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夫「10年間の介護お疲れ♪用済み!離婚な」義両親の死、葬儀で突然の宣告。オーケー♡1週間後、夫が泣きすがるワケ

  • 2026.4.14

家族のためだと思い、長い時間をかけて支えてきたはずなのに――。介護が終わったあと、あっさりと切り捨てられてしまう。そんな残酷な現実があるのかもしれません。
介護は、体力だけでなく気持ちの面でも大きな負担を伴うものです。本来であれば、家族が支え合いながら乗り越えていくものだと考える人も多いでしょう。けれど、その時間を懸命に支えてきた側が、役目を終えたあとに思いもよらない扱いを受けてしまうこともあります。
今回は、家族のために尽くしてきたはずなのに、その後あっさりと切り捨てられてしまった現実が描かれた2つのエピソードをご紹介します。

10年間介護した義両親の葬儀で切り捨て→1週間後、泣きすがる夫!実は

私は専業主婦で、夫と娘の3人で暮らしていました。結婚して15年、そのうち10年は義両親の介護に費やしてきました。義父は「すまないね」と言い、義母は「ありがとう」と何度も手を握ってくれました。実の両親を亡くしていた私にとって、2人は本当の親のような存在だったのです。

――けれど、夫は違いました。自分の親なのに介護も家のこともすべて私に丸投げで「なんだなんだ?また仲良しごっこしてんのか?」と言うのです。休みの日は外出ばかりで、帰宅も次第に減っていきました。それでも私は、義両親を見送るまでは離婚しないと決めていました。2人のそばに、最後までいたかったから……。

葬儀の日に、気持ちが決まった

義父が亡くなったのは、ある日の夜でした。その2日後、義母もまるで後を追うように静かに息を引き取りました。私は義母の手を握り「……2人一緒に、仲良く逝ったのね……」と呟きました。義母の顔はとても穏やかでホッとしたのを覚えています。

その後、葬儀社の方から 「ご家族のご希望があれば、合同でお見送りすることもできますよ」と提案してもらい、葬儀は同じ日に執り行うことになりました。日程の調整、親族への連絡、書類の手続き、細かな打ち合わせなど、気づけば、すべて私ひとりで進めていました。夫は「面倒だな! お前が決めていい」と言い、何一つ関わってはくれませんでした。

そして迎えた、葬儀当日。 夫が現れたのは、葬儀が始まる直前でした。私が「どこに行ってたの?」と聞いても、夫は「間に合ったんだから文句言うなよ」と理由も言わず……。その言い方に、胸の奥がひやりと冷たくなりました。祭壇に並んだ2人の写真を見つめながら、私ははっきりと思いました。 この人とは、もう一緒に生きていけない。

「もう用済みだから離婚な」

葬儀を終えて家に戻った夜。部屋の中には線香の匂いが残っていました。私はソファに座り、しばらく動けずにいました。 今日一日で、心も体も、すっかり疲れ切っていたのだと思います。そこへ、夫が何事もなかったかのような顔で「10年介護ごくろうさん! もう用済みだから離婚な。ほら、離婚届」と言い放ったのです。

一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。あまりにも唐突で軽い口調に私は「……今、なんて言ったの?」と思わず聞き返していました。すると夫は面倒くさそうにため息をつき「だからさ。介護も終わったし、もう夫婦を続ける意味がないだろ? お前だって、これで自由になれてラッキーじゃん?」と言うのです。この人は、本気だと気づいた瞬間、娘が「それ、ひどすぎるよ! じいじとばあばが亡くなった日に、どうしてそんなこと言えるの?」と声を荒げました。しかし夫は、娘の言葉すらまともに受け止めず「子どもは黙ってろよ! お前もそのうちわかるから」とあしらったのです。私は、驚きも、悲しみもありましたが、それ以上に納得している自分がいました。

「……わかったわ」私はそう言って、離婚届にサインをして夫に手渡しました。夫は満足そうに「話が早くて助かるわ。じゃ、あとはよろしくな」と一言残し出かけて行ったのでした。私を心配して娘が「ママ、このままでいいの?」と声をかけてくれたのですが、私はうなずき「……大丈夫。そう簡単にはいかないわ」と呟きました。そのとき、私の中ではもう、次の人生が静かに動き始めていました。

離婚から1週間後、遺言が伝えた“想い”

離婚から1週間後。弁護士から「手続きの話もあるので、あなたと娘さんも来てください」と義両親の遺産についての連絡を受け、娘と一緒に義実家へ向かったのです。

ところが、義実家の玄関を開けると、家の中には夫と見知らぬ若い女性がいたのです。夫はヘラヘラしながら「こいつ、彼女。まぁ、もう離婚したし関係ないよな! 彼女とは付き合って3年なんだ」と言い放ったのです。娘が小さく「ママ、今の聞いた?……自分で言っちゃったね」とポツリ。気まずい空気が流れる中、弁護士が到着し、静かに説明を始めました。弁護士が「故人は遺言書を残されています。財産は売却して現金化し、手続きの担当は元奥さまを指名されています。遺言書には、“元奥さまとお嬢さんに託したい”という意思が明確に記されています」と言ったのです。娘が涙を流し「じいじとばあば、最後までママのこと守ってくれてたんだね」と私を見つめながら呟きました。弁護士は「元奥さまの献身的なサポートが嬉しかったと書かれています。娘さんの言う通り、そう受け取って差し支えないと思います」と教えてくれました。遺産は自分のものだと思っていた夫と彼女はその場で揉め始め大変でした。

その後、私は手続きを済ませ新たな生活を始めました。義両親が私たちに託してくれた気持ちをありがたく受け取り、これからは娘とふたり、静かに幸せを積み重ねていきます。

◇ ◇ ◇

誰かの思いやりの上にあぐらをかき、裏で誠実さを欠いた行動を重ねれば、いずれその結果は自分に返ってきます。人知れず支えていた人の優しさこそが、最後にはきちんと報われるのでしょう。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

1つ目のエピソードでは、介護という大きな役目を担い続けてきたにもかかわらず、その献身に感謝するどころか裏切るような行動を取られ、関係が一方的に断たれてしまう様子が描かれていました。長い時間をかけて支えてきたからこそ、その変化に戸惑いや悲しみを感じてしまうのも当然のことだったのだと思います。

しかし、次のエピソードでは、さらにはっきりとした形で関係が揺らぎ、これまで支えてきた側が、都合が変わった途端に切り離されてしまうという、より厳しい現実が待ち受けていて……。

義父が他界し離婚を迫る夫→スキップしながら家を出たワケ!

私は義実家で同居しながら、寝たきりの義父を介護しています。義父は余命宣告を受けており、つきっきりでお世話する必要がありますが、あまり苦には思っていません。なぜなら義父は、この家で唯一私にやさしい人だからです。

夫は毎晩のように飲み歩き、仕事の付き合いだと言ってキャバクラ通い。若い女性に散財しています。義父と過ごせる時間は、もう限られているのに土日すら介護を手伝おうとせず……。

当初は、夫も義母も一緒に介護をする予定でした。しかし、結局は私ひとりに任せっきりで、私へ仕事を辞めるよう説得してきたのです。義父のお世話をすること自体は嫌ではありません。ですが、少しは自分の時間もほしいし、好きな仕事も辞めたくないというのが本音でした。

しかし、私がお世話をしなければ義父は……そんな想像をしてしまい、私は仕事を辞めたのです。義父の介護が本格化して2年、私は美容室にも行けていません。

私が夫に少し介護の手伝いを頼むと、義母が割って入ってきて「それは嫁の仕事でしょ? 息子にそんなことをさせるな!」と怒ってきます。さらに夫も「母さんもああ言ってるし、ひとりで頑張れ〜。俺は外で働いているから、介護する必要ないんだよ」と義母に乗っかってきます。

義母はというと、同居して以来、私に意地悪や嫌みばかり。ずっと家にいますが、介護どころか家事も何ひとつ手伝ってくれません。

やさしい義父がついに…

意地悪な義母とは正反対で、義父は本当にやさしい人でした。毎日介護する私のことを思いやり、いつもやさしい言葉をかけてくれます。結婚以来、要介護になる前からずっと私を気使ってくれている義父。私はその恩返しだと思い、お世話をさせてもらっています。

そんな義父は、最近少し調子が良く、とても活動的に過ごしていました。先日は、医師の許可のもと、2人でお出かけもしました。その際に義父は、弁護士を呼んで、何やら2人で話をしていたのです。来るべきときに備えて準備しているようでしたが、私は何だか寂しく感じていました。

それから1週間後、急激に体調が悪化し、義父は危篤状態に。最期は、何とか家族で見送ることができましたが、夫も義母も、少しも悲しんでいる様子がありません。それどころか、葬儀中はずっと2人でヒソヒソ談笑し、笑みを浮かべていて、不謹慎で非常識な態度に本当に腹が立ちました。

夫と義母は、遺産のことで頭がいっぱいだったのです。施設に入れず、家で介護しようと言ったのも、実は義父のためではなく、お金のため。遺産が1円でも減らないよう、家で私に面倒を見させて正解だったなどという会話が聞こえてきました。

義父はあんなにやさしい人だったのに、どうしてこの人たちは……そんなことを思いながら、ひとりで葬儀の片付けをしていると、終盤から姿の見えなかった夫から連絡が入りました。

介護要員としての役目を終えた私は…

「父さんの介護ご苦労様!」
「もう出てっていいぞ♪」

夫は、もうサインした離婚届を家に置いてあるから、片付けが終わって帰ったらサインして提出してくれと言います。


「ありがとう! お義母さんの介護よろしく!」
やさしい義父ももういない。これ以上夫と夫婦でいる必要がない私にとっては願ったり叶ったり。離婚を受け入れ、出て行くことにしました。

「は?」
夫は、私が何を言っているのか、理解できていないようでした。夫には義母が元気にしているように見えるようですが、実は認知症の兆候が出始めていたのです。

私が離婚したくなくて、脅しのためにそんな話をしていると夫は考えたようですが、そんなはずはありません。今まで散々2人にしいたげられてきたのに、これ以上一緒にいたいと思うわけがない。それに、意地悪な義母を介護してあげるほど、私はお人好しではありません。

飲みに行っていたのか、ガヤガヤうるさい中から、慌てて電話をかけてきた夫。「どういうことだ? 母さんは元気だぞ! 認知症なわけあるか! いい加減なこと言うな!」と言う夫に私は、「"お義父さん”の介護要員だった私にもう用はないんでしょ? 葬儀の片付けも終わったので、遠慮なく出て行かせてもらいます」と告げました。

すると夫は「俺はすぐに、若くてかわいい嫁をもらう! ずっと俺が既婚者であることを残念がられていたんだ! 早く出て行け! 生活できなくなっても俺を頼るなよ!」と怒鳴ってきたので、私は電話を切り、サインした離婚届を持って、スキップしながら家を出ました。

それにしても夫、どこか抜けています。今この瞬間のことしか考えられないのか、いずれ義母の介護は必ず必要になりますが、そのことは想像もしていない様子。きっと義父を私に介護させたのも義母の入れ知恵だったのでしょう。

それに、夫のいう、若くてかわいい嫁というのも、恐らくキャバクラの女性。リップサービスを夫だけが本気にしているのだろうと想像すると、あわれで笑いが止まらなくなりました。

私を捨てて後悔?夫の自業自得な末路

離婚後、しばらく経ったある日。元夫が激怒しながら連絡してきました。義父の遺言書が公開され、長年の介護への感謝として、私に多くの遺産が遺贈されると知ったためです。配偶者と子の遺留分に配慮したうえで、弁護士を介した正式な遺言でしたので、相応分を受け取らせていただきます。

義父は、介護を一切しなかった妻や息子より、毎日つきっきりで介護していた私こそが愛する家族だと、私に財産を残せるよう手続きを進めてくれていたのでした。

夫はキャバクラの女性と結婚を約束していたようですが、やはりただのリップサービスだったようです。想像していた通り、元夫だけが本気にして浮かれていたのでしょう。

しかも、私が出ていったことでいびる相手がいなくなり、元夫も帰りが遅くほとんど会話しないせいもあってか、義母の認知症が急激に進んでしまったそう。ひとりでは面倒を見きれないと泣きついてきました。やはり私しかいないと再婚を求められましたが、義母のお世話が目的であることは明白。そもそも、私は義父がやさしくしてくれたから介護を引き受けたのです。さんざん嫌がらせをされた義母の介護なんてお断りです。

その後、元夫は大変な生活を送っているようです。義母のお世話のために休職を余儀なくされたようで、収入も激減。そのストレスからか、義父が残してくれた遺産もあっという間にギャンブルで使い切ってしまったとか……。

一方、私は義父からいただいた遺産を大切にしながら、好きだった仕事に復帰し、今はとても充実した毎日を過ごしています。

◇ ◇ ◇

頑張っていれば必ず報われるというわけではありませんが、やさしい恩返しに、義父からのやさしいお返し、心が温まりますね。自分の親を献身的に介護してくれた妻へ、感謝もせず、離婚を突きつけた元夫でしたが、自らが実母の介護に追われる日々を過ごすことになるとは……誰かを都合よく利用しようとすれば、その報いは必ず自分自身に返ってくるものなのかもしれませんね。誰に対しても感謝の気持ちを忘れず、誠実に向き合いたいものですね。

※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

いかがでしたか?

今回の2つのエピソードに共通していたのは、家族のために尽くしてきた時間が、必ずしも報われるとは限らないという現実でした。支え続けてきた側の思いや努力が、役目を終えたあとに軽く扱われてしまうとき、その関係のあり方を改めて考えさせられることもあるのだと思います。

家族だからこそ助け合いたいと思う気持ちは自然なものですが、その一方で、自分自身を守ることも大切にしなければならないのかもしれません。尽くしてきたはずの関係が、思いがけない形で切り捨てられてしまう現実の厳しさを感じさせられるエピソードでした。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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