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杏が語るパリでの二拠点生活と子育て。「お母さん」と自称するのをやめた理由とは? 【新作エッセイ2冊同時刊行記念インタビュー】

  • 2026.3.18
(C)Junko Tamaki(t.cube)
(C)Junko Tamaki(t.cube)

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俳優・モデルの杏さんが、新作エッセイを2冊同時に上梓した。3歳の双子と1歳の長男を連れたパリ旅行を描く『杏のとことこパリ子連れ旅』(ポプラ社)と、3回の旅行を経て移住を決意し、日本とフランスの二拠点生活を綴った『杏のパリ細うで繁盛記』(新潮社)の2冊だ。2冊同時に読めば、子どもたちや周囲の人々を巻き込みながら、楽しいことも大変なことも明るく前向きに乗り越える杏さんの姿に、励まされること間違いなし。

それぞれのエッセイを執筆した経緯から現在の二拠点生活についてまで、お話をうかがいました。

『杏のとことこパリ子連れ旅』 (ポプラ社/杏)
『杏のとことこパリ子連れ旅』 (ポプラ社/杏)
『杏のパリ細うで繁盛記』 (新潮社/杏)
『杏のパリ細うで繁盛記』 (新潮社/杏)

――パリでの二拠点生活を、暮らしと旅の両面からそれぞれ描いた『杏のとことこパリ子連れ旅』と『杏のパリ細うで繁盛記』。移住を決めた杏さんがふと「今まで生きてきて、初めて自分のことが好きになれそうな気がする、かも」と口にしていた、というエピソードが印象的でした(『杏のパリ細うで繁盛記』より)。

杏さん(以下、杏):「なれそう」「かも」と言っているところがミソで、移住したからといってガラリと自分を変えられるわけではなく、今も「自分大好きです!」とは思っていないんですけど(笑)。あのときはなんだか、わくわくしてしまったんですよね。行き先がパリだから、ではなくて、これまで培ってきた生活のほとんどを置いていかなきゃいけない、右も左もわからない新天地で、生活をゼロから作りあげていかなきゃいけないことを想像したとき、新たに自分と出会いなおせるかもしれない、というような、不思議な高揚感が湧いたんです。たとえるなら、はじめて一人暮らしをすることになったときの、前よりもちょっと大人になれたような気持ちに似ていました。

――仕事のスタイルも変わるから、つめこみスケジュールで生きてきたこれまでと違って、はじめて余白のある暮らしをすることになる、という予感も大きかったと思います。実際、暮らし方が変わったことで、ご自身に変化はありましたか?

杏:二拠点生活になったことで、「自分」という存在がもう一人増えたような気がするんですよね。といっても、二人力になったわけではなく、濃度の薄まった0.7人前の自分が二人いる、みたいな感じ。作中に書いたように、「こんなに自分はポンコツだっただろうか?」と驚くほどミスが増えたのも、そのせいだと思います。でも、そのぶん世界は広がった。濃密に凝縮された暮らしから、多少薄まるものがあったとしても広がりのある暮らしを得られたことは、やっぱりとても楽しいですね。

――薄まった、なんて感じられないほど、パリでの暮らしを満喫されている様子が本作では描かれています。

杏:限られた時間のなかで何ができるかを、より強く意識するようになったからかもしれませんね。とくに「子どもと一緒に何ができるか」は日本でもパリでも考えますし。その気になれば、1時間ちょっとで異国に旅立てるというのも、ヨーロッパで暮らすメリットのひとつですし、自分が「やりたい」と思えばなんだってできる、という感覚は、確かに前より強くなっているかもしれません。

――フィンランドでのドラマ撮影など(※)、旅ではなく暮らしを通じて、日本と異なる文化を体感されている様子も、読んでいて興味深かったです。

(※4月5日から放送開始する日本とフィンランドの共同製作ドラマ『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』で杏さんは主演を務める)

杏:そうですね。たとえばフィンランドだと、1日に許された勤務時間が決まっているので、どれだけこだわりたくても「区切りをつけて次に進む」ことを選択しなくてはならない場面が多々あります。そのことで守られるものもたくさんある一方、日本での撮影では、それほど厳しい制約がなく、とことん仕事に打ち込める環境を得られることを、(フィンランドから参加の)彼らは楽しみにもしていて。どちらがいい・悪いではなく、それぞれの文化に添った形で受け入れ、お互いを尊重しあえるのがいちばんいいな、と思いました。まあ、日本人はちょっと働きすぎだと思うので、心配だなと思うところもありますが。

――フランスの、大人もしっかりバカンスをとる文化についても書かれていましたね。

杏:フランス人にとっては、休むことも仕事のうちというか、自分の健康を守るためにも「休まなきゃいけない」という意識が強いんですよね。だから、有休を消化していない人が体調不良になった場合は補償が下りない、なんてこともある。計画的に有休をとって、自分の体を休めておくことも、大人として必要な管理のひとつ、ということですね。もしかしたら、日本でもそういう意識は今後、育っていくのかもしれないなと思います。そんなふうに、日本とフランス、そのほかの国の文化を、比較しながら体感していけるのはやっぱり興味深いですね。

始業式や文化祭など、学校行事がないフランスの学校生活に驚きも

――お子さんたちを通じての発見も多々書かれていますね。

杏:日本で生まれ育ってきた私は、どうしても、始業式や卒業式、文化祭や運動会といった学校行事がないフランスの学校生活に驚いてしまうし、イベントを経験しないで大人になっていく彼らを見守るのは、とても不思議な気持ちなんですよね。一方、給食ではあたりまえにベジタリアン用のメニューがあったり、宗教上の理由で食べられないものがあったり、自分たちとは異なる価値観で生きている人たちが存在するんだということを、あたりまえに受け入れる土壌が育っているんですよね。その影響を受けて、子どもたちはどんな大人になっていくんだろうなあ、とやっぱり不思議な気持ちになったりもします。

――3歳の双子と、1歳の長男、そして犬1匹とともに移住というのは、やっぱり、とても大変なことだと思うんです。『杏のパリ細うで繁盛記』の冒頭を読むだけで、杏さんの采配ぶりに圧倒されてしまうのですが、余白が生まれたとはいえたくさんのことが起きる日々を、どんなふうに乗り越えているのでしょう。

杏:根を詰めないようにはしていますね。やっぱり、一人でできることには限界がありますし、人の手を借りられるところは頼るようにもしています。幸い……と言ってしまうと語弊がありますが、子どもが三人もいるという状況はほとんどの人の目に大変そうに見えるようで、声をあげる前に手を差し伸べていただけることも多いんです。本当は、子どもが一人だって二人だって、大変なことには変わりないのだから、誰もがそんなふうに、気軽に人を頼ったり、手を差し伸べたりできる環境だといいな、とは思うんですけどね。私はドッグシッターやベビーシッターもフル活用していますし、一人で頑張ろうとしすぎないことは、誰にとっても大事なんじゃないかなと思います。

――今作を読んでいても、フランスではシッターさんを頼むことが珍しくなさそうなのがいいな、と思いました。

杏:シッターをお願いする、ということは、子どもやペットを預けて留守にする、というイメージを抱く方も多いでしょうが、一緒に家にいてもらうというのもありだと思うんですよ。たとえば買い物をするとき、たまった家事や在宅での仕事を片付けるとき、大人の目が一人分増えるだけで楽になることはたくさんある。とくに『杏のとことこパリ子連れ旅』を読んで、現地に知り合いもいないのに子連れでパリなんて無理だよ、真似できないよ、と思う方もいらっしゃるでしょうし、友人や祖父母など、信頼できる人と一緒に旅をできれば、確かにそれがいちばんいい。でも、フランスでは掲示板などを通じて、わりと気軽に、バイト感覚の学生に出会うこともできるので、「一緒に手伝ってもらう」相手は探しやすい。ハードルが高くても、もし「やってみたい」と思うなら、ちょっと調べてみるといろんな方法が見つかるんじゃないかなと思います。

――大人になるにつれて「やってみたい」よりもリスクが低いほうを選んでしまいがちなので、好奇心旺盛で、行動力のある杏さんのエッセイに励まされる人も多いのではないかなと思います。

杏:年齢とともに痛感するのは、ゼロをキープする大変さ。家族のことも、健康面も、問題が起きないようにすることが何より大変なんですよね。放っておけば、マイナスが増えていくだけですし。私も、臆する気持ちがないわけではないんですけど、父(渡辺謙さん)がハリウッドに進出したのは42歳だってことを考えると、何事も遅すぎるということはないんじゃないかなあという気もしてしまう。人生の基盤を新たにつくりなおす気力も体力も今はまだあるのだから、これからの自分の発展に、もう少し期待してみたいなと思っています。

子どもたちの前で、自分のことを「お母さん」と呼ばなくなった

――お子さんも、杏さんと一緒にたくさん、好奇心を育てる経験をされている印象ですが、なにか意識していることはありますか?

杏:それもやっぱり根を詰めすぎないというか、子ども向けに縛られすぎず、私が見たいもの・行きたい場所にとりあえずついてきてもらうようにしています。たとえば日本に帰国したとき映画『RRR』を見に行った話を書きましたが、英語でもフランス語でもなく、字幕を読むスピードも追いつかないかもしれない映画を、子どもたちがどこまで楽しめるかどうか、わからなかった。でも、全部は理解できなくても映像として楽しめるかもしれない、とも思う。そんなふうに、先入観で制限をしないようにもしていますね。もちろん、子どもが好きそうなところにも、積極的には行きますけど。

――『杏のとことこパリ子連れ旅』で行かれていた、シテ科学産業博物館はめちゃくちゃ楽しそうでしたね。

杏:年齢制限があるうえ、子どもがいないと入れない施設なんですけど、大人向けじゃないのに私も一緒にこれだけ楽しめるということは、その逆もしかりだろうなと思うんですよね。言葉がわからなくても五感に触れるものだけでこんなにも心が躍るものなのか、と驚かされるので、お子さんのいらっしゃる方にはぜひ行っていただきたいです。

――どちらの本を読んでいても、杏さんが、親として子どもを見守りながらも、対等に接しようとしているのが伝わってきて、それもいいなと思いました。声をかけるときの言葉の選び方も「そういうふうに言えばいいのか」と勉強になったりして。

杏:もちろん、あの手この手を使っても言うことを聞いてくれなくて、感情的に怒るしかない時もありますけど(笑)。今は、思春期といえる年齢にさしかかってきたこともあり、大人に不信感を抱きやすいからこそ、より、リスペクトをもって接することを忘れてはいけないなと思っています。子どもたちを通じて私自身も価値観をアップデートしていかないとまずい、という危機感を抱いてもいます。数年前から、子どもたちの前で「お母さんはね」と自称するのをやめて、「私は」と言うようにしているんですよ。私自身にも至らないところがたくさんあるからこそ、上下関係ではない、人と人としての関係を築いていけたらいいな、と。

――フランスで一緒に生活を作りあげていく同志のような感覚もあるからこそ、そうした意識もより強く抱くようになったのでしょうか。

杏:一緒にわからない言葉に立ち向かいながら、試行錯誤する仲間、みたいな感覚は確かに強いです。そもそも、母語ではない言葉で勉強している時点で尊敬するし、私自身にわからないことが多いからこそ「なんでわからないの」といらだつこともあまりないような気がするんですよ。日本でぬり絵やワークブックをやっている子どもたちを三人いっぺんに見ていたら、車酔いみたいになったことがあって(笑)。一人ずつ平等に向き合っていると、物理的に目がまわってしまうんですよね。今は、勉強を見てくれるフランス人の友人がいて、私一人で一生懸命になりすぎずにすむ環境があるので、適切な距離をもって接することができている気がします。

――それもまた、根を詰めすぎないということであり、余白を持つということでもありますね。

杏:そうですね。子どもたちには、私以外の人からもいろいろ学んでほしいし、たくさんいる学ぶ対象のうちの一人に私がいる、くらいがちょうどいいんじゃないかなと思っています。親だから、子どもだから、というひとつの関係性に縛られてしまうと、見えなくなってしまうものもたくさんあるでしょうし。だから今、エッセイを読み返すと、なんだか懐かしいような新鮮なような、不思議な気持ちになるんですよ。移住した当初は「私が管理しなくてはならない」と肩に力が入っていたし、どこで寝るとか、誰の隣に座るとか、小さなことで大騒ぎしながらあわただしく過ごしていた、今はもう過ぎ去ってしまった風景を、こうしてかたちに残しておけたことはよかったな、と思います。

取材・文=立花もも

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