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深夜0時の訪問看護で…看護師「苦しい状態ではなさそうです」→直後、患者娘の態度が急変したワケ

  • 2026.4.21

 

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出典:photoAC(※画像はイメージです)

こんにちは。現役看護師ライターのこてゆきです。

訪問看護では、予定された訪問だけでなく、緊急の連絡が入ることもあります。

その多くは「体調の急変」ですが、中には医療的な状態だけでは説明できないものもあります。

今回は、深夜の一本の電話から始まった出来事を通して、理不尽に見える言葉の裏側について考えさせられた経験をお伝えします。

「呼吸が苦しそうなんです」深夜の緊急連絡

深夜0時を回った頃でした。夜間専用の当番の携帯が鳴りました。

「もしもし、訪問看護ステーションです」

電話の向こうから、焦った声が聞こえてきました。

「すみません、母が…呼吸が苦しそうで」「今すぐ来てもらえますか?」

利用者のAさんの娘さんからの連絡でした。Aさんは認知症があり、自宅で娘さんと二人暮らしをしています。これまでも体調の波はありましたが、大きな急変はなく経過していました。

私は電話越しに状態を確認しようとしました。

「えっと…呼吸が…なんか苦しそうで」「さっきよりも…うーん…」

娘さんの返答は途切れがちで、状況がはっきりとつかめません。

「顔色はどうですか?唇の色は変わっていませんか?」「呼びかけには反応ありますか?」

いくつか確認を重ねても

「ちょっと分からなくて…なんか変なんです」

という言葉が返ってくるばかりでした。

そのやり取りの中で、私は「状態が不安定なのか、それとも伝えられないほど切迫しているのか」が判断しきれない感覚を持ちました。

「分かりました、すぐに向かいます」

そう伝えて電話を切り、急いで準備をして車を走らせました。

頭の中では、呼吸状態の悪化や誤嚥、急性増悪の可能性が浮かびます。

「間に合うだろうか」

そんな思いを抱えながら、現場へ向かいました。

「遅いです」玄関先でぶつけられた言葉

到着してすぐにインターホンを押すと、勢いよくドアが開きました。

「遅いです」

開口一番、娘さんはそう言いました。その表情には明らかな苛立ちがにじんでいます。

「すみません、すぐに確認しますね」

靴を脱ぎながらそう答え、すぐにAさんのもとへ向かいました。

ベッドで横になっているAさんは、確かに呼吸は少し速いものの、会話も可能で、意識レベルも保たれています。バイタルサインを測定しても、大きな異常はありません。

SpO2も保たれており、緊急性の高い状態ではありませんでした。

「ひどく苦しい状態ではなさそうですね」

そう説明すると、娘さんはすぐに言い返しました。

「でも、さっきはもっと苦しそうだったんです!」「ちゃんと見てくれてるんですか?」

強い口調でした。その言葉だけを聞けば、理不尽なクレームのようにも感じられます。

しかし、その場の空気には、それだけではない何かがありました。

苛立ちの奥にあったもの

一通り状態を確認し、少し落ち着いたタイミングで声をかけました。

「今、少し落ち着いてきていますね」「今日は何時頃から気になっていましたか?」

娘さんはため息をつきながら答えました。

「夕方くらいから、ちょっと変だなって思ってて。でも、いつもこんな感じかなと思って…」

言葉は途切れがちでした。私は続けました。

「夜もあまり眠れていないですか?」

その瞬間、娘さんの表情が変わります。少しだけ視線を落として、小さく言いました。

「…ほとんど寝てません」

それをきっかけに、言葉が溢れるように出てきました。

「夜中に何回も起きるんです」「トイレに行きたいって言ったり、急に不安になったり」

「そのたびに起きて対応して…」

娘さんは苦笑いを浮かべながら続けました。

「仕事もあるし、正直もう限界で」

その言葉は、とても静かなものでした。

「何かあったら怖くて」

「本当は…」

娘さんは少し間を置いてから言いました。

「何かあったら怖くて。このまま悪くなったらどうしようって思ったら、もうどうしていいか分からなくて」

その声は、先ほどまでの強い口調とは全く違うものでした。

「だから、とにかく来てもらわないとって思って」

その言葉を聞いたとき、ようやく状況が見えました。あの電話は、呼吸苦だけが理由ではなかったのです。

不安、疲労、限界に近い生活。そのすべてが重なって、「今すぐ来てほしい」という言葉になっていたのだと思いました。

理不尽に見えた言葉の意味

あのときの「遅いです」「ちゃんと見てくれてるんですか?」

その言葉だけを切り取れば、理不尽なクレームのように見えます。

しかし、その裏には

「一人で抱えきれない」「誰かに頼りたい」「もう限界に近い」

そんな思いがあったのかもしれません。医療的に見れば、その日のAさんの状態は緊急性が高いものではありませんでした。けれど、娘さんにとっては限界に近い夜だったのです。

医療の正しさと生活の現実のあいだで

帰り際、娘さんは少し落ち着いた表情で言いました。

「すみません、こんな時間に」

私は「いえ、大丈夫ですよ」とだけ答えました。

玄関を出たあと、車の中でふと考えました。私たちは、どうしても医療的な正しさで状況を判断しがちです。

バイタルはどうか。緊急性はあるか。受診が必要か。

けれど在宅では、それだけでは測れない現実があります。その人がどんな生活をしているのか。どこまで一人で抱えているのか。

それらが重なったとき、初めて見える「緊急性」もあるのだと思います。

あの日の電話は、「呼吸苦の訴え」ではなく、限界に近づいた家族からのサインだったのかもしれません。

理不尽に見える言葉の裏に、どんな背景があるのか。それを想像することも、訪問看護の大切な役割のひとつだと、改めて感じた出来事でした。


ライター:こてゆき

精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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