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留守宅に、誰かが置いていった「おかずの皿」が!? 島暮らしで当たり前だった『究極の置き配』でも今は

  • 2026.3.16

筆者の話です。
実家で暮らしていた頃、家に帰ると、知らないおかずが食卓に並んでいることがありました。
それが当たり前だった日常は、いつの間にか静かに変わっていきます。

画像: 留守宅に、誰かが置いていった「おかずの皿」が!? 島暮らしで当たり前だった『究極の置き配』でも今は

知らない皿

家に帰ると、食卓に見覚えのないおかずが並んでいることがありました。
私の実家は、瀬戸内海に浮かぶ島にあります。
人口の少ない島での暮らしは、近所づきあいも密でした。

誰かが声をかけた様子はなく、玄関の鍵も開いたままです。
留守でも近所の人が野菜やおかずをそっと置いていく。
そんな光景は、この島では決して珍しいものではありませんでした。

当たり前

玄関先に、みかんや野菜、お菓子が置かれていることもありました。
見覚えのある皿なら「〇〇さんの家かな」と分かりますが、誰が作ったのか分からないものもあります。
現代の感覚では少し驚かれるかもしれませんが、それでも母は特に気にする様子もなく「おたべ」と言って、いつも通り食卓に出していました。
そこには、島という一つの家族のような場所で育まれた、絶対的な安心感があったのだと思います。

湯気の立つおかずが並び、いつもの茶碗と箸が置かれると、その日の夕飯は自然と始まります。
誰が作ったかを話題にすることもなく、私たちは普段通りに箸を伸ばしていました。
その光景を、私は子どもの頃から当たり前のものとして見ていたのです。

疑わない

誰が作ったのかを、その場で確かめることはありませんでした。
しばらくすると「おかず置いといたよ」と声を掛けられたり「お皿取りに来たよ」と家を訪ねてくる人がいたからです。
道で会えば「この間のおかず、おいしかった?」と聞かれることもありました。
島では、そのやり取りに疑問を持つ人はおらず、日常は静かに回っていたのです。

鍵の音

けれど時代が変わり、島でも留守にする際は鍵を閉めるのが当たり前になりました。
近所に人が住まなくなり、玄関先に何かが置かれている光景を見ることもなくなります。

静かな通りに、自分の足音だけが響く帰り道。
あの暮らしは単に無防備だったわけではなく、人と人との強い信頼があったからこそ成り立っていたのだと、今になって気づきました。
鍵を閉める音を思い出すたび、あの距離感が、少しだけさみしく感じられるのです。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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