランド』(20)でアカデミー賞作品賞・監督賞を受賞したクロエ・ジャオが、マギー・オファーレル著の同名小説を映画化した。

【写真を見る】シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語

悲劇に立ち向かうシェイクスピアの妻アグネスを演じたジェシー・バックリーは、今年3月の第98回アカデミー賞で主演女優賞を受賞している。本稿では、昨年11月のロサンゼルス・プレミア直前に行われたクロエ・ジャオ監督とジェシー・バックリーの独占取材の様子をお届け。ラストシーンの表情についてまでを語ってくれた。

「どんな映画にも固有の宇宙があり、固有の生態系がある」(クロエ・ジャオ)

ーーウィリアム・シェイクスピアの人生については様々な解釈がありますが、彼の妻アグネスについてはさらに謎に包まれています。どんなリサーチをされたのでしょうか。

クロエ・ジャオ(以下、ジャオ)「まず、原作者のマギー・オファーレルがふんだんなリサーチを経て書いた原作小説を拠り所にしました。それから、俳優たちからもリサーチをしました。彼らはシェイクスピア作品に関する深い経験を持っているだけでなく、シェイクスピアの言葉や戯曲と真剣に向き合い、自分たちなりの作業をしてくださいました。そしてなにより、現場でその瞬間瞬間に彼らが持ち込もうとする“真実の感情”、それが私の北極星でした。その感情は、文字通りの史実ではありません。しかし、私たち自身が描こうとしているこの宇宙の法則と愛に対して、真実だと感じるもの。どんな映画にも固有の宇宙があり、固有の生態系があります。それがすべてでした」

ジェシー・バックリー(以下、バックリー)「正直、史実の部分にはあまり興味がなかったんですよ。映画の準備を始めると、『必要なものをすべて摂取しなければ』という強迫観念のような不安でいっぱいになります。私も『チューダー朝英国人の日常生活』のような本を買ったりして、ああだこうだと10ページくらい読んだところで、『これは私には関係ないな』と思いました。それよりも、私やマギー、クロエの想像のなかのアグネスが、いったいどんな“鼓動する心”を持っているのかを知ることに夢中になりました。そうすることで、私たちが作り出そうとしている世界のなかで、目の前に立つ人物と向き合い、彼女が築く人間関係に心を動かされることができるようにしたかったのです。結局のところ、誰も映画の登場人物についてなにも知らないのですから。シェイクスピアがトーストになにを塗って食べていたかも、誰が戯曲を書いたかどうかも、そんなことはどうでもいいのです。重要なのは、物語が与える影響であり、彼は時代を超えてたしかな存在感を放ち続けてきた、まぎれもない物語の語り手なのです。私たちが好奇心を持つべきはそこだけなのです。ですから、私も同じ直感で私たちの映画に向き合い、命を吹き込もうとしたのだと思います」

【写真を見る】シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語 [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.
【写真を見る】シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語 [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.

ジャオ「補足すると、人々は物語性を好むものです。史実に忠実な部分もあれば、ポール(・メスカル、シェイクスピア役)のヘアスタイルは、史実との整合はありません。歴史的に正確な資料を見せてもらったんですが、『ありえない』と思いました。ポールにはセクシーでいてもらいたかったので(笑)。優先順位はいろいろあるんです」

「物語とは、私たちが考えるようなコントロールできるものよりもずっと大きな存在」(クロエ・ジャオ)

――ジャオ監督の過去作、特に『ノマドランド』とのつながりはあると思いますか?

ジャオ「この作品とどうやって出会ったかというと、スティーヴン・スピルバーグのアンブリン社が『ハムネット』を作ろうとしていて、声をかけてもらったんです。とてもうれしかったです。そして『ノマドランド』とのつながりは…いまのところはないと思います。人生を旅しているうちに、こうした物語が道中で自分を見つけてくれる、そういう類のものなんです。今朝、『この作品から次のアイデアは生まれましたか?』と聞かれましたが、私はいつも、『そういうふうには計画していない』と答えています。物語とは、普段私たちが考えるようなコントロールできるものよりもずっと大きな存在だと思っているから。物語はいまや、コントロールできるものとして見られがちです。まるで『これが私のキャリアプランで、これから語る物語だ』というように。そして私たちは、まるで物語を操る神のような存在であるかのように振る舞っています。でも、古代の人々や神秘主義者たちは、物語が私たちよりもはるかに大きな生き物であり、その過去、現在、未来は、私たちが理解できないどこかに存在していることを知っていたのだと思います。そして、少なくとも私にとっては、物語に対して敬意を持ち、物語自身のタイミングを尊重することが重要だと思います」

『ノマドランド』で第93回アカデミー賞作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督 [c]A.M.P.A.S.
『ノマドランド』で第93回アカデミー賞作品賞、監督賞を受賞したクロエ・ジャオ監督 [c]A.M.P.A.S.

ジャオ「物語は、いつ自分たちが生まれたいと願うのでしょうか?私がそう話した時、ある人がこう言いました。『子どもを持つタイミングは自分では選べないもの。私たちはあらゆる技術を使って物語が生まれるように試みることができますが、子どももまた、生まれるべき適切な時期のあなたを選んでやってくるのです』と。私は母親ではありませんが、物語についてはそう言えると思います。もしあなたが招き入れ、心を開き続け、自分とは何者なのかを探求し続け、その内面的な取り組みを続けていれば、適切な物語が適切なタイミングで私のもとにやってくる。なぜなら、その物語は私を選び、私に語りかけることを決めたからです。そういう生き方は、健康保険を失うかもしれないという点でたしかに少しストレスが多いのですが(笑)。でも、物語がやってくるのを待つほど、その物語は共鳴するのだと気づきました。なぜなら、はるかに大きななにかが、世界に必要なものを知っているからです。私はただ、その導管に過ぎない」

――では、『ハムネット』という物語はあなたになにを示したと思いますか?

ジャオ「スティーヴンが私に声をかけたのは、私が“喪失”を知っているからだと思います。私の最初の作品をいくつか観ればわかりますが、すべて“喪失”をテーマにしていました。アイデンティティの喪失信仰の喪失、故郷の喪失、目的の喪失。そして、それを錬金術によって変容させること。居留地のコミュニティ、馬、自然、道、終末…なにか錬金術的なものを通じて、キャラクターたちは幻想から抜け出し、喪失と悲嘆を通じて、本当の自分になっていく。だからこの物語は私を信頼してくれました」

「大切だったのは、アグネスは自分の身体の中にしっかり存在している人物だということ」(ジェシー・バックリー)

――この映画における“自然”の役割、そしてお二人自身の“自然”との関係は作品を通じてどう変わりましたか?

バックリー「自然との関係でいうと、私はアイルランド南部のケリー州キラーニーという土地で育ちました。山と湖に囲まれた場所で、私のアイデンティティの多くはあの風景の荒々しさと野性から来ていると思います。そこではなにかが、ただただ育つ。植えなくても、生きている。私はいつも自然の中に自分を根付かせようとしてきました。17年都市で暮らしてきましたが、また自然の中に戻って土に手を入れないといけないと感じています。それは人間としても、私の仕事としても不可欠なんです。アグネスにも、同じように自然との接触が核心にある。彼女の北極星も自然です。彼女は、自然を通じて“生”と“死”を乗り越えていくのです。失ったものを自然の中に見出すための物語を、自分のなかに作り上げている。森に戻って出産するのも、そういう理由です」

ジェシー・バックリーは本作で第98回アカデミー賞主演女優賞を受賞 [c]A.M.P.A.S.
ジェシー・バックリーは本作で第98回アカデミー賞主演女優賞を受賞 [c]A.M.P.A.S.

ジャオ「私たちの北極星は、自然だと思います。ご存知のように、人間は自然の一部です。私たちは木々の葉と全く同じものでできています。ビッグバンから生まれた、ただ振動する粒子に過ぎないのです。ですから、自然は私たちに、私たちがみんな一つのものから生まれたという、ある種の分離感を思い出させてくれます。そして、私たちは自問するのです。一体いつから、私たちはこれほどまでに分離していると思い込むようになったのか、と。そして、私たちは原点に返るのだと思います。すべての預言者たちは、ご存知のように、自然の中で一体性、神聖さを思い出すのです。そして彼らは戻ってきて、文明社会の人々にこう伝えようとするのです。『ねえ、あなたが誰なのかを忘れないで』と。あなたは神であり、仏であり、神聖な存在なのです。聖杯を探し求めるのではなく、あなた自身が聖杯になるのです。つまり、自然こそが教師であり、もし私たちがその繋がりを失えば、すべてが終わってしまうということですね」

――自然に関連して、森での出産シーンの象徴性についてはどう捉えていますか?

ジャオ「撮影現場では、スタジオが確認するためのカバレッジを確保しないといけません。でも私たちがやったのは、『CCTVショット』と呼んでいた、角にある定点カメラのようなものだけでした。それを見ていると、ジェシーが作業をしているなかで、その朝に彼女が選んだ音楽が流れていた。ジェシーはいつも朝に音楽を選ぶのですが、その日の曲がたまたま脈打つようなエネルギーを持っている音楽でした。彼女が呼吸しているのを見ていたとき、私は気づいたんです。あのエネルギーは、宇宙の創造と同じだと。火山の中の、潮の満ち引きの中の、あの脈動するエネルギー。ある時点で、女性の身体がそのエネルギーの緊張を全身で保持することで出産が起きる。『女性には力がない』なんて、どれほど馬鹿げた話か。私たちの社会において、女性の身体に関する知恵が欠けているのだと思います。だから私は、観客にこれを体験させたいと思いました。でもどうすれば?と考えたとき、これをサウンドデザイナーのジョニー・バーンに預けようと思いました。音は映像よりも私たちに近いのだから。マックス・リヒターは常々『音楽は振動であり、振動はビッグバンに最も近いものであり、私たちの粒子に最も近いもの』と言っていました。つまり、これはサウンドデザインの課題でした。どうすればサウンドデザインを使って、観客を没入させ、潜在意識や深層心理のレベルで、アグネスが感じていることを身体的に体感させられるか。彼女を貫くエネルギーを感じさせるのは、大きな課題でした。ある程度はそこに辿り着けたと思います。つまり、没入感を生み出すための試みだったのです。カメラが遠くから撮影していても没入感があるということは、単にその場に居合わせることだけが重要ではないということです」

英女性小説賞、全米批評家協会賞を受賞したマギー・オファーレルの同名小説を映画化 [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.
英女性小説賞、全米批評家協会賞を受賞したマギー・オファーレルの同名小説を映画化 [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.

バックリー「大切だったのは、アグネスは自分の身体の中にしっかり存在している人物だということでした。カメラが回り始めたとき、それはほとんどダンスのようなものだと気づきました。その瞬間を『自分の身体の中に存在する』という以外に表現する言葉はありません。撮影中、カメラが回る前にはずっと、私自身の言語でシーンを想像する方法を続けていました。それは熱病のようなもので、夢のなかで(私自身の言語を)書くことから生まれたものです。毎晩、なにを書いているのかさえわからないまま、ひたすら書き続けていました。それは、自分が足を踏み入れなければならない世界に備えるために、無意識や身体感覚、つまり自分の身体との繋がりにアクセスする必要があったからです。私は常に、自分が足を踏み入れる世界を意識していました。その世界は木々の世界でした。そして、木々は一種の守護者となり、私を導く存在となりました。まるで、この木の根元へとさらに深く入るよう私を招き入れ、支えてくれる人々のようでした。私はその木の一つを母として配置し、また、私にとっては僧侶のように感じられるほかの木々もいました。それは、その一週間前に見た夢から生まれたものでした。私が取り組んだ方法は、もっと自分の無意識の奥深くへと降りていくことでした。自分がなにをしているのかではなく、ただ川の中に身を置き、どこへ流されていくのかを見たいのです。だからこそ、音楽を使います。文章も書きます。そして撮影現場に立つと、ただチャネリングするのです」

「もしあなたがその悲しみの感覚を信頼すれば、それが人間性そのものになる」(クロエ・ジャオ)

――この映画は、お二人にとってどれほど個人的なものでしたか?

バックリー「(映画は)いつも個人的なものです。そうあるべきだと思います。でも、物語を紡ぐことの大きな喜びは、アグネスという未知の存在や、この物語そのものという未知の力と向き合いながら、自分の内面と出会えることだと思います。仕事を重ね、機会が増えるほどにそう思います。クロエのようなリーダーや、友人たち、女性たち、そして人間たちと仕事をする機会が増えれば増えるほど、自分自身としてより人間らしくなること。つまり心を開き、仮面を被らず、ありのままの自分でありたいと思うようになることだと思います。それが私たち俳優の仕事です。私たちはブランドではありません。私たちは、自分のなかにあるもののための器となるべき存在なのです。それがストーリーテリングです。それは現実逃避ではなく、人間性そのものです」

ジャオ「このセッション(取材)の目的は、みんなで一緒に泣くことですよね?(笑)。とても個人的なことだと思います。ジェシーがそれを本当にうまく表現していました。ほかにやり方があったかどうかはわかりません。私にとって悲しみは非常に個人的なことで、ほとんどの人々が人生で喪失や悲しみを経験してきたと思います。私は心から、私たち一人ひとりが持ち、しかし忘れてしまった“錬金術的な力”を信じています。多くの人々がその錬金術の炎を使って、悲しみを叡智や創造性へと昇華させる方法を持っています。それは、皆さんが育ったあらゆる先住民族の文化に根ざしたものです。しかしどういうわけか、私たちは教育の過程でその力を奪われてしまったのです。ですからその空白、つまり悲しみは、愛と同様に私たち全員が経験する最も本質的な人間体験の一つであり、それを何らかの形で悪いものや間違ったものとしてレッテルを貼ったり、 物語や語りかけで覆い隠してしまうのではなく、身体で真に感じ、再び意識を向け、その悲しみに身を委ね、自分を変えていくことを許す。それこそが、いまこの瞬間、人生を少しだけ楽にしてくれるのです。それは決して無駄なことではありません。喪失は必ず起こるものです。その空虚感は私たち全員のなかにあります。しかし、もしあなたがその悲しみの感覚、その優しさを本当に信頼すれば、それが人間性そのものになるのです。それは、人間にとって“死”が“誕生”と同じくらい大きな一部であるのと同じです。そして、一度それを信頼すれば、それがあなたの人生のなかでどのように変化していくかが見えてくるでしょう。私は、その信頼によって救われました。ですから、ぜひ希望を持ち続けていただきたいと思います」

第98回アカデミー賞では作品賞ほか計8部門にノミネートされた Photo By: Quoin Pics/Everett Collection
第98回アカデミー賞では作品賞ほか計8部門にノミネートされた Photo By: Quoin Pics/Everett Collection

「迷っている姿を見せる勇気を持つことがアグネスにとって不可欠なことだった」(ジェシー・バックリー)

――映画を締めくくる際にアグネスが浮かべる小さな微笑み、あの終わり方に至った経緯を教えてください。

バックリー「あの瞬間、自分からなにが出てくるかはわかっていませんでした。それは安堵であり、解放でもありました。旅全体、グローブ座にたどり着くまでの過程もそうでした。グローブ座での撮影を始めた時、私は本当に途方に暮れていました。どうすればいいかわからなかったんです。まるで壮大で感情的な旅に出たような気分だったのに、その後にグローブ座の舞台に立たなきゃいけないなんて、一体どういうこと?って。どうやってそのすべてをこの瞬間に収めればいいの?どこで終わればいいの?どうやってこの旅路を解き放てばいいのか?最初の数日間は、本当に途方に暮れていました。でも、迷っていることこそが極めて重要で、人間らしいことだと気づいたんです。自分自身として、そしてこの役柄として、迷っている姿を見せる勇気を持てば、それがアグネスにとって不可欠なことだと。そして、彼女の感情を自分一人で抱えきれないと気づいたんです。すると、300人のエキストラたちが私の周りに集まり、私と共にそれを抱きしめてくれました。私たちは互いに支え合ったのです。そして、そこからあの笑顔が生まれたのだと思います。あの瞬間、ウィリアム・シェイクスピアが成し遂げたのは、私から、そして300人の人々それぞれの個人的な悲しみと、この物語に属したいという切実な願いから湧き上がるすべてのエネルギーのための入り口を作り出したことでした。だからこそ、『ハムレット』は時代を超えてこれほどまでに力強く、影響力を保ち続けているのです。シェイクスピアはこの物語を通じて、私たち一人ひとりが自分だけでは抱えきれない部分を乗り越えられるよう、その入り口を創り出したのです。それはまるで、シェイクスピアが成し遂げた安堵感や遊び心、一瞬の魔法のようなものでした。そして、物語を紡ぐことがいかに気まぐれで、かつ不可欠なものか。あの瞬間、まさにそれが起きたのだと思います。あのような結末になるとは、私には予想もつきませんでした。最初は自分自身を嫌っていたのに、こんなふうに笑顔で終わるなんて、絶対に想像もしていませんでした。あんなに大声で笑うなんて。でも、最後にはそうできたこと、笑うことができたことに、心から感謝しています」

ジャオ「ジェシーは、映画がどんなふうに終わるか知りませんでした。脚本には最後に彼女が微笑むとは書かれていません。あの瞬間、いまジェシーが説明したように、彼女の身体がそう動いた、というだけのことなんです。私は、映画のクランクアップまであと3日くらいになると、エンディングを探しているような気分になります。普段映画を観に行く時にエンディングを知らないように、私はあらかじめエンディングを決めずに撮影に入ります。ジェシーがあのように動いた際、もうそのシーンはカットがかかっていて、ただ彼女をカメラに捉え続けていただけでした。私たちは、ただそこに座って動けなかったのを覚えています。ウカシュ(・ジャル、撮影監督)は『そのままカメラを回しておいて』と言っていました。そして、私たちは一体なにを待っているのかわからないまま座っていたんですが、彼女が笑い出したとき、みんなも笑ってしまったんです。だって、彼女が最後に発したあの笑い声、 あれはそういう類のものですよね。深い痛みから生まれるものでした。その反対側には深い喜びがあり、悲しみと喜び、すべてがそこにありました。その境界線はとても薄いんです」

11歳の息子ハムネットを亡くし、悲しみに暮れるアグネスを迎える結末とは? [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.
11歳の息子ハムネットを亡くし、悲しみに暮れるアグネスを迎える結末とは? [c]2025 FOCUS FEATURES LLC.

ジャオ「私はタントラの伝統について、たくさん学んできました。例えば、性的トラウマからの癒しを行う時、とてつもない痛みを抱えていると、ある時点でその痛みが耐え難いほどになることがあります。適切な受け皿があれば、その境界線をほんの少しだけ越えていくような感覚が生まれるんです。すると突然、すべてを受け入れるような感覚が訪れ、それまでブロックされていた大きな快楽が身体の中へと流れ込んでくるのです。まさにそれが、アグネスに起こったことでした。息子の死から1年が経った時の痛みが、ある瞬間、その境界線を越えたのです。プロデューサーの一人であるサム・メンデスがその映像を見た時、彼はこう言いました。『まるで彼女が10歳若返ったかのようだった』と。その瞬間、彼女は10歳若返ったのです。なぜなら、それが生命エネルギーであり、カール・ユングが言うところのリビドーが解き放たれたのです」

――そして、映画を観たあとにずっと残り続けるのは彼女の笑顔です。

ジャオ「そう、希望があるんです。これは希望に満ちた映画です。ぜひ皆さん、『ハムネット』はとても希望のある映画だとお伝えください」

取材・文/平井伊都子

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