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映画の“顔”はこうして生まれる。石井勇一と考える、ビジュアルから始まる新しい楽しみ方

  • 2026.1.30

映画には必ず“顔”がある。新作の宣伝、劇場で見るチラシ、WEBサイトで目にするサムネイル……。私たちはまずその顔に出会う。予告編より早く、レビュー記事よりも先に、街角やタイムラインで視界に入ってくる。その一瞬が、作品との最初の出会いといえるだろう。そんな映画の「宣伝ビジュアル」は、どのように生み出されているのだろうか。

最近、リバイバル上映がスマッシュヒットとなっている2006年公開の映画『落下の王国』。その劇場パンフレットが話題になっていたことをSNSで目にした人も多いだろう。

『落下の王国 4Kデジタルリマスター』© 2006 Googly Films, LLC. All Rights Reserved.Harumari Inc.

再上映をきっかけに劇場のショップに並んだそれは、「冊子」という言葉だけでは足りない存在感を放っていた。SNSでは「飾れる」「ずっと手元に置いておきたい」という声が広がり、それをきっかけに映画館へ足を運んだ人もいるという。

通常の映画パンフレットよりずっと大きいサイズで、パンフレットというより写真集さながらのクオリティだ。ページをめくると、写真の粒子や色彩の密度が静かに立ち上がるとともに、作品の世界観がぐっと広がる。スクリーンの光はすでに消えているのに、世界はまだ続いているように感じる。

いま、映画は「観て終わるもの」ではなくなった。鑑賞した作品のポスターを写真に撮って共有し、パンフレットを部屋に置き、コラボアパレルを身にまとう。スクリーンの外側で映画と生活が混ざり合い始めている。その変化の只中で、今回の『落下の王国』をはじめ、数々の作品の“顔”をつくってきたデザイナーが石井勇一さんだ。

映画ビジュアルは、何から生まれるのか

制作のプロセスについて聞くと、石井さんは少し考えてから、穏やかな口調で語り始めた。

「まずお話いただいて、試写に行って、そこで仕事をお引き受けできるかどうかイメージします。規模や好みの問題ではなく、宣伝としての“正しさ”だけではなく、その作品の感情を、自分が背負えるかどうか、ですかね」

そこに一線が引かれている。

「基本的には、映画宣伝にまつわるビジュアル一式をすべて担当することが多いですかね。邦題のロゴだけ先にっていう依頼もありますが、邦題ロゴ、宣伝用ポスター、前売りチケットのデザイン、プレスブックなど多岐に渡ります。洋画に関しては、だいたい早くて三週、長くて一ヶ月くらいで開発していく流れでしょうか」

かつては劇場に貼られるポスターが中心だったが、いまビジュアルが存在する場所は無数にある。劇場前の掲示板、書店の棚、イベント会場の大きな幕、SNSのタイムライン、そしてスマホの小さなサムネイル。どの場面でも「その作品らしく」立ち上がる必要がある。

「動画の映像の一部分を切り取ってビジュアルにすることもあります。本国のオリジナルのビジュアルをそのまま使うこともあるし、日本で“ハマる”なら、よいものはよいとちゃんとリスペクトしたいんです」

そこにあるのは“日本向けだから変える/変えない”という単純な構図ではない。
映画の世界観を損なわずに、観客の最初の一歩を導けるか。宣伝プロデューサーと相談しながらの仕事だが、判断はいつも、その一点に帰っていくのだという。

具体的な作品から見えてくるもの

石井さんの手がけた映画ビジュアルのアーカイブは圧巻だ。昨年のアカデミー賞最優秀作品賞受賞作『ANORA』を始め、『ムーンライト』『君の名前で僕を呼んで』『わたしは最悪。』『mid90s』など、映画ファンならずとも一度は目にしたことのあるビジュアルが並ぶ。その中でも、印象に残った仕事として挙げてくれたのが、『ムーンライト』だった。

「これはね、写真と色合いがすごく綺麗だった。ポートレートの肖像を大事にして、チラシ展開も三種類にしましょうって提案しました」

写真の持つ力を信じる——それは、彼のデザインの核でもある。
人物の表情や肌のトーン、光の入り方。そこに宿っている感情を、言葉で説明し過ぎない。見る人が“自分の言葉で”受け取れる余地を残すことを、大切にしている。

石井さんに舞い込む依頼には、『ムーンライト』のように、ジェンダーやLGBTQを取り扱う社会派の作品も多い。

社会性の高い作品について尋ねると、石井さんは言葉を選びながら、はっきりと言った。

「社会派だからといって“強く見せればいい”とはまったく思っていないんです。メッセージは映画の中にすでにある。こちらが声を張り上げなくてもいい。作り手が時間をかけて紡いだものに、あとから何かを足すのではなくて。どうやったらちゃんと届くか、邪魔せずに考えるのが僕の仕事だと思っています」

映画の代弁者ではなく、観客の前にそっと差し出す媒介者。その立ち位置が、石井さんのクリエイティブを支えている。

『燃ゆる女の肖像』という作品の制作も強く印象に残っている。

「本国は真っ黒いバックで焚き火だけが上がってるビジュアル。でも日本向けには、もう少し世界観が見えるように“夕日”という時間帯をつけたんです」

黒一色の闇に炎だけが浮かぶポスターは、たしかに力強い。そこに“夕景”を与えることで、物語の温度や主人公の視点が見えてくると、本国に提案した。

「ただそうなると、逆光なので髪の毛のディテールとか、現実にはない表現も出てくるんですよ。それは主人公の髪の毛などの細かいところを別素材から持ってきて合成して、生み出していきましたね」

©Lilies Films/©2021FreibeuterFilm•Rohfilm ProductionsHarumari Inc.

その言葉の裏には、画像処理やレタッチ、色校正など、地道で緻密な作業が折り重なっている。完成したポスターの前に立つだけでは見えない膨大な工程も、すべては“映画の体温を外に出す”ための仕事だ。

ロゴについても、こんな裏話を笑いながら教えてくれた。

「最初は自分で手書きしたんですけど、『筆が走っていない』って本国から指摘されて。やはり自分は日本人で、普段から英語を書いているわけじゃないですからね、確かに、とは思いました(笑)。結局カリグラファーに発注したらすんなりOKは出たのですが」

合理性と感性のあいだを行き来しながら、映画の“顔”はつくられるのだ。

パンフレットは、映画の“続き”を手渡すもの

観客に映画を見てもらうための仕掛けと、明確に立ち位置が変わるのが「劇場パンフレット」だ。

「見たあとに買うものなんで、チラシやポスターとは全然違う切り口で考えなきゃいけない。実体験を扉として、『こういう世界だったね』って見えるものにしたい」

映画を観終わった直後の身体には、まだ熱が残っている。パンフレットは、その熱をすぐに閉じ込める容れ物のような存在だ。

『落下の王国』の大判パンフレットは、映画の中のシーンを大切にした。

「改めて作品を観てみると、もう本当に1シーン1シーンが本当に美しいんですよね。構図がアートというか、もうバチバチに決め込んでいて。それが作品の魅力といっていい。なので、それは小さなパンフレットで収まる写真じゃないんですよ。大きく見せたいよねっていうのは、最初から打ち合わせで話してました。なんなら全部ポスターサイズで飾れるような仕様にしちゃいましょうってことで、こういう提案にさせていただきました」

「このサイズだからこそできる余白の取り方もできたんですよね。ランドスケープ感を意識して、文字組みも風景のようにした。家に帰ってすぐ飾るのか、読んでから飾るのか悩む、って言ってもらえたのは嬉しかったですね」

本作で衣装デザイナーを務めた石岡瑛子さんへのリスペクトも込めた。

「個人的にも、グラフィックデザイナーとしても、後ろからこう常に何か見られてるような感じがありました。石岡さんに恥じないデザインをしなきゃなっていうのは、すごく実は考えてやっていましたので、多くの人に喜んでもらえてよかったです」

“読むもの”でありながら、“飾るもの”でもあるこのパンフレットは、映画の楽しみ方が広がるいま、その多重性を象徴するといえるだろう。

そして、最近石井さんが手がけたビジュアルで特筆すべきは、Netflix作品の『10DANCE』だ。配信で観る作品にさえ、パンフレットなどのプロダクトが生まれている。

「『10DANCE』はビジュアル制作全般ではなく、パンフレットの制作だけやらせてもらったんですが、この作品はNetflixでの配信のみで、劇場公開はないんです。なのに作ったんですよね。配信の映像作品も、家で見るだけで終わっちゃうものじゃない、っていう提案なんだと思います。配信の作品も、『鑑賞体験』として記憶に残るように」

触れる、置く、眺める——アナログの回路が加わることで、記憶は長く残る。石井さんの言葉からは、そんな実感がにじんでいた。

石井勇一という人——歩いてきた道のり

石井さんのデザインという仕事との出会いは、映画の外側から始まっている。

広告代理店でキャリアをスタートし、グラフィックや広告制作の現場で経験を積んだ。その後、映画ビジュアルの仕事に携わるようになり、やがて独立。ポスター、チラシ、パンフレット、ロゴという形の違う“顔”を手がけながら、第一線で映画と向き合い続けてきた。

原点となった一本を尋ねると、少し照れくさそうに、しかし迷わずタイトルを挙げた。
「カルチャーとして“こういう世界”をぶつけられたのは『トレインスポッティング』。ポスターを天井に飾って、Tシャツも買いに行って……夢を見させてくれた作品です」

©︎Channel Four Television Corporation MCMXCVHarumari Inc.

観るだけでは終わらない。所有し、飾り、身につけ、生活に持ち込む。その体験が、いまの仕事にそのままつながっている。

映画は、スクリーンの外で続いていく

映画は、スクリーンの内側だけのものではなくなった。ビジュアル、音楽、グッズ、イベント、SNSでの会話——いくつものメディアを行き来しながら、私たちの生活の中で、何度も姿を変えて現れる。

ポスターを見上げ、パンフレットを開き、誰かと語り合う。

そのすべてが、映画の“続き”をつくっていく。観客それぞれの生活の中で、物語は静かにかたちを変えながら生き延びていく。

いま、映画の楽しみ方は静かに変わりつつある。スクリーンの中の2時間だけで完結する体験ではなく、ポスターを撮り、パンフレットを持ち帰り、アパレルやイベントで再び作品の世界と出会う。映画は別のメディアへと滲み出し、私たちの日常と重なりながら、ひとつのカルチャーとして生き続けている。

石井勇一

クリエイティブディレクター / アートディレクター
前衛的な作風で知られるデザイン会社、大手外資系広告代理店を経て、OTUA株式会社設立。パッケージデザイン、ロゴデザイン、ファッショングラフィック、コーポレートアイデンティティなどデザインを通じたブランディング構築に厚い信頼を集める。繊細な感情表現を得意とすることから『ムーンライト』(16)『君の名前で僕を呼んで」(17)『mid90s/ミッドナインティーズ』(18)『燃ゆる女の肖像』(19)『花束みたいな恋をした』(21)など多くの映画話題作のグラフィックや独創的なアプローチによる販促物のデザインも手掛ける。英国「D&AD Awards」ブロンズ賞をはじめ、米国The One Show、モスクワ国際グラフィックデザインビエンナーレ、東京TDC賞など国内外のデザインアワードを多数受賞。常に物事の本質を世の視点から問うことにより生まれる、観衆の心を揺さぶるナラティブと精巧かつ緻密に構築された世界観に評価が高く、題材の奥に潜む最も深い願望を掘り起こし、それに誠心誠意寄り添う表現手法を得意とした無私なクリエイティブマインドを持つ。

Instagram:https://www.instagram.com/yuichishi/

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