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30歳で突然フジテレビを辞め、パリへ。フランス人実業家と結婚した「お嬢様アナウンサー」とは

  • 2026.8.30
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2001年、中村江里子はフランス人実業家と結婚し、パリへ移った。元フジテレビのアナウンサーがフランスの実業家と結ばれて欧州へ、見出しとしては、これ以上わかりやすいものはない。当時の紙面は、ほとんど「玉の輿」の物語としてこの結婚を扱った。

けれど後年、本人が語ったところによれば、その一行はかなり事実から離れている。「夫は当初、あまり収入も良くなくて…」。二人は結婚してから第2子が生まれるまで、生活費を完全に折半していたという。

「誠実でない自分」が出てきて、30歳で辞めた

1969年3月、東京に生まれた。実家は銀座の楽器店「十字屋」。立教女学院から立教大学経済学部へ進み、1991年4月にフジテレビへ入社する。近藤サトと同期だった。

局アナ時代の代表的な仕事は、小倉智昭が司会を務めた朝の番組『どうーなってるの?!』である。報道でも『ニュースJAPAN』などを担当し、八年間、朝と夜の両方で画面に出続けた。バブルが崩れたあとの、女性アナウンサーがタレント同様に扱われはじめた時代である。局の看板を背負って毎日生放送に出ていた。

その彼女が1999年、30歳で局を去る。理由について、多忙なあまり仕事に対する姿勢が誠実でなくなり、そんな自分の姿に悩んだためと語っている。また、本番の最中に次の仕事のことを考えている自分に気づいた、とも語っている。

エレベーターで会い、三度、偶然に再会した

夫との出会いは1997年、ホテルのエレベーターに乗り合わせたことだった。その後、彼女がパリを旅していたときに再会し、さらに彼が日本に駐在していた時期、三度目の偶然が重なった。

出会いから結婚までは4年ある。当人たちのあいだには、4年ぶんの往復と偶然の積み重ねがあった。エレベーターで一度会っただけの相手と、旅先で、そして駐在先で、続けて行き当たる。

夫は起業家で、のちにアンチエイジングコスメのブランド「エヴィデンス ドゥ ボーテ」を創業する人物。ジャン・ルイ・シェレルなどを擁するファミリー企業の幹部という肩書きもある。ただ、結婚した時点の彼は、そう語られるような立場ではなかった。

「割り勘カップル」だった年月

だから2人は、はじめからお金の話をした。「私たちは当初から、お金のことを2人の間でクリアにしておくことはとても大切だと思っていました」。第2子が生まれるまでは生活費を完全に折半し、子どもが増えるにつれて負担の割合を調整していった。近年でも、ヴァカンスの旅費は夫が、ホテル代は彼女が持つ、といった分け方をしているという。

日本で「セレブ婚」と呼ばれた結婚の内側にあったのは、家計簿の透明性だった。相手の財布に乗るのではなく、自分の稼ぎを持ち続ける。言葉も習慣も違う土地で、収入を持っていることは、そのまま居場所を持っていることでもあった。

日本の仕事を、25年手放さなかった

パリに暮らしながら、彼女は書く仕事を増やしていった。2003年以降、『エリコロワイヤル』をはじめとするエッセイを次々と出し、ブログやSNSでパリの暮らしを伝え続けている。日本の雑誌の連載も、テレビの仕事も途切れていない。移住は引退ではなかった。

これは意外に難しいことでもある。彼女の場合は、生活そのものが取材対象になり、しかもその生活を20年以上、自分の言葉で書き続けた。

3人の子を育てながら25年が過ぎ、いま彼女はこう言う。「25年フランスに住んでいても日本は大切な故郷。年々、恋しくなります」。将来はパリと南仏と日本の3拠点で暮らしたいとも語っている。

2001年、あの結婚は「玉の輿」と書かれた。実際に起きていたのは、忙しさのなかで自分を見失いかけた30歳の女性が、いったん全部降りて、4年かけて知り合った相手と、生活費を割り勘にしながら異国で家庭と仕事を組み直した、という話である。

10万フォロワーが消えた朝、ゼロからやり直した

近年の発信の中心は、アメーバブログの公式ブログと、Instagramである。文章での連載を長く続けてきた人が、写真と動画の場にも遅れずに移った。

そのInstagramには、思い出したくない一日がある。2020年5月末に開設したアカウントは、10月19日にフォロワー10万人を超えた。ところが翌朝にはログインできなくなり、アカウントごと消えていた。119件の投稿は戻らない。ブログで彼女はこう書いている。「私自身はショックで…この2日間、ボ〜〜〜っとしてしまいました」「本当に今は…どうにもならない気持ちでいっぱいです」。書いたものは「"その時"にしか書けないもの」であり、「再現することは不可能」だとも。

それでも結びの一文は、「新たなアカウントでゼロからスタートします!!!」だった。

いまの投稿には、子どもたちが登場する。2025年6月には長男の高校卒業を報告し、「各家庭2人まで参列可能だったので、長女と行ってきました」「息子からも『泣かないで!』と言われていたのですが、入場のときにほとんど涙が落ちそうに。横で長女が手を握ってくれました」と綴った。2026年6月には、ニューヨークで暮らす長男を訪ね、店を出たところで一緒に踊り出す動画を上げている。「気づいたら息子と踊っていた」。コメント欄には「映画のワンシーンみたい」という言葉が並んだ。

パリの暮らしを見せる仕事から、子どもが巣立っていく過程を見せる仕事へ。発信の中身は、彼女の生活そのままに更新されている。


※記事は執筆時点の情報です

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