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山崎育三郎、「ミュージカル界の起爆剤に」新グループオーディションをプロデュース “日本発の作品を世界へ”夢の第一歩

  • 2026.3.28
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山崎育三郎 クランクイン! 写真:米玉利朋子(G.P. FLAG inc)

『エリザベート』『昭和元禄落語心中』をはじめとするミュージカル作品はもちろん、ドラマや映画、音楽活動、さらにはトーク番組のMCなど、さまざまなジャンルで才能を発揮する山崎育三郎。40歳になった今年、また新たなチャレンジとして、日本初のミュージカル×ボーイズグループオーディション『OK!Diamonds』をプロデュースする。長年胸に抱いてきた「日本発のミュージカルを世界へ届けたい」という夢の一歩ともいうべき今回のプロジェクトに懸ける熱い思いを語ってもらった。

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◆新グループオーディションをミュージカル界の起爆剤に

『OK!Diamonds』は、今はまだ眠っているダイヤモンドのような才能の原石を発掘し、ミュージカルだけではない、あらゆるエンタテインメントのステージで光り輝くボーイズグループを育成するオーディションプロジェクト。最終選抜メンバーは、山崎をはじめ数多くの人気俳優・アーティストが籍を置く研音に所属し、ソニー・ミュージックレーベルズからメジャーデビューを果たすことが約束されている。現在エントリーが受け付けられており、WEB応募審査も同時進行中だ。今後オーディションの模様はYouTubeにて公開される。

――ミュージカルとボーイズグループという画期的な組み合わせに驚きました。今回のプロジェクト誕生の経緯を教えてください。

山崎:僕自身が12歳からミュージカルの世界にいて、29歳まではミュージカル一筋で走り抜けて、自分がずっと目標にしていた作品にも立たせていただきました。その後、次の目標を決めた時に、ミュージカル界とメディアの架け橋になりたいと、30代からは映像の世界にも挑戦を続けてきて。そこでも1つ自分の中で一区切りがあり、今年40歳になってこれからの10年を考えた時に、一度原点に戻ろうと思ったんです。

12歳で初めて出たミュージカルが小椋佳さんの企画された日本オリジナルミュージカルだったんですね。原点である日本発のミュージカルにこだわり、日本オリジナルミュージカルを世界に広めたいという大きな夢の中で、ミュージカル界をさらに盛り上げる起爆剤になるような新しいグループをプロデュースし、いつかメンバーと一緒に日本発のミュージカルを作っていけたらとイメージしたところから始まりました。

――『OK!Diamonds』というオーディション名にはどんな思いを込められましたか?

山崎:僕が10代~20代のころ、ミュージカルの現場はかなり厳しかったんです。怒鳴られ、怒られする中で歯を食いしばりながらやってきたのですが、自分の中では苦しさもあって。オーディションや稽古場の緊迫感や威圧的な感じを乗り越えて、自分自身を表現するところまでたどり着くのがすごく大変でしたし、表現する以前の問題が多いなと感じていたんです。

いつか自分が年を重ねたらこういう空気は変えたいなと思っている中、海外のチームと仕事をすると、海外の演出家さんは「OK! OK!」「素晴らしいよ!」「あなたのやってることは本当に素敵だった」とすべてを受け入れてくれる。「でも、僕はこういうのもちょっと見たいから、こういう気持ちで今度はやってもらえる?」と人のことを絶対に否定しないんですね。

僕は海外へ留学経験もあるのですが、海外で受けた自分の感性をすごく大事にしたいと思っていて。自分もこういう立場になった時には、人を否定したりすることはしたくない、表現するということを決めた人に対するリスペクトは持ちたいという思いも込めて、『OK!Diamonds』というタイトルにしました。

――近年はいろいろなオーディション番組が人気ですが、参考のためにご覧になられたりはしましたか?

山崎:以前は一通り観ていたのですが、今はあまり観ないようにしています。というのも、ミュージカル俳優ってダブルキャストやトリプルキャストがあったり、自分が誰かと比べられるという状況が常にあるものなんですね。ある時、演出家のジョン・ケアードさんに「他の人の芝居は見るな。自分が何をしたいか、何を大事だと思うか、自分自身ととにかく向き合いなさい」と言われたんです。確かに他の人の芝居を見てしまうと、こういうやり方もあるんだ、こうやればいいのかなと自分がブレてしまうんですよね。今は、オーディションの中で何を大事だと思うのか、オーディションに参加してくださった方の何を見るのかという自分のスタイルを作りたいので、『OK!Diamonds』だけに集中するようにしています。

◆ミュージカルはジャンルを超えたエンタメ


――応募条件は年齢不問とのことですが、どんな原石と出会いたいと思われていますか?

山崎:僕はミュージカルというのはジャンルを超えたエンタメだと思っているんです。ミュージカル俳優だけが携わる場所ではなくて、俳優さんだったり、歌手の方だったり、いろんな方がミュージカル作品に参加される。しかもミュージカル自体も1つの音楽のジャンルで構成されているわけではなくて、クラシカルな作品があれば、ロックミュージカルもあり、近年ではラップのミュージカルもある。時代とともに変化していって、いろんな音楽があふれているのがミュージカルなので、今回選ばれたメンバーにもそれぞれが自分の武器となる音楽を表現してほしいと思っています。

第一次審査にもクラシックやオペラを勉強している音大生や、ミュージカルを目指して芝居で歌うのが得意な子、ロックを歌っている子、R&Bを歌っている子、いろんな方がオーディションに参加してくださっているので、自分はこれが得意だという武器を持った子を集めたいと思っています。1つのグループの中からいろんなサウンドが聞こえてくるような、そんなグループにしたいと考えています。

――山崎さんは、これまで井上芳雄さん、浦井健治さんとの「StarS」、尾上松也さん、城田優さんとの「IMY」といったユニットでの活動経験があります。

山崎:その前には「ESCOLTA」というグループもありますね。いろんなグループを経験する中で感じるのは、ミュージカル俳優たちが集まった時のエネルギーといいますか、可能性がすごく満ちあふれていること。歌って踊って芝居してというのはもちろん、若い時からトークショーやディナーショーなどのためにMCもものすごく考えながらやりますし、本当に全部やらなきゃいけないんです。全部を追い求めてやってきたメンバーが何人も集まったら、可能性は無限に広がるなと毎回実感していました。

今回はソニー・ミュージックからメジャーデビューし、研音に所属と、マネージングとしても全面的にバックアップしていけるのでより楽しみにしています。

――これまで数多くのオーディションを受けてこられた中で、強く心に残っているものはどの作品でしょう。

山崎:もう20年前になりますが、やっぱり『レ・ミゼラブル』ですね。19歳の時MDに自分の声を録音して送るところからスタートして。最終審査でジョン・ケアードさんの前で歌ったんですけど、課題曲の「カフェソング」以外の楽曲も聴きたいと「時間をあげるから、ピアノの先生と練習してきてほしい」と言われたんです。でも「すぐ歌います。練習も譜面もいりません。もう体の中に入っているので、すぐ歌わせてください」と即答して、結局5曲くらい歌ったのかな。熱意や、マリウスという役に懸ける思い、誰よりも『レ・ミゼラブル』のマリウス役を愛しているということが伝わって合格できたのかもしれません。あの時の自分はすごくキラキラしていたし、あそこから全てがスタートしたので今でも忘れられないですね。

今、応募書類を見させていただいてる中でも当時のことを思い返しますし、あの頃の僕のように、自分は誰よりもこれが好きだ、自分は人になんて言われようとこうなんだって言い切れる人、自分の言葉を持っている人に魅力を感じるので、そういうメンバーに出会えることを楽しみにしています。

◆日本発ミュージカルを世界へ 『昭和元禄落語心中』で確かな手ごたえ


――山崎さんの言葉からは日本発ミュージカルへの思いを強く感じます。近年は韓国ミュージカルも多く日本で上演されていますが、山崎さんの目には現在の日本ミュージカル界はどのように映りますか?

山崎:僕が20代の頃には考えられないほど盛り上がっていて、チケットが取れない公演も多くなっていますし、メディアでもたくさん取り上げていただけるようになったというのは、本当にありがたいことだなと思います。でもそれと同時に、やっぱり海外の作品をやり続けているというのも現状で、韓国に比べると日本オリジナルのミュージカル作品は圧倒的に少ないし、作る環境もまだ整っていないというのもあります。

20年近く前に韓国発のミュージカルに出演したことがあるのですが、その作品は韓国のオリジナルミュージカルが世界で上演される第1号だったので、韓国で制作発表をやったんですね。パーティーの場で韓国の役者さんやスタッフの方とお話した時に、「『ライオン・キング』『レ・ミゼラブル』『オペラ座の怪人』も好きだけど、僕らは韓国発のミュージカルを世界に出したい」と皆さん話されていることがすごく衝撃でした。それから十何年経ち、韓国ミュージカルがK-POPやNetflixのドラマと同じようにものすごい勢いで盛り上がっていて、日本でも多く上演されているし、近年ではトニー賞まで受賞している。アジアの中では日本が圧倒的にミュージカルの歴史が長いのにそういう現状で、海外の作品を借りると著作権利も含めて莫大なお金がかかるのでロングランでチケットが圧倒的に売れる作品をやり続けるしかビジネスとしては難しいというのも現実です。

日本で全ての権利を確保して、それがいろんな国で上演されるとならない限り、日本でミュージカルをやりたいという子どもたちは増えないし、日本のミュージカルに携わってくださっているスタッフさん、役者の収入や生活ももっと守っていかなくてはいけない。韓国のように国の支援やバックアップがあるわけじゃないので、個々でそれを背負って赤字覚悟でやるしかないのが現状なんだけれども、今は自分ができる限りそこに思いを乗せてやっていきたいと思っています。

――昨年ご出演されたミュージカル『昭和元禄落語心中』は、山崎さんの発案で誕生した作品で内容も興行面でも大成功でした。

山崎:難しいのではないかと言われたところからスタートしたのですが、結果的には全公演チケットが完売して10万人近くの方に観ていただけました。お客様にもすごく喜んでいただけましたし、次に繋がる初演ができたと手応えがあります。

――今年は、『OK!Diamonds』と並行して、ニューアルバムのリリースと全国ツアーがあり、2027年早々には『ファインディング・ネバーランド』の再演も控えられるなど、フル回転の年になりそうですね。

山崎:ミュージカル、ドラマ、映画、バラエティー、ラジオといろんなことをやらせていただいている中で、アーティスト活動はその全部の自分を表現する場所です。「朝ドラで好きになって来ました」「『美女と野獣』で好きになって来ました」「『おしゃれクリップ』見て好きで来ました」といろんなところで自分を知った方が集まってくださる前でパフォーマンスをするという、いろんな活動の全てを凝縮した場所、これが今の自分なんだって再確認できる場所なんです。ミュージカルとはまた違うベクトルで自分と向き合えるので、やりがいがありますね。

――今年40歳になられましたが、どんな40代になりそうですか。

山崎:このオーディションも『昭和元禄落語心中』もそうですが、これまでの活動の中で感じたり考えたり、ずっと思ってきたことをようやく形にできるような年になったと言いますか。昔の自分では若くて未熟で経験もなくて、言った通りに誰も集まってくれない。それならまず自分がとにかく頑張って、「育三郎が言うんだったらやるよ」といろんな人たちを巻き込めるところまで自分を高めていこうとこれまで走ってきた感じがあります。デビューした12歳の時から数えると28年経ちますが、ある意味「本当に僕はこれがやりたいんです」というスタートラインにようやく立てた感じがしています。

これまで通り心動く作品には積極的にチャレンジしていきたいし、それにプラスして、このオーディションのように次の世代にチャンスを与える活動もしていきたい。より大変な10年になると思いますが、ワクワクも止まらない40代になる予感がしています。

(取材・文:近藤ユウヒ 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG inc])

ミュージカル×ボーイズグループオーディション『OK!Diamonds』は、4月7日23時59分までWEB応募を受付中。オーディションの模様は後日YouTubeにて公開。

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