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「プラダ」流の着回し極意 重ねた衣服の奥に潜む“自己”をたたえて

  • 2026.3.5
Andrea Adriani / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

スタイリングはいま、かつてないほどファッションの本質に迫る要素となっている。“クワイエット・ラグジュアリー”の潮流は落ち着きを見せたとはいえ、装飾を抑えたクラシックなアイテムをいかにスタイリングで刷新するかという試みは、今もなお続いているからだ。同じ一着でも、レイヤリングやバランス、小物使いによって全く異なる表情を帯びる。その事実を、今季の「プラダ」は決定的な形で提示した。

Victor VIRGILE / Getty Images

ランウェイに起用したのはわずか15名のモデル。最終的には60ルック。彼女たちは登場するたびに一枚ずつレイヤーを脱ぎ、下に潜んでいた別の装いをあらわにしていく。「レイヤリング、つまり“重なり”という発想から始まりました」と、ショー後のバックステージで話し始めたミウッチャ・プラダ。チョコレートブラウンのタフタドレスにダークネイビーのVネックニットを重ねたシックな装いの彼女はこう続ける。「歴史にも、政治にも、人生にも存在する複雑さ。それが衣服にも反映されるのです」

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レイヤリングのアイデアは、会場セットにも色濃く反映されていた。各階が切り取られ、部屋の断面がむき出しになった、リノベーション途中の邸宅のような空間。梁(はり)や床板の荒々しい断面が破壊の気配を漂わせるその舞台は、1カ月前のメンズコレクションの構造を再利用したもの。今回は歴史的な絵画やヴェルサイユ宮殿を想起させるロココ調のインテリアが加えられ、時間の層をさらに厚くしていた。

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D-Shakeの楽曲”TechnoTrance”の、文字通りテクノとトランスがレイヤードされた激しいビートに乗ってショーは幕を開ける。15名の各モデルが4ルックずつで構成されたコレクションは、4パートに分けることができる。序盤で注目すべきはアウター郡。テーラリングはIラインのタイトシルエットで、背筋を正す緊張感のあるたたずまい。一方で、ゆったりと着られるカーコートやブルゾンは、表面が部分的に取り除かれ、下に隠されていたウール生地がのぞく。ダメージ加工によって、あたかも長い時間を経てきたかのような風合いをまとって。

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第2パートでは、誇張されたカフスのボタンダウンシャツや鮮やかなカラーのグラニーニットが登場。なかにはアウターを脱ぐとさらにアウターが現れるルックもあり、脱衣は決して塗り絵のように順序立てられない。今季はとりわけスカートが豊作だ。裂けたスーツ地の隙間から絵画のようなフラワープリントが現れ、オーガンジーにビーズや刺しゅうを施した繊細なピースなど、構築と装飾がせめぎ合う。ミウッチャの隣でラフ・シモンズは「ミニマルとオピュレント(華美)の間にヒエラルキーはない」と強調する。「長く着古されたように見えるかどうかに関わらず、そこに序列はないのです。何百年にもわたる美と装飾の積層のようなもの」

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衣服のレイヤリングはメタファーでもあり、ここで示されるのは、歴史を重ねて成り立つ今という時代、そしてそこに生きる私たちの精神だ。「私は歴史に取りつかれている」と語るミウッチャの歴史的参照は、第3パートでより鮮明に見えてくる。50年代風のYラインドレス、クチュールを想起させるリボン装飾、ギリシャ神話の彫像プリント。マリー・アントワネットが好みそうな、パステルカラーのフェザーが覆い尽くすレースアップブーツに、ビジューで飾ったソックスと合わせたポインテッドトゥのパンプス。装飾主義とは対をなす、雨の日に履き込んだかのような黒ずんだダメージ加工が施されて、時間の蓄積を感じさせた。

Alessandro Viero / LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT

この他にも歴史的な参照は随所に見られ、スポーティーなブルゾンは50年代のスキーウエア、ダブレストのコートの上に羽織ったレインケープは18世紀のマントから着想を得ている。「歴史は必要不可欠で、とても重要で、決定的なもの。私たちがどこから来たのか、何が起きたのかを知らなければ、現代世界を動くことはできない。知らなければ道に迷ってしまうほど、現代はあまりに複雑だから。歴史の知識、そして知そのものこそが、私たちを導く唯一のものだと思いませんか?」とミウッチャ。

LAUNCHMETRICS SPOTLIGHT
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そして最後の第4パート。朽ち、傷み、汚れ、しわくちゃになったオーガンジーやシャツドレスが現れる。スカートに見えていたものが、実は一着のドレスだったことが明らかになり、本来は隠されているはずの肌着までもがあえてあらわに。髪はとかされず、ちぢれた後れ毛が顔周りを縁取り、マスカラでにじんだ目元がどこか狂気を帯びる。子育てに疲れ切った母親か、コレクションサーキットを周る私たちファッション業界人の姿のようでもある。そしてレイヤーが剝がれ落ちた先に現れたのは、混沌(こんとん)の中に潜む無防備な自己だった。「生きていくうえで、私たちは絶えず変化し続ける必要がある。衣服を通じて選択をし、なりたい自分を決め、どう見せたいかを考え、さまざまなキャラクターをまといながら自分を再定義する。一人の女性は、それらを一日の中で、あるいは人生を通して抱えているのです。人生の複雑さ、そして女性に内在するその複雑さを映し出すことが、今季の出発点でした」

今日何を着て、どんな自分で、どうやって他者と社会と関係を築いていきたいか。ショーを通して投げかけられたのは、ファッションが自己と世界をつなぐ媒介であり、混沌(こんとん)とした時代において揺らぎながらも前に進むための羅針盤になり得るというメッセージだったように思う。そして同時に、スタイリング次第で一着のピースを幾通りにも更新できるという、装うことの自由と楽しさを改めて思い出させてくれた。

Victor VIRGILE / Getty Images

「今回は15のルックを異なる方法で構成しています。やろうと思えば120ルックにもできたけれど、ゲストを退屈させたくはないので、やめておきました」と冗談を交えて説明したミウッチャ。フィナーレで巻き起こった地鳴りような拍手喝采と、雪崩のように押し寄せたバックステージでの称賛の嵐を思えば、120ルックであったとしても、観客は最後まで目を離さなかったに違いない。

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