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中野京子がカラヴァッジョの素顔に迫る! フルカラーで体験する“殺人を犯した天才画家”のアートと人生【書評】

  • 2026.3.25
中野京子と読み解く カラヴァッジョと惨劇のローマ 中野京子/文藝春秋
中野京子と読み解く カラヴァッジョと惨劇のローマ 中野京子/文藝春秋

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『中野京子と読み解く カラヴァッジョと惨劇のローマ』(中野京子/文藝春秋)は、画家・カラヴァッジョの人生と作品に迫る一冊だ。当時の社会背景や風習などを踏まえながら、そこで描かれた作品群を追っていく。知識欲と芸術的感性、双方を刺激される内容である。

カラヴァッジョはイタリアのバロック期を代表する画家の一人だ。光と影の劇的な対比によって人物や物体を浮かび上がらせる画風が特徴で、宗教画にも庶民をモデルに起用し、人間の生々しさを描きこんだ。

本書は、そんなカラヴァッジョの幼少期から死に至るまでをひもとく。幼い頃にペストが大流行し、立て続けに家族を失ったこと。おそらくローマでは公開処刑を目にする機会もあったであろうこと。そういった死に近しい原体験が、作品に描かれる生々しい血の描写や、理想だけでなく現実を直視させるような表現にも通じるのではないか。本書はカラヴァッジョの人生を丹念に追いながら、そうした考察を重ねていく。

見慣れた著名な作品も、こうした背景を知って向き合うと、全く異なる表情を見せ始める。カラヴァッジョだけでなく、当時活躍した同世代の画家のものも含め、多くの名画がオールカラーで掲載されている点も素晴らしい。

作品に描かれた人々の配置や表情など、「見るべきポイント」を文章で読んだ直後に当該作品の掲載ページをめくれる。絵画の隅々まで目が動き、本書の解説を経て初めて気づく要素も多い。解像度高く作品を鑑賞できる構成だ。

天才画家でありながら、逃亡生活!?

また、カラヴァッジョという人物のユニークネスも、本書を楽しむポイントのひとつだ。画家としての才能を評価する人々との出会いに恵まれたにもかかわらず、数々の暴力事件を巻き起こした。そしてローマで一番人気の画家になった頃、有力者の息子である兄弟と賭け事で揉めたあげく、乱闘の末に殺してしまう。こうしてカラヴァッジョは引く手あまたの天才画家でありながら、逃亡生活を余儀なくされた。

それでもカラヴァッジョは絵筆を手放さなかった。逃亡中に描いたという『法悦のマグダラのマリア』は、特に印象に残った作品だ。宗教的な神秘体験でエクスタシーを感じることを“法悦”と呼ぶそうだが、表情から真っ先に思い浮かんだのは性的な絶頂だった。鑑賞していると、その美しさに見入ると同時に、これほど弛んだ瞬間を見ることへの一種の背徳感を抱く。

宗教とエロスを意図的に重ね、かつ強調して描く姿勢には、カラヴァッジョの反社会的な視点や、衝動がにじみ出ている気がした。絵を描く行為と、暴力的な行為。一見異なるようで、衝動を吐き出す形が違うだけだったのかもしれない。どこまでも自分の意志に忠実に、まっすぐ生きた人なのだろう。そういう人でなければ、きっとこの表情を描くことはできないだろうと思えた。

芸術に詳しくない人でも、本書は十分に楽しめる。追っていくのはカラヴァッジョという「人」であり、中野京子氏の語り口は親しみやすく、歴史的背景の解説も分かりやすいからだ。そこに作品が折り重なることで、一人の人間を奥行き深く知ることができる。

技法の比較や構図の特徴といった専門的な解説も登場するが、決して難解ではない。芸術にそれほど興味がなかった人こそ、本書をきっかけに新しい扉が開くかもしれない。激動の時代を生きた一人の画家を通じて芸術に魅せられていく読書体験は、とても豊かだった。

文=宿木雪樹

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