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アートの連載【河内タカの素顔の芸術家たち】。今月は、独創的な実験写真を残した大西茂について。

  • 2026.3.10
出典 andpremium.jp


大西茂 Shigeru Onishi
1928–1994 / JPN
#148
岡山県高梁市に生まれ、位相数学を研究するために北海道大学に入学し、卒業後も大学に残り研究を続ける。写真作品の制作は大学に所属していた1958年頃までに限られ、その間、1955年に東京のなびす画廊で初の個展を開催し、案内状には瀧口修造が寄稿した。その2年後、瀧口の企画により二回目の個展を開催。新たな取り組みとして墨による抽象画を制作するようになると、フランスの評論家ミシェル・タピエと知り合い、アンフォルメルの国際展「世界・現代芸術展」に出品される。墨の作品はヨーロッパでも広く紹介されたが、自ら芸術サークルに交わることもなく、両親の介護のために岡山に戻り、晩年まで数学理論の研究と芸術作品の制作を続けた。

独創的な実験写真を残した 大西茂

優秀な数学者としての顔を持ちながら、写真や絵画の分野で活動し、戦後の日本美術における「鬼才」として知られた人物がいます。それが現在、東京ステーションギャラリーで展示が行われている大西茂です。彼が残した写真・絵画・数学を紹介する国内初の展覧会となっているのですが、個人的に驚き、そして魅了されたのが、数学の研究をしながら人知れず取り組んでいた一連の実験的写真でした。

大西茂のユニークさは、数学者としての明晰な頭脳を芸術家としての感性に融合させていた点と、写真の教育をまったく受けずに独学だったということもあり、既存のジャンルに収まらない極めてユニークな表現を生み出したところにあります。中学時代から、教師に難問を問いかけて困らせる秀才肌だった彼は、故郷の岡山から遠く離れた北海道大学に入学し「位相数学・トポロジー」(図形や空間の性質を“位置関係”を基準に考える幾何学の一種)を研究しながら、それと並行して、独自の理論を応用しながら写真制作に没頭。その後は前衛書道による視覚芸術に昇華させようとしていたのですが、これは彼が生涯にわたって追い求めた「超無限」という数学的思考の表れでもあったそうです。

複数のイメージが重なりあう抽象的な写真はいかにも前衛的で、異なる女性や自分に、風景や室内、やかんやドアノブや三脚といった複数のイメージを組み合わせ、筆で即興的に書きなぐるなど、一見すると秩序のないカオス的世界に満ちています。このような複雑なレイヤーを創り上げるために、大西は多重露光、多重焼付、現像中に光を当てて反転させるソラリゼーション、ハケやスポンジや薬品を使った加工、筆による書のようなジェスチャー、さらには現像温度を極端に高くし色調の変化を起こすなど、偶然性を呼び込む本人でさえも予測不能な作業を行いました。そうしてマン・レイをはじめとするシュルレアリスム、あるいは小石清や坂田稔といった新興写真にも近い現実離れした写真を構築するにいたったのです。

大西がこのような幻視的な写真を制作していたのが、1950年代だったことを考慮すると(理由はわからないのですが、1959年以降の写真作品は存在しません)、マン・レイやエドワード・スタイケンの多重露光写真、あるいはダダイズムのフォトモンタージュからの影響も考えられるのですが、1956年に東京と大阪で開催された展覧会を通じて紹介されたオットー・シュタイナー(1915–1978)が提唱した「サブジェクティブ・フォトグラフィ(主観主義写真)」と呼ばれたドイツからの新しい写真の表現が、彼に多大な影響を及ぼした可能性が非常に高く、確かに多重露光やフォトモンタージュといった手法や作風は似ている感じがします。

もともと医学博士だったシュタイナーは、戦時中は軍医として活動し、戦後から独学で写真の道へ転身し、ソラリゼーション、長時間露光、極端なコントラストなど、写真の媒体としての可能性を広げる実験的な手法を多用した作品を残しました。単なる記録としての写真ではなく、撮影者の「主観的な表現」や「内面性」を重視を提唱した背景に、ナチス政権下で抑圧されていた前衛的な表現を復活させる目的もあったとされ、エッセンの芸術大学で教鞭を執る学者肌だったシュタイナーが、写真の師を持たなかった大西の心のメンターであったのかもしれません。

暗室で試行錯誤しながら生み出された大西の一点ものの作品は、土門拳や木村伊兵衛に代表される日本のリアリズム写真とは相反するシュールで芸術的な表現になっており、おそらく当時はなかなか理解されにくかったことが想像できます。しかも30才で写真の制作をぱったりと辞めてしまい、積極的に売り込もうともしなかったため、次第に時の流れの中に埋もれてしまったと考えられます。しかし今回の展示によって彼の全貌が初めて明かされることで、数学的な思考に基づいた孤高の取り組みを、現代の目を通じて読み解かれることに興奮を覚えてしまうほどです。

Illustration: SANDER STUDIO

出典 andpremium.jp

『大西茂 写真と絵画』(平凡社)。数理を究め、躍動する造形表現を探求した大西の全貌に迫る展覧会の公式図録。

展覧会情報
『大西茂 写真と絵画』
会期:2026年3月29日(日)まで開催中
休館日:月曜日(3/23は開館)
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
お問い合わせ: 03-3212-2485
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202601_onishi.html
現存する千点以上の写真と絵画の中から傑作を厳選しての日本の美術館では初となる回顧展。造形表現を探求した大西のもう一つの「表現」である数学研究の遺稿や資料も併せて展示することで、その創造の全貌を紹介する。

文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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