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「『自己神話』に囚われた男の寓話」ジョシュ・サフディ監督がティモシー・シャラメと描く、映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』。

  • 2026.3.6

ジョシュ・サフディ/映画監督・脚本家

Josh Safdie/ジョシュ・サフディ1984年、ニューヨーク生まれ。弟ベニーと共同で監督を務めた『グッド・タイム』(2017年)や『アンカット・ダイヤモンド』(19年)などで注目された現代アメリカを代表する映画監督。単独で監督を務めた本作で、第98回アカデミー賞監督賞に初ノミネート。

夢から転落することで、本当の旅路が見えてくる。

ジョシュ・サフディは夢や成功という名の幻想に取り憑かれた人間の、強迫的な執着を描き続けてきた作家だ。気鋭のスタジオA24とタッグを組んだ『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』は、実在の卓球選手マーティ・リーズマンにインスパイアされたブラックコメディである。だが本作は単なるスポーツ映画ではない。"最高(Supreme)"を目指す、あるいは最高であらねばならないという「自己神話」に囚われた男の寓話だ。

「父はヨーロッパ各地で卓球をしていて、叔父は映画に出てくるローレンスの店でプレーしていた。彼は20世紀半ばの選手たちを全員知っていました」

幼少期から卓球に親しんでいたサフディは、アメリカでは長らくマイナースポーツと見なされてきたこの競技に情熱を注ぐ人々に「特異な資質」を見いだす。

「自分たちの夢が世間から馬鹿げていると思われている事実を、過剰な熱量で補おうとするのです。また、私は"サイレント世代"の若者たち、つまり大戦には若すぎて出征できなかった世代の視点に惹かれました。勝利に対する彼らの屈折した見方や、あの時代にアメリカ人であることの意味に興味を持ったのです」

主演のティモシー・シャラメは、過剰なまでに夢へ突き進むこの稀有なキャラクターに魅了された。長期間にわたりコーチをつけてレッスンを重ね、卓球選手の身体と技術を自身のものにしたという。勝利への渇望、自己神話化の陶酔、そしてふとした瞬間に覗く孤独と脆さ。シャラメはマーティという存在を、単なる50年代のヒーローから現在形へと変換してみせた。さらに、物語の鍵を握るのは1952年という時代設定だ。第2次世界大戦が終結し、世界の価値観が大きく組み替えられつつあったこの時期を、サフディは「歴史の転換点」だと語る。

「資本主義が、社会主義や共産主義との競争において、決定的に優位な方向性へと傾き始めた時代でした。それは同時に、資本主義による"終わらない勝利行進"の始まりでもあったのです」

日本の戦後史にも眼差しを向ける。

「日本人が(卓球によって)再び世界の表舞台に登場したのが52年。それは彼らが孤立から脱した最初の瞬間だった。卓球というスポーツを通じてそれを成し遂げ、自国に誇りを取り戻したのです」

興味深いのは、劇中でマーティのライバルとなる日本人選手エンドウが"国民の象徴"として描かれる一方で、マーティの背後には誰もいないという対比だ。集団的な希望を背負う者と、孤立した個人。サフディはその落差に、戦後世界が選び取った価値観の変化を見ている。

「思うに、大きな夢から転落することもまた重要です。そうすることで初めて、本当の旅路が見えてくる。旅路こそが、最も大切な部分なのですから」

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*「フィガロジャポン」2026年4月号より抜粋

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