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『このミス』第24回大賞受賞作。1920年の中国、水墨画の日本人贋作師と孤独な元皇帝が、密室不審死事件に挑む心温まるミステリー【レビュー】

  • 2026.3.7
最後の皇帝と謎解きを 宝島社 / 犬丸幸平
最後の皇帝と謎解きを 宝島社 / 犬丸幸平

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話題の新人作家を生み出すことで定評のある宝島社主催の「このミステリーがすごい!」大賞。昨年10月に発表された第24回大賞受賞作「龍犬城の絶対者」(犬丸幸平)が、このほど『最後の皇帝と謎解きを』とタイトルもあらたに単行本化されることになった。中国・清朝末期の紫禁城を舞台に、なんと元皇帝と日本人絵師が謎解きに挑むという異色の歴史ミステリーだ。

世界情勢が緊張を高める1920年。北京の胡同に住む日本人絵師・一条剛は、その水墨画の腕を買われて紫禁城に住む清朝の元皇帝・愛新覚羅溥儀の水墨画の外国人帝師として雇われる。といってもそれは表向きの理由で、実は剛に託されたのは城にある水墨画の贋作を作ること。本物を贋作にすり替えて秘密裏に売却し、清朝復興のための資金を調達しようという目論見があったのだ。

剛が宮中にあがるようになった頃、元皇帝の側近のひとりが密室で不審死を遂げた事件を皮切りに、秘蔵の「空洞の目を持つ龍」の絵に何者かが目を描き加えるなど、不可解な事件が相次ぐ。なりゆきで犯人探しをすることになった剛だが、なんと好奇心旺盛な元皇帝も自ら謎解きに加わるのだった――。

紫禁城の内部や元皇帝の日常、弁髪姿や宦官の様子など、繰り広げられる艶やかな中華的異文化空間がなんとも魅力的。著者は溥儀が書いた自伝『我が半生』などを参考にしたというが、実際の歴史上の人物や舞台を巧みに物語に利用する手腕はたいしたものだ。

そしてなんといっても、謎解きを通じて元皇帝の溥儀と日本人絵師の剛の間に育まれる「友情」が大きな軸になっているのが面白い。

溥儀は3歳弱で皇帝に即位するも6歳のときに辛亥革命で帝位を追われ、そのまま紫禁城に暮らしていた。12歳のときに張勲復辟で復位するが、たった12日間で再び退位し、物語の時点では15歳。清朝復権の機を虎視眈々と狙ってはおり、実際には城の外に出ることも叶わず、周りいるのは皇帝にへつらうイエスマンの宦官たちだけ。自ずと傍若無人に育った溥儀の前に現れたのが日本人絵師の剛だった。

外国人である剛は相手が皇帝であっても動じず、「おかしいものはおかしい」と策を弄せず、正面から意見する。実はこれまでの人生で自分にへりくだらない存在には出会ったことがなかった溥儀は、そんな剛の姿に衝撃を受ける。だが彼の心に残ったのは不快感よりもなぜかうれしい気持ちで、いくつかの謎を共に解くうちに二人の間には次第に「友情」が育っていくのだ。殺人は起こるがそこまで陰惨な事件でもなく、むしろこうした人と人が心を通わせる「ぬくもり」が印象に残る本作は、ミステリー初心者でも安心して楽しめるだろう。

それにしても皇帝という唯一無二の存在だからこそ抱えざるをえない「孤独」を癒すのが、よりによって清朝後退のきっかけとなった日本の青年という歴史のいたずら。その後の溥儀の悲運を思えば、こうした信頼できる存在が本当に彼の人生にいたかもしれないと想像すると、どこか心も軽くなる。

文=荒井理恵

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