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「母さんの葬儀だぞ!どこにいる!」体裁ばかり気にする夫「ハワイだけど?」義母の葬儀を欠席したワケ

  • 2026.3.30

家族のため、あるいは過去の恩義のために、自分の気持ちを押さえ込んで尽くす日々。そんな妻の献身を当然のように扱い、裏で平然と裏切り行為を働いている夫だとしたら……。考えるだけでも悲しくなります。しかし、そんな夫も実在するようです。
今回は、亡き「義父」との約束や絆を胸に、身勝手な夫からの理不尽な扱いに耐えてきた妻の体験談を2本ご紹介します。身の程知らずな夫が迎えた末路とは!?

夫「葬儀に出ないなんて非常識だろ!」私「ごめん、今ハワイ」→義母の葬儀を欠席したワケは?

義母は夫を溺愛し、昔ながらの価値観で嫁の私をしばります。仕事をするなんてもってのほかです。その息子である夫は、亭主関白で家のことはすべて私任せ。家事も育児も、まったく関わりません。

ある日、義母が体調を崩してしまいました。私はいつの間にか、義母の身の回りの世話を引き受ける立場に……。いつでも嫁より義母を優先する夫ですが、義母の介護にはノータッチ。嫁の仕事だと言い張り、病院の付き添いや保険の手続き、買い物すら協力してくれませんでした。

義母は私の予定などお構いなしに用を言いつけます。義母の雑用のために、前々から計画していた用事すらキャンセルされる始末。家事に育児、介護に走り回り、1日はあっという間に過ぎていきます。

義父との約束を守っていたけれど…

こんな環境下でもなんとか頑張れるのは、亡き義父の言葉があるからです。義父はこの家で唯一、私をとても大切に扱ってくれた存在でした。

そんな義父は「わがままな妻と頼りない息子だが、何かあったときはできるだけ助けてやってほしい……」と私に託して亡くなりました。義父の最期のお願いを引き受けた以上「できる限りはやらなきゃ」と、自分に言い聞かせているのです。

それでも私は限界間近……。そんなあるとき、思わぬものを目にします。夫がお風呂に入っている間、放置されていたスマホに届いているメッセージを、偶然見てしまいました。

「一緒に暮らす日が楽しみ♪ 離婚する日を待ってるよ♡」

そういえば、以前娘が夫に似た男性を街で見かけたと言っていました。しかも、女性と手をつないで歩いていたと……。そのとき私は「見間違いじゃない?」と言ったのですが、どうやら事実だったようです。

私が家事や育児、介護に追われている間、夫は不倫相手と楽しい時間を過ごしていたのです。とてもショックでした。

私は離婚に向けて証拠を集めることにしました。義父には申し訳ない気持ちでいっぱいですが、やれることはやったつもりです。

もう1つの約束

まもなく、義父の三回忌を迎える時期。

実は義父が亡くなったとき、もうひとつだけ私に託されたお願いがありました。法要の準備も夫は私に丸投げ。私はその節目を機に、義父のお願いを果たし、夫との生活にも区切りをつけようと心に決めたのです。

そんな矢先、義母の容態が急変し、あっという間に亡くなってしまいました。危篤を知らせるため急いで連絡したものの、夫は「今は忙しいから、そっちでなんとかして」と突き放すような返事のみ。結局、義母の最期に間に合いませんでした。

ところがその後、外面の良い夫は一変します。親戚や会社関係者が集まる葬儀となると、今度は積極的に動き出し、段取りはあっという間に決められていました。私に知らされたのは、すべてが決まったあとのことです。

さらに、その葬儀の日程は、私がすでに準備を進めていた義父の三回忌と同じ日になっていました。日取りは事前に伝えていたはずなのに……。家族だけで静かに行う予定だった義父の三回忌と、大勢を呼ぶ義母の葬儀。その扱いの差に、言葉を失いました。

どうするべきか、正直迷いました。けれど義母と義父、どちらの思いを大切にしたいのか。私の中で答えは、もう決まっていました。

義母の葬儀を欠席したワケ

義父の三回忌を予定していた日、私のスマホが鳴りました。「母さんの葬儀なのに、どこにいるんだよ!」と、電話の向こうで夫が怒鳴っています。

私はできるだけ感情を抑えて答えました。「ハワイだけど……」その瞬間、夫は一瞬静かになり、驚きと動揺が入り混じった息遣いが伝わってきました。

私は、義父の遺言だった散骨のためにハワイに来ていることを伝えました。前もってその予定を知らせていたことも、やり取りの履歴を提示すると、夫は返す言葉がない様子……。

これは義父たっての願いでした。「都合のいいタイミングでいいからな」と、生前に何度も言っていた言葉が、ずっと胸に残っていたのです。国内の手続きや現地業者への依頼など、必要な準備はすでに義父が整えてくれていて、私がしたのはその最後を見届けることだけでした。

嫁と孫の姿がない葬儀に、夫は相当焦ったのでしょう。体裁ばかり気にする人なので、面目が丸つぶれだったのだと思います。

私はその流れで、夫の不倫に気づいていること、すでに弁護士に相談していることも伝えました。そしてこの出来事を区切りに、これからは自分自身の人生を歩いていくと、はっきり心に決めたのです。

新しい旅の出発

ハワイでの散骨式を終え、静かな海を見ながら私は涙が止まりませんでした。義父をようやく送り出せた安堵とともに、これまで抑えてきた感情が、波の音に溶けるようにこぼれていきました。

帰国後、私は夫との離婚に向けて動き出しました。探偵の調査報告や、やり取りの記録など、不貞を裏づける証拠もそろっていたことから、協議は比較的スムーズに進みました。結果的に、こちらに有利な条件で離婚が成立し、ようやく肩の力が抜けたのを覚えています。これで、娘とふたり、新しい生活を始められます。

一方で、夫の不倫は相手の家庭にも知られることになったようです。しかも、不倫相手の配偶者が、夫の勤務先と関係のある人物だったこともあり、社内でも噂になってしまったと聞きました。あれだけ体裁を気にしていた夫が、職場で居場所を失いかけていると知り、どこか冷めた気持ちで受け止めている自分がいました。

私と娘は今、親子留学を目標に英語の勉強をしています。ハワイに行ったことをきっかけに、それぞれに「やってみたいこと」が見つかったのです。この新しい目標は、義父が残してくれた静かな贈り物のように感じています。

これからは、義父の思いを胸に、娘と一緒に「自分たちの人生」を大切に歩いていこうと思います。

◇ ◇ ◇

「家族だから」「妻だから」という理由で、自分の気持ちを後回しにしてしまう人は少なくありません。けれど、本当に守るべきものは、誰かの機嫌ではなく、自分自身の人生です。

勇気を出して踏み出した一歩は、これからの日常に、静かな変化をもたらしてくれるはずです。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

続いては、実家の窮地を救ってくれた義父への「恩義」から結婚を選び、義父の会社のために身を粉にして働いてきた妻のエピソードです。恩を盾にして妻を都合よく扱い、あろうことか義父が亡くなった後に不倫相手を会社の役員にしようと目論む最低な夫。

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夫と結婚したのは、恋愛感情よりも「恩義」が理由です。かつて私の実家の事業が倒産寸前だったとき、取引先だった義父が救ってくれました。父は最期まで「あの一家には一生頭が上がらない」と言い残し、その縁で持ち上がった夫との結婚を、私は恩返しのつもりで引き受けたのです。

私は結婚と同時に義父の会社に入り、業績を良くしようと頑張ってきました。夫のことも、あの誠実そうな義父の息子なのだから、家庭でも責任を持ってくれる人だと信じていました。けれど結婚後、夫は少しずつ本性をあらわしていったのです。

夫はことあるごとに実家の恩を盾にします。仕事はろくにしないくせに、無駄遣いばかり。家事もせず、夜な夜な飲み歩く日々……。

私が注意しても「ケチくさいこと言うなよ。うちの親父が助けてやらなきゃ、お前は今ごろ路頭に迷ってたんだぞ?」と、夫は聞く耳を持ちませんでした。

義父、涙の謝罪

そんなある日、義父に病気が判明し、余命宣告を受けました。体調はみるみるうちに悪化……。目に見えて弱っていった義父は、あるとき私を呼び出してこう告げたのです。

「息子が君を苦しめているのは知っている。それなのに、会社には君が必要で、縛りつけてしまって申し訳なかった……。恩返しはもう十分だ。私が死んだら、あいつとのことは君の自由に決めていい」

私は涙が止まりませんでした。苦しい日々でしたが、義父が寄り添ってくれたことがうれしかったのです。

実は、夫は私が多忙なのをいいことに、長年不倫していました。知っていながらも、義父に恩があるのは事実。それに、もし離婚したら義父の会社にはいられなくなるかもしれません……。そんな気持ちが、離婚という選択を遠ざけていたのです。

義父は不倫のことも知っていました。「何もできず申し訳なかった」と、涙ながらに詫び、夫と不倫相手の企みを私に教えてくれました。なんと夫は義父亡き後、自分が社長に就き、不倫相手を役員として迎えようとしていたのです。

「俺が社長だ」と豪語する夫

その後、義父は他界。夫は不倫相手を“義父の知人”という名目で葬儀に呼んでいました。

義父の葬儀が済むと、夫は悲しむ素振りも見せず、意気揚々と「会社は俺が継ぐ!」と宣言しました。それどころか、かねてからの計画通り不倫相手を役員に据えると言い出す始末です。義父亡き後、すべてが自分の思い通りになると、完全に浮き足立っていました。

ですが、夫は大きな勘違いをしています。

私は黙って1通の書類を差し出しました。「残念だけど、あなたが社長になることはない。そして、その方を役員にすることも……」

夫は「は? 親父の会社を継ぐのは息子の俺だろ!」と声を荒らげましたが、書類の内容を見て、みるみるうちに顔が真っ青になりました。

義父は体調が悪化する前から弁護士に相談し、遺言書の作成とあわせて、夫と不倫相手の行動について、わかる範囲の記録を残していました。さらに、会社の経営については「これまで実務を担ってきた息子の嫁に任せる」という意思を、正式な書面として整理していたのです。

義父は、息子が会社を食い潰し、私の努力を台無しにするのを防ぐため、法的手段ですべての権利を私に託してくれていたのでした。

新たなスタート

不倫相手は「そんなの聞いてない!」と夫を突き飛ばし、足早に去っていきました。結局、彼女が愛していたのは夫ではなく、夫が手にするはずだった「社長の椅子」と「お金」だったのです。

すぐに夫は手のひらを返し「悪かった、俺がバカだった。頼むから会社に置いてくれ……!」と私に謝りますが、もう遅いのです。

夫は職もなく、住んでいた家も、生活費として使わせてもらっていた義父名義のクレジットカードも失いました。まともに働いた経験のない30代後半の男性が、慰謝料の支払いを抱えて再出発するのは、きっと険しい道でしょう。

私は、義父が守り抜こうとしたこの会社と従業員を、今度こそ私の手で守っていくと決めました。もうかつての「恩」ではなく、これは私の意思なのでした。

◇ ◇ ◇

恩義は大切ですが、それを盾に自分を犠牲にし続ける必要はありません。もし相手の言動に「おかしい」と感じたら、ひとりで抱え込まず、周囲の助けを借りながら冷静に事実を確認することが自分を守る第一歩となるのではないでしょうか。

これからは恩義という呪縛から解き放たれ、自分の意志で新しい道を歩んでいってほしいですね。

※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

妻の献身や思いやりにあぐらをかき、裏切りを重ねた夫たちは、最終的に社会的信用も財産もすべて失う結果となりました。一番近くで自分を支えてくれる人へ感謝せず、その大切さに気づけない人は、幸せにはなれないものなのかもしれませんね。

義理や恩義は尊いものですが、それに縛られて自分自身の人生まで犠牲にする必要はありません。そしてそれは他者から強要されるものでもありませんよね。理不尽な環境に置かれたとき、ただ耐え忍ぶのではなく、今回の妻たちのように事実と向き合い、自らを解放する決断を下すことも大切なのではないでしょうか。いざというときは、自分の幸せを守るために後悔のない選択ができる強さを持ちたいですね。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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