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「なべやき」が紡いだ縁 震災を機に抱いた夢を親子で叶える

  • 2026.3.5

あと1週間で東日本大震災から15年を迎えます。震災直後、全国・世界から、多くの人たちが東北地方に入りました。自衛隊、警察、消防、医療従事者、炊き出しのボランティアの方もいらっしゃいました。今回は、この炊き出しをきっかけに、新たな人生を歩み始めた方のお話です。

「天使の森」の森初子さん、森奈緒さん
「天使の森」の森初子さん、森奈緒さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

「なべやき」と聞くと、普通はフーフー言って食べる、鍋焼きうどんを思い出します。でも、岩手県沿岸南部の気仙地方、大船渡や陸前高田の辺りには、違う「なべやき」があります。小麦粉と黒糖などで作る素朴な焼き菓子のことを、「なべやき」と呼ぶんですね。

「なべやきで人生、変わったんです」

そう話す女性の方が、岩手県大船渡市にいらっしゃいます。森初子さん、地元ご出身の72歳。いまは、BRT・バス輸送になったJR大船渡線・大船渡駅近くの「おおふなと夢横丁」でお嬢さんの奈緒さんと一緒に、「天使の森」という小さな飲食店を開いています。

森さんは、震災のとき、ご自宅がたまたま高台にあったことで、難を逃れました。程なく、大船渡のまちには、全国からありとあらゆる職業の人たちが集まってきて、懸命の復旧・復興作業に当たる様子を見て、森さんは心動かされます。

『私がたまたま助かったのは、きっと意味がある。自分に出来ることはないだろうか?』

頭に浮かんだのは、小さな頃、お母様が作ってくれた「なべやき」でした。「なべやき」は、大船渡周辺では、多くの家でおやつとして食べられてきたお菓子。まるで和風のパンケーキのような食感が特徴です。昔は、鉄鍋で焼かれてきたことから、「なべやき」の名が付いたといいます。

なべやき (黒糖味・左、みそ味・右)
なべやき (黒糖味・左、みそ味・右)

森さんは、さっそく家のフライパンで「なべやき」を焼き始めました。焼いては避難所で振舞い、焼いては仮設住宅の人たちなどに届けていきました。甘い香りと共に「なべやき」が届けられると、多くの人からいっぱいの笑顔が溢れました。そのなかで森さんは、ある炊き出しボランティアの人たちと出逢うんです。

そのボランティアの人たちは、静岡県富士宮市からやって来たお寺の皆さんでした。富士宮といえばそう、あの「富士宮やきそば」を炊き出しで振舞っていたんですね。時には、家から「なべやき」を持って行った森さんが、一緒に手伝うこともありました。
次第に顔見知りになった森さんは、ある時、お坊さんからご自身の将来の夢を聞かれて、昔から胸のなかで温めていたことを話しました。

「私、いつかは娘とお店を持ちたいんです。このがれきの街を何とかしたいんです。」

すると、お坊さんは「富士宮に帰ったら誰かに話をしてみます」とおっしゃってくれました。ただ、森さんは、『よくある、茶飲み話だろう』と、あまり気に留めていませんでした。ところが、しばらく時間が経って、森さんの電話が鳴ります。

「富士宮やきそば学会と申します。ぜひ、母娘で夢に向かっている森さんを助けたいんです!」

なんと、森さんの心意気に、富士宮やきそばの団体の皆さんが共感されて、行政などの皆さんと一緒に、応援して下さるという申し出でした。しかも、富士宮でやきそばの作り方を学んだ暁には、大手食品メーカーからキッチンカーの提供を受けて、1年間、お店をサポートしてくれるといいます。

またとない申し出に胸がいっぱいになった森さんは、富士宮に足を運んで、大きな鉄板と向き合って、富士宮やきそばの作り方を学びます。そして2013年、キッチンカーと一緒に、「なべやき」と「富士宮やきそば」を作る念願のお店、「天使の森」の開店にこぎつけました。

おおふなと夢横丁
おおふなと夢横丁

お店を持つことが出来て嬉しさいっぱいの森さん、大船渡市内の小さな集落を一つ一つ、なべやきとやきそばを持って回っていくと、地元の皆さんがとても喜んでくれました。そんな森さんの頑張りを見ていた地元の皆さんから、新たに屋台村への出店を勧められ、2017年には、現在の「おおふなと夢横丁」に、固定の店舗を構えることが叶います。

いまも「天使の森」のガラス戸を開けると、カウンターにはパックに詰められた黒糖味と味噌味、2種類の「なべやき」が積まれています。手に取ると、どこか温もりが感じられて、口に運べば、不思議と優しい味わいと懐かしさを憶えます。そして、もちろん、モチモチした蒸し麺の「富士宮やきそば」も看板メニューです。

「すべて『なべやき』からつながったご縁です。母、そして富士宮の皆さんが私たちを助けてくれたんだと思います」

震災でも諦めなかった夢と、助けて下さった皆さんへの感謝の気持ちを胸に、森初子さん・奈緒さん母娘は、今日もアツアツの鉄板と向き合います。

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