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香港の巨匠ウォン・カーウァイが語る、自身初のドラマ「繁花」と日本の強いつながり「『東京ラブストーリー』は自分たちの青春を象徴していた作品」

  • 2026.3.10

『恋する惑星』(94)、『花様年華』(00)といった数々の名作を生み出してきた香港映画界の巨匠ウォン・カーウァイ。そんな彼が中国文学界の最高峰、茅盾文学賞を受賞した金宇澄の同名小説を映像化し、2023年に中国で放送されたTVドラマ「繁花」が、WOWOWで3月20日(金・祝)より日本初放送&配信される。

【写真を見る】10年をかけて完成させたドラマ「繁花」への思いを語るウォン・カーウァイ

1990年代の上海を舞台に、平凡な青年から財界の大物へと上り詰めていく主人公・阿宝(フー・ゴー)と、飲食店を営む玲子(マー・イーリー)、国営貿易会社に勤める汪明珠(ティファニー・タン)、謎の女・李李(シン・ジーレイ)ら3人の女性との関係が描かれる。きらびやかなネオン、徹底的に時代考証を重ねた都市のデザインなどこだわり抜かれた映像は、これまでのウォン・カーウァイ映画同様の美しさだ。10年の歳月をかけて本作を完成させたウォン・カーウァイのインタビューには、作品への想いのほか、制作における日本との密接な関係も語られていた。

「登場人物たちは、私が遠くから眺めていた変革の波を生き抜いた人々」

3人の女性との出会いが阿宝の人生を変えていく [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
3人の女性との出会いが阿宝の人生を変えていく [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――原作小説を読まれて、特に強く印象に残った点や魅力に感じられた要素はどこでしたか?また、それらは本作を映像化しようと決めた理由や、脚本を構築する際のアプローチにどのような影響を与えましたか?

「この小説が私の心に響いたのは、ある時代の正確なリズム——上海が自らを再発見しつつあった瞬間——を捉えていたからです。日常の質感で織りなされたタペストリーのような構成は、映画的だと感じました。また、私にとってこれは兄弟姉妹の世代についての物語でした。登場人物たちは、私が遠くから眺めていた変革の波を生き抜いた人々です。この作品を脚色することは、あの変革の時代を再構築する手段となり、タイムマシンのように私がかつて香港で生活していた時代に並行して存在した上海を仮想的に体験させ、地理的に隔てられていたものをつなぐものとなりました」

――30話という長尺のドラマで、どういうストーリーテリングのリズムを作りましたか?映画とは違う点があったかと思いますが、ご苦労された点を教えください。

「原作はプルースト的な深みを帯びつつ上海の近代史全体を辿りますが、我々は物語の焦点を80年代末から90年代の激動期に絞りました。登場人物たちが青春の無垢さを脱ぎ捨て、計画経済から市場経済への劇的転換という歴史の激流に放り込まれる時代です。小説の壮大な構造には余白が必要でしたので、30話のエピソード構成により、時代を浮き彫りにする小さな瞬間の積み重ねという本質を保てました。この形式は、長編映画では表現し得ない人間関係の漸進的な展開や、変容する都市の微妙な移ろいを描く余地を提供しました。映画とは異なる言語であり、我々は物語が求める言語で語りかけました」

 上海出身のフー・ゴー [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
上海出身のフー・ゴー [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――主人公の阿宝役にフー・ゴーさんをキャスティングされた背景と、演出する際に特に重視されたポイントがあればお聞かせください。

「フー・ゴーには骨の髄まで上海が刻まれています。方言だけでなく、阿宝の抑制と欲望の間で揺れ動くその引力や、混沌の切り抜け方、義理堅さを鎧のように身にまとう術を、彼は直感的に理解しています。これは一人の男の物語ではなく、世代の旅路であり、フー・ゴーとこの街の深い絆が、あらゆる場面に真実の息吹を吹き込んでいます。フー・ゴーは阿宝の育った街で成長し、彼の父はその時代を生きてきました。この深く刻まれた文化的DNAが、彼の演技を単なる演技ではなく、阿宝として生きることそのものにしたのです」

――映画と同様に、本作においても強い美意識へのこだわりを感じます。1990年代の上海のビジュアルを表現するにあたり、どのような映像演出やアプローチを取られたのでしょうか?

「私たちは数十年にわたり、視覚的な考古学の研究を必要としました。撮影監督のピーター・パウと私は数千枚のアーカイブ写真を分析し、完璧な歴史再現は幻影だと悟りました。真の使命は“複製”ではなく“共鳴”に変わりました。それはノスタルジアのニスを剥ぎ取り、生命力を露わにすることです。そして、記憶を宿すロケ地を選びました。例えば、楊浦埠頭は汪明珠の困難な再出発を象徴するような、荒々しく工業的な風景を背景として登場させています。蘇州河は薄明かりの青灰色に染まり、静かな不屈の精神を捉えています。90年代の爆発的なエネルギーを表現するため、上海の繁華街である黄河路を実寸のスケールで再現しました。ネオンの星座と水銀灯が濡れたアスファルトににじむ光景は、あの時代の狂おしい鼓動と香港の2つのエネルギーへの色彩の賛歌となったのです」

 飲食店「夜東京」を営む玲子 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
飲食店「夜東京」を営む玲子 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――登場人物たちの衣装やファッションは、どのような基準や意図のもとでデザインされたのでしょうか?

「衣装においては、当時の上海のファッション感覚がなにより重要だと感じました。80年代の銀座で働いた玲子には、神保町の書店で購入した80~90年代の日本のファッション誌を紐解き、ヴィンテージのイッセイミヤケやコムデギャルソンを調達しました。新たに台頭するホワイトカラー階層を象徴する汪明珠にとって、海外貿易の仕事や海外バイヤーの接待といった役割には、プロフェッショナルで洗練された職場のスタイルが求められました。国有企業の女性たちが通常はズボンを履いていた一方で、日本のTVドラマの影響を受けた対外貿易の女性職員たちはスカートを身につけるようになり始めていた。そこで私たちは、彼女の凛とした二面性を表現するため、日本のオフィスワーカーのスカート丈を正確に研究しました。身につけるすべての衣服が、個人の趣味と社会的地位を示しているのです」

「小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』を使用できたのは大きな喜びでした」

小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」など多数の日本のヒット曲が彩る [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
小田和正の「ラブ・ストーリーは突然に」など多数の日本のヒット曲が彩る [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――監督の映画作品では即興や俳優の反応を重視されていますが、本作の演出にもそのスタイルは持ち込まれましたか?

「脚本は制作過程で進化するものだと私は常に信じてきました。“終わり(The End)”が書かれるのは台本の最後のページではなく、フィルムの最後のフレームです。私のアプローチはしばしばジャズのジャム・セッションに着想を得てきました。共有されたキャンバスの中で即興を繰り広げるのです。しかし『繁花』はまったく新しい体験でした。従来の連続ドラマのようには撮影せず、一つ一つのシーンに長編映画と同じ厳密さで取り組み、全話で映画15本分ほどに相当する規模となったのです。プレッシャーは計り知れず、編集を最初から統合したワークフローはより厳密なコントロールと連続性を必要としました。それは容赦のないプロセスで、構造的な即興の余地がほとんどありませんでした。撮影中に“ジャム”できた機会はほんの時折でした」

阿宝のビジネスパートナーになる汪明珠 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
阿宝のビジネスパートナーになる汪明珠 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――本作では多くのヒット曲が使用されていますが、音楽を選ぶ際にどのような基準や考え方を大切にされましたか?また、その具体例として、日本のアーティストである小田和正さんの楽曲を選ばれた理由についてもお聞かせください。

「映画音楽は感情を喚起すると同時に、その時代や場所を示す指標にもなります。1980年代から、日本のTVドラマとポップミュージックはまず香港に影響を与え、その後中国本土に広がり、一つの世代を形作りました。その時代を再構築するには、こうした“時代の声”が必要でした。『繁花』では、クラシックなマンドポップ/カントポップ(中国語の標準語/広東語で歌われるポピュラー音楽)のヒット曲、そして、長年の仕事のパートナーである梅林茂の楽曲から五輪真弓や山口百恵のカバー曲まで、忘れがたい日本の曲が集められています。銀座で玲子と阿宝が出会うシーンでは、吉田正が作曲した『有楽町で逢いましょう』で雰囲気を高めました。

深圳から来た謎の女・李李は、歓楽街・黄河(ホアンホー)路に新たな店を開く [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
深圳から来た謎の女・李李は、歓楽街・黄河(ホアンホー)路に新たな店を開く [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

特に小田和正の『ラブ・ストーリーは突然に』を使用できたのは大きな喜びでした。『東京ラブストーリー』は、あの世代の中国の視聴者にとって、自分たちの青春そのものを象徴する決定的な日本のドラマでした。TV放送時、玲子が阿宝の手を引いて銀座の街を駆け抜け、あの象徴的なイントロのリフが流れ出した瞬間のことは、いまでも鮮明に覚えています。中国全土の視聴者が熱狂しました。あの曲が中国国内のドラマで使用されたのは、初めてのことだったからです。それは、まさに人々の“共通の鼓動”であり、一瞬にして彼らを90年代へと引き戻したのです!」

東京と上海は非常にフォトジェニックで質感豊かな都市

1980年代の銀座を再現したセット [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
1980年代の銀座を再現したセット [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――監督の視点から、上海と東京はそれぞれどのようなかたちで描かれるべきだとお考えでしょうか。また、日本という空間や文化がどのような「重力」を持ち、作品の世界を引き寄せる存在となったのか、監督はどのように捉えていらっしゃいますか。

「1972年の日中国交正常化以降、経済、文化、さらにはスポーツに至るまでの交流が、上海と東京の間に深い絆を育みました。1980年代には多くの上海人が日本で学び、働き、その後に帰国しました。玲子というキャラクターは、まさにこうした人々を象徴する存在です。劇中の東京での経験に紐づく貿易や証券市場のサブプロットも、実際の出来事に基づいています。私が初めて東京を訪れたのは80年代半ばのことで、銀座は当時から馴染みのある場所でした。

“旦那”と呼ばれる阿宝のビジネスの師匠 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
“旦那”と呼ばれる阿宝のビジネスの師匠 [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

原作小説では、玲子の東京での暮らしは明確には描かれておらず、映像化にあたって追加したものです。監督として、私は東京と上海の両方が、非常にフォトジェニックで質感豊かな都市であると感じています。当初は銀座でのロケを計画しており、名だたるクラブもいくつか視察していましたが、あいにくパンデミックの影響で断念せざるを得ませんでした。その代わりに上海に銀座の一角を再現したのです。100%正確な再現とはいかないまでも、私が記憶している銀座のエッセンスは捉えられたと思っています。

依田巽氏(株式会社ギャガ名誉会長)と加畑圭造氏(株式会社ツイン代表)、そして、阿宝の見事なスーツの数々をデザインしてくださった滝沢直己氏、彼らのサポートには、特別な感謝を捧げます。そして最後に、1981年のドキュメンタリー映画『長江』の映像使用を快諾してくださった、さだまさし氏に深く感謝いたします。あの偉大な作品は、改革開放の黎明期にある中国の貴重な記憶を保存してくれました。『繁花』にその映像を取り入れられたことは、私たちの誇りであり、彼へのオマージュでもあります」

【写真を見る】10年をかけて完成させたドラマ「繁花」への思いを語るウォン・カーウァイ [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED
【写真を見る】10年をかけて完成させたドラマ「繁花」への思いを語るウォン・カーウァイ [c]2023 BLOSSOMS ISLAND PICTURES LTD. ALL RIGHTS RESERVED

――ウォン・カーウァイ監督の最新作ということで、日本のファンも楽しみにしております。日本のファンに向けたメッセージをいただけますでしょうか?

「世界中の観客は人間が抱える普遍的な葛藤や願望に共感します。『繁花』は、急速に変化する世界の中で自分の居場所を見つけようとし、名を残そうとし、そして愛、友情、裏切りを行き来する人々の物語です。視聴者は1990年代の上海の具体的な光景や音に触れると同時に、より良い人生を求める普遍的な衝動も感じるでしょう。野心は世界共通の言語なのです。こうした“普通の”人々の情熱と信念こそが彼らを特別な存在たらしめるものです。90年代の上海は、不確実性の中にあってこそ革新が花開くことを教えてくれました。あの夢追い人たちは地図を持たず、ただ自分の腹の底に羅針盤を宿していました。現代の観客が向き合う嵐は違うかもしれませんが、方向転換する勇気は時代を超えて不変です」

構成/編集部

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