1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「ハワイ最高だった!」義母との旅行から帰宅した夫。私「お義母さん亡くなったよ」最期を汚した夫の悲惨な末路

「ハワイ最高だった!」義母との旅行から帰宅した夫。私「お義母さん亡くなったよ」最期を汚した夫の悲惨な末路

  • 2026.5.3

夫と結婚して10年。大手企業に勤める夫は、急な欠勤の穴埋めに進んで応じるような、責任感の強い人だと思っていました。
遅い帰宅が続く夜もありましたが、職場にはアルバイトの学生が多く、欠員補充は仕方ないという説明を私はそのまま受け取っていたのです。
それでも日々の会話は絶えず、家事は互いに分担していました。お小遣いを少しずつ貯めて親孝行に使おうとしているという話を聞いたときは、本当にやさしい人だと思ったものでした。

ある夏、義母が体調を崩したと夫から聞きました。炎天下の中庭の草むしりをこなしたことで体に負担がかかったようで、夏バテと筋肉痛が重なった状態だということでした。

義実家までは車で片道1時間半ほど。決して近いとは言えない距離ですが、夫は義母のことを心配し、それ以来実家へ足を運ぶ頻度が増えていったのです。

その2カ月ほど後のこと。夫が改まった様子で、貯めたお金で義母を海外旅行に連れて行きたいと切り出しました。

期間は1週間。行き先はハワイを検討しているとのことでした。長年義母への親孝行を考えていた夫の言葉を聞き、私は迷わず背中を押したのです。

義母の他界

夫の念願だった親孝行旅行に出かけて以降、夫からは一切連絡が来ません。それでも私は、海外でネット環境が整わなかったのだろうと、深く考えてはいませんでした。

事件が起きたのは、夫と義母が旅行に出かけた翌日のこと。義父から電話が来ました。

電話口の声は、これまでとまったく違う様子。話を聞くと、義母が外で転倒し、打ち所が悪くそのまま帰らぬ人になったというのです。夫に電話をしても通じないので、私にかけてきたようでした。

私は状況が飲み込めずにいました。義母は夫とハワイ旅行に行っているはず……。ところが義父に聞くと、そんな話は聞いていないと言うのです。

旅行の相手は?

夫はどこで何をしているのかわかりません。それでも一刻でも早く義母の訃報を夫に知らせなければなりませんでした。

案の定、義父の言う通り電話は通じず、LINEは送信すらできない状況……。誰か、夫の行き先を知らないかと、すがるような気持ちで夫の友人や同僚に連絡をすると、同期の男性が事情を話してくれました。

「口止めされていたのですが、旦那さんは不倫相手の女性と旅行に出かけています。黙っていてすみません……。でもお母さんが亡くなったなんて……」

信じていた夫に裏切られたショックは相当なものでした。電話はスルー、LINEは一時的にブロックされているのでしょう。

それに、義父への報告は避けられません。義母を亡くしたばかりの義父に、息子の不倫まで告げなければならない——あのときの義父の長い沈黙は、今も胸に重く残っています。

結局、義父の判断で夫抜きで葬儀をおこないました。

夫の言い訳

葬儀が終わったすぐ後に夫から連絡が入りました。楽しかったと呑気に言う様子を見ると、私からの着信の多さをみて、他の連絡に目を通すこともなく急いで私にコンタクトを取ったのでしょう。

「お義母さん亡くなったよ。葬儀も済ませたから」

長い沈黙の後、夫は「そんなわけはない」と呟きました。しかし嘘ではありません。そして私は、今回の旅行の相手について、すでに知っていることを伝えました。

帰宅した夫は、割り切った関係だったと繰り返しました。家庭を壊すつもりはなかった、1回の過ちで別れるのかと訴えます。

しかし実態は、半年以上にわたって続いていた不倫関係でした。「本気かどうかは関係ない。不倫の事実に変わりはない」と私は告げました。

夫の言葉の一つひとつが、日々の会話と重なります。義母の体調不良を口実にした実家通い、アルバイトの欠員を理由にした遅い帰宅——そのすべてが、不倫のための時間だったのです。

私は離婚に応じない場合は調停を申し立てると伝え、今月中に荷物を片付けるよう告げました。夫からは帰る場所がない、頼れる人がいないという訴えが続きましたが、それを受け入れることは私にはできませんでした。

あんなに夫をかわいがっていた義父も、最愛の妻を失った喪失感と、その裏で不倫に耽っていた息子への激しい怒りから、絶縁の意思を固めていました。息子の不倫という現実をどれほどの思いで受け止めていたか——私には想像することしかできませんでした。

離婚、その後

調停による手続きを経て、離婚は成立しました。不貞の証拠が揃っていたこともあり、時間はかかったものの、最終的な区切りにたどり着くことができました。

離婚後も、夫からは復縁を求める連絡が届き続けました。義父や友人たちにも見放され、頼れる場所が本当になくなったのだろうと思います。

しかし一度も返信しませんでした。私はもう手を差し伸べる立場にありません。

離婚が成立した直後は、燃え尽きたような喪失感に襲われました。仕事は何とかこなしていましたが、帰宅すると動けなくなるような日々です。それでも、友人や家族が根気強く寄り添ってくれたおかげで、止まっていた時間が少しずつ動き出しました。

思いがけなかったのは、義父との関係です。月に一度ほど連絡を取り合い、一緒に釣りに出かけることもあります。一番つらい時期をお互い近くで過ごしたからか、余計な言葉を交わさなくても不思議と落ち着く時間です。

これからの人生、誠実に、誰かを傷つけないように生きていきたいと思っています。

◇ ◇ ◇

親孝行という大義名分を不倫のアリバイに利用した夫。しかし、その嘘が招いた結果は、実母の死に目にも葬儀にも立ち会えないという、取り返しのつかないものでした。

自分の都合でついた嘘は、時に人生を根底から壊すほどの「痛い目」となって自分に返ってきます。目先の欲のために嘘を重ねる生き方は、最終的に誰からも助けてもらえない孤独な末路を招くでしょう。

一度失った信用は二度と元には戻らず、取り返しのつかない後悔とともに生きていくことになるのです。

【取材時期:2026年3月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

元記事で読む

クリエイター情報

ベビーカレンダー

ベビーカレンダーは妊娠・出産・育児の情報サイトです。みんなのクチコミや体験談から産婦人科検索、おでかけ情報、離乳食レシピまで。月間利用者1000万人以上。

の記事をもっとみる