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【最新】アンドルー元王子と元妻セーラ、失脚までのスキャンダル遍歴をプレイバック

  • 2026.1.4
Max Mumby/Indigo / Getty Images

2025年10月、ついに「王子」ではなくなり、全肩書を失い、アンドルー・マウントバッテン・ウィンザーとなったアンドルー元王子。離婚しても元妻セーラ・ファーガソンと同居を続けていたが、ついにロイヤルロッジから追放された。今回、元妻セーラと共に、2人が起こしてきた主なスキャンダルを振り返りたい。

※アンドルー元王子と元妻セーラには当時の称号を用いる。

※2026年2月6日UPDATE。

Dave Benett / Getty Images

2026年2月3日 セーラが設立した慈善団体の閉鎖が発表される

2020年にセーラによって設立された慈善団体「セーラズ・トラスト」が、閉鎖されると発表。閉鎖については数ヶ月にわたり協議を重ね、準備を進めてきたというが、ジェフリー・エプスタインとのつながりの深さを示すメールのやり取りがエプスタインファイルの公開を受けてのものであると考えられている。

セーラは既に、エプスタインとの関係を理由に、2025年9月に複数の慈善団体のパトロンから外されていた。

Chris Jackson / Getty Images

2026年2月2日 アンドルーとセーラ、長年住んでいたロイヤルロッジをついに退去

アンドルーが、20年以上暮らしてきた邸宅「ロイヤルロッジ」を正式に退去したという。エプスタイン事件に関連する疑惑が次々と浮上する中、元々の予定より早く追放されたとみられている。
というのも、エプスタインファイルによる一連の暴露に、チャールズ国王がついに耐えられなくなり、居座らせるわけにはいかないと判断したためだとか。

アンドルーは人目を避けるため、真夜中に引っ越しを決行。暗闇の中、一時的な仮住まいのあるサンドリンガムまで132マイル(約210キロ)を自身で運転したという。サン紙によると、「アンドルーはもう少しロイヤルロッジに留まるつもりだったが、エプスタインを巡る最新の資料を目の当たりにし、ついに身を引くべき時が来たことを悟った。あまりにも屈辱的だったため、真夜中に静かに邸宅を後にする道を選んだ」と関係者が語っていたという。

Peter Nicholls / Getty Images

新居となるのは、ノーフォークにあるサンドリンガム・エステート内の「マーシュファーム」。ただ、1月末には、ネズミとモグラが出没したため、害虫駆除業者が出入りするなど、問題は山積みのよう。長年空き家で人が住める状況ではなかったこともあり、改修が長引いているという。そのため、新居の受け入れ準備が整うまでの一時的な仮住まいとして、新居と同じサンドリンガム・エステートにある「ウッドファーム」に滞在するという。新居への引っ越しは4月上旬が予定されているそうだ。

1996年にアンドルーと離婚した後も同居を続けてきたセーラも同じタイミングでロイヤルロッジを退去したものと見られているが、関係者曰く「セーラはこれまでアンドルーのそばにいたが、これからは自由に行動する。マーシュファームには一緒に引っ越さない」のだといい、今後の住まいについては明らかになっていない。

アンドルーらの荷物をのせたと思われる引っ越しバンがロイヤルロッジから出ていく様子(写真)。

WPA Pool / Getty Images

2026年1月31日 アンドルーによる「2人目の被害者」がロイヤルロッジでの性的接待を告白

アンドルーに新たな疑惑が浮上。ある女性が、エプスタインによって英国に送られ、アンドルーに性接待をさせられたと主張している。

その女性の弁護士によると、2010年にアンドルーの自宅ロイヤルロッジで一晩を過ごし、性的接待を行った後、バッキンガム宮殿の見学をするよう案内までされたのだという。BBCの報道によると、女性は当時20代で、ロイヤルファミリーの居住施設で性的接触が告発されたのは今回が初めてのこと。

なお、17歳の時にアンドルーから性暴力を受けたと訴えた故バージニア・ジュフリー以来、アンドルーによる性暴力の被害者として名乗り出たのは2人目だ。

Ming Yeung / Getty Images

2026年1月31日 アンドルーの“女性に覆いかぶさる写真”が公開。娘たちの写真をエプスタインに送付していたことも判明

米司法省は1月30日、ジェフリー・エプスタインに関連する、通称エプスタインファイルを公開。2000本以上の動画、18万点超の画像を含む300万ページに及ぶ資料の中から新事実が次々と明らかになった。

公開された中で、アンドルーとされる写真は計3枚。床に横たわる女性に覆いかぶさるように四つん這いになったアンドルーの姿や、腹部やウエストに手を置く姿が捉えられている。撮影時期や場所はいずれも不明で、どのような状況下で撮影されたものなのかはまだ明らかになっていないが、撮影された女性が“少女”であるとの報道もあり、物議を醸している。

UK Press / Getty Images

また、アンドルーは娘たち、ベアトリス王女とユージェニー王女のプライベートな写真をエプスタインに送っていたことも明らかに。王女たちがスキー場で撮った2ショットや、ベアトリス王女がサイクリングやロッククライミングをしているところを写したものが含まれていたとか。

そんな中、父アンドルーとの関係は、姉妹で異なっている。長女ベアトリス王女は父との関わりを持っている一方で、「次女ユージェニー王女は父との関係を完全に断絶した」とデイリー・メールなどが報道している。1月24日、アンドルーは長女ベアトリス王女と孫シエナと共に乗馬している姿が目撃されており、ロイヤルロッジにも立ち寄っていたといい、ベアトリス王女とは交流があることが明らかになった。

Chris Jackson / Getty Images

2026年1月30日 アンドルー、エプスタインを宮殿に招待していたことが判明。共犯者女性マクスウェルとの親密メールも流出、愛称は「スイートピー」だった

1月30日に米司法省が公開したエプスタインファイルによって、2010年9月、性犯罪で服役し同年8月に自宅軟禁を終えたばかりのエプスタインを、アンドルーが自らバッキンガム宮殿に招待していたことが判明した。「場を盛り上げるために」と3人の女性を伴うことを提案したエプスタインに対し、アンドルーは「バッキンガム宮殿であれば十分なプライバシーが保てる」と回答。既に性犯罪者として登録されていたエプスタインを王室のテリトリーに招待し、密会の場として提供しようとしていたという衝撃の事実が明らかになった。

Patrick McMullan / Getty Images

また、ファイルの公開により、エプスタインの共犯者、ギレーヌ・マクスウェル(写真右)とアンドルーがかなり親密な関係であった疑惑が浮上した。

メールのやり取りの中で、ギレーヌはアンドルーを「スイートピー」という愛称で呼んでおり、末尾には「愛してる」の言葉とキスマークが添えられていた。さらに、エリザベス女王が危篤に陥った際にも2人は密会の約束を交わしていたとものと思われており、女王の逝去により約束をリスケしたところまで明らかになっている。

WPA Pool / Getty Images

2026年1月30日 セーラ、エプスタインに「結婚して」とメール ユージェニー王女について下品な言葉で表現していたことも発覚

1月30日に米司法省が公開したエプスタインファイルでは、アンドルーのみならずセーラがエプスタインに宛てた衝撃的なメールも明らかになった。
2010年1月30日付のメッセージで 、セーラは「あなたはレジェンド。あなたの寛大さと優しさへの愛と感謝の気持ちを、言葉で表現できない。xx 喜んでお手伝いするわ。」とエプスタインのことをレジェンド呼びしつつ、「結婚して(=Just marry me)」と求婚のフレーズまで書いていたことが判明。

また、2009年8月3日の別のやり取りでは、「兄でいてくれて(ありがとう)」と感謝を述べ、兄のような存在であるとも表現していた。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

そして、今回公開されたメールのさまざまな箇所で、娘たち、ベアトリス王女とユージェニー王女の名前が出てきている。

物議を醸したのが、2010年3月21日、ユージェニー王女の20歳の誕生日の2日前にやり取りされたメールで、エプスタインがセーラに「ny?(=ニューヨーク?)」と尋ねて近々NY旅行を予定していることに言及すると、これに対してセーラは、「まだ不明よ。ユージェニーが“奔放な”週末(=shagging weekend)を終えて帰るのを待っているところなの!」と返信していたことだ。“shagging”という単語は、イギリス英語のスラングで「性行為をする」ことを指す卑俗な表現。娘のプライベートを下品な表現で性犯罪者エプスタインに明かす行為に、親としてありえないという声が殺到。

さらに、現地メディアによると、エプスタインとのメールの中で、アンドルーのみならずセーラも、バッキンガム宮殿を含む王室関連施設の“VIPツアー”を提案していたとの内容も含まれていたという。

Samir Hussein / Getty Images

2025年12月25日 英国王室のクリスマス礼拝からは当然排除。娘2人は参加

毎年、ノーフォーク州にあるサンドリンガム・ハウスに英国王室メンバーが集合し、12月25日朝に聖メアリー・マグダレン教会にてクリスマス礼拝が行われているが、当然アンドルーとセーラは招待されず。アンドルーはロイヤルロッジから、車に乗って一人で外出する孤独な姿を目撃された。

一方、アンドルーの娘たちのベアトリス王女&ユージェニー王女はクリスマス礼拝に招待され、他ロイヤルファミリーと談笑したり、沿道にいた市民たちと交流したりする姿も見られた。

アンドルーは年明けには、これまで暮らしていたウィンザーからサンドリンガムに転居する予定とされている。

Courtesy of Instagram @newsnationnow

2025年12月19日 女王が愛したサンドリンガム・ハウスに、エプスタインの共犯者を招いたことが発覚

2025年12月19日、性犯罪で有罪となったジェフリー・エプスタインに関連する捜査資料(通称「エプスタインファイル」)が米司法省により公開された。30万点もの文書の中には、ドナルド・トランプ大統領やビル・クリントン元大統領、マイケル・ジャクソンなどといったセレブらの写真も含まれており、当然のごとくアンドルーが写ったものもあった。
写真の中には、エプスタインの共犯者ギレーヌ・マクスウェルとともに、アンドルーが5人の女性の膝の上に微笑みながら横たわっているものもあり、なんとその場所が、エリザベス女王が愛したサンドリンガム・ハウスのサロンルームの暖炉の前だったことが明らかに。

Courtesy of Instagram @vanityfair

公開された他の写真には、セーラが路上で誰かと一緒に写真を撮ったり、ソファに座って女性と話をしたりする姿なども含まれていたという。

12月22日夜には11,000件以上の文書が新たに公開されており、今後数十万件が公開されていくものと見られている。さらに司法省は、この事件に関係する可能性のある文書をさらに100万件ほど発見したとも発表している。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

2025年11月4日 アンドルーとセーラ、140万ポンド(約2.8億円)でバッキンガム宮殿ツアーを手配していたことが判明

アンドルーとセーラが、実業家たちに対して、エリザベス女王が在宅中のバッキンガム宮殿を私的に見学できるよう、手配していたことがBBCの取材で判明した。この実業家たちは、仮装通貨のマイニング事業を展開しており、自社のブランド・アンバサダーとしてセーラを迎え、最大140万ポンド(約2億8000万円)を支払う契約を結んでいたのだという。

2019年6月、アンドルー王子の車に迎えられ、バッキンガム宮殿の門を通って中へ案内されたのだという。

この一件で、アンドルー&セーラ元夫妻が、王室の称号や人脈を私的利益のために利用していたのでは? という疑いが強まる結果となった。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

2025年10月30日 チャールズ国王により、全ての王室の称号が正式に剥奪されると発表

バッキンガム宮殿は、「国王陛下は本日、アンドルー王子の称号、称号、栄誉を剥奪する正式な手続きを開始した。アンドルー王子は今後、アンドルー・マウントバッテン・ウィンザーと呼ばれることになる」と発表。「王子」を含む、すべての王室の称号が正式に剥奪され、今後はアンドルー・マウントバッテン・ウィンザーとなることに。

これに伴い、元妻セーラが離婚後も有していた称号もなくなり、正式に「ヨーク公爵夫人」ではなくなった。

Patrick McMullan / Getty Images

2025年10月28日 2006年にエプスタインらをロイヤルロッジに招いていたことが判明

2006年にアンドルー王子が、後に各々刑事事件で有罪となった3人を、自身の邸宅ロイヤルロッジでもてなしていたことが明らかになった写真が浮上。

その3人とは、エプスタインと、彼の共犯として有罪評決を受け収監されているギレイン・マックスウェル、性的暴行の罪で有罪評決を受けたハーヴィー・ワインスティーンという悪名高き人物たちで、娘ベアトリス王女の18歳の誕生日を祝うパーティーに先立ってロイヤルロッジに招いたものと見られている。BBCは、当該3人が映った写真とロイヤルロッジの庭園が映る他の写真とを比較し、敷地内にいる様子が写っていると報じている。

なお、エプスタインはこの写真が撮られた8日後に逮捕されている。

Ming Yeung / Getty Images

2025年10月21日 被害者女性ジュフリーの回顧録が発売。アンドルー王子を非難する内容

2025年4月、アンドルー王子を民事で訴えたヴァージニア・ジュフリーが西オーストラリアで亡くなった。享年41歳で、自殺と見られている。

ジュフリーの死後、同年10月に出版された回顧録『Nobody's Girl』は、ジュフリーが16歳の時にギレーヌ・マクスウェルにスカウトされ、エプスタインのマッサージ師として働くことになった経緯などを描いている。ジュフリーは本書の中で、アンドルー王子は、17歳の時の私と性行為することを「生得権」だと思っていたと主張している。

Mark Cuthbert / Getty Images

2025年10月中旬 セーラ、釈放されたエプスタインに娘たちを対面させていた

エプスタインが友人らに送ったとされるメールをデイリー・メール紙が入手。報道によると、エプスタインが2011年に友人である弁護士のポール・ツイードに送ったメールの中で、自身が釈放された後、「セーラが娘2人(ベアトリス王女とユージェニー王女)を連れて私の釈放を最初に祝ってくれた」と書いている(一方でセーラ側の情報筋によると、ベアトリス王女とユージェニー王女はエプスタインに会ったことがないとピープル紙などにコメントしている)。

さらに、今回新たに明らかになったメールによると、エプスタインはセーラに、15年間にわたり秘密裏に資金提供していたことも明らかに。その“メール”とは、2011年3月にセーラが受けたロンドンイブニング紙のインタビューで、エプスタインから1万5000ポンドを借りたことについて「後悔」しているとし、「大きな判断ミス」などと発言したことに対しエプスタインが激怒、このセーラの態度について友人に愚痴を言ったメールのよう。その内容から、セーラが経済的支援を懇願してくることに対してエプスタインが不満を述べており、セーラが彼から受け取ったと認めた1万5000ポンドをはるかに超える金銭的援助を行っていたことが読み取れる。

つまりは、今になって、セーラがエプスタインと“ズブズブな関係だった”との情報が次々と明らかになってきている。

Samir Hussein / Getty Images

2025年10月17日 全ての称号を返上するとの声明を発表

アンドルー王子が、「チャールズ国王の同意を得て、ヨーク公爵を含むすべての称号の使用を今後一切しない」との声明を突如発表した。国王や家族との協議のもと、公爵としての爵位、およびガーター騎士団の一員としての資格を、今後一切使用をしないという宣言をしたことになる。

なお、この時点では、エリザベス女王の息子であるため「王子」という地位は維持されるであろうと報道されており、長年住み続けてきたロイヤルロッジについても、アンドルーに住む権利があるとされていた(のちに、「王子」でさえなくなり、ロイヤルロッジからは追放されると宮殿が発表)。

Dan Kitwood / Getty Images

2025年10月12日 BBCインタビューでの発言が嘘である疑惑が浮上。2010年以降もエプスタインと交流か

アンドルー王子の方も、エプスタインにメールしていたことが発覚、しかも以前のインタビューで嘘をついていたことまで明らかになった。

2011年2月、王子と当時17歳のジュフリーの2ショット写真が公開された翌日、王子がエプスタインに対して送付したというメールを、メール・オン・サンデー紙とサン・オン・サンデー紙が入手。その内容は、「心配している」「この状況に一緒に乗り越えなくてはならない」とエプスタインの身を案じたものとなっており、さらには、「またすぐに一緒に遊ぼう!!!!」と自発的に誘っているように見える文言まで書かれていたというのだ。

そしてこのメールの存在により、2019年秋、BBCによるインタビューでの、王子の「2010年12月以降、エプスタインとの関係を絶った」という発言が嘘であることが明らかに。

Shahar Azran / Getty Images

2025年9月 セーラ、2011年にエプスタインに謝罪メールを送っていたことが発覚

セーラの方も、エプスタインと深い関係にあった。2011年、当時借金だらけだったセーラは、エプスタインから1万5,000ポンド(約300万円)を借りてその返済に当てていた事実がある。そしてそのことが報道された際、セーラはロンドンイブニング紙のインタビューで、彼から金銭を受け取ったことを「後悔していて、二度と連絡を取らない」と回答していた。

にもかかわらず、なんとその1週間後に、セーラがインタビューでの発言を謝罪するメールをエプスタインに送っていたことが発覚。サン紙によると、彼女はエプスタインのことを「寛大な最高の友人」と記していたようなのだ。

Samir Hussein / Getty Images

2024年12月 長年友人関係にあった中国人実業家が、中国政府のスパイだった疑惑が浮上

アンドルー王子と長年友人関係にあった中国人実業家が、中国政府のスパイであるとの疑いが浮上。その人物とは、王子とビジネスでのつながりから親交を深め、王子の誕生日パーティーに招かれ、バッキンガム宮殿やウィンザー城にも出入りしており、中国では王子の代理人として活動に関わる権限が認められていたほどの人物だといい、“異例なほど親しい関係”にあったという。

王子は英国政府からの助言を受けて、その実業家との「全ての接触を中止した」と声明を発表。“公式なルート”を通じてその人物と会ったが、機密にかかわる内容の話は一切していないと述べた。

中国スパイとの関係をめぐる厳しい批判を受け、アンドルー王子は、毎年恒例の王室のクリスマス礼拝を欠席することが発表された。

Karwai Tang / Getty Images

2022年1月 軍および王室が後援する団体の役職を返上

自身の関与を否定して、ジュフリーによる訴訟の却下を求めていたアンドルー王子だったが、裁判所がそれを退けたため、2022年1月13日、軍の称号と慈善団体の後援者の役職をエリザベス女王に返上し、引き続き公務に就かないことを発表。

殿下(His Royal Highness)の称号は持ち続けるものの公的な場では使用されないことになり、王室メンバーとしての公的地位を事実上全て失うことに。

Bebeto Matthews / Aflo

2021年8月 ジュフリーがアンドルー王子を訴える

ここにきてアンドルー王子が、2001年に当時17歳だったジュフリーに複数回の性的暴行をしたとして、米国で民事提訴された。

彼女によると、アンドルー王子から2001年にニューヨークやロンドンなどで3回にわたり性的暴行を受け、「多大な精神的、心理的な苦痛と損害」に悩まされ続けているという。しかし、これに対してアンドルー王子は、これまでと同様、一貫して性暴力疑惑を否定。

なお、この訴訟は、2022年2月に和解という形で収束。額は明らかにされていないが、和解金は数百万ポンド(数億円)にのぼったと報道されている。その和解金は、女王と兄チャールズ皇太子(当時)が、王室やアンドルー王子自身のイメージを守るため、私財で賄ったと言われている。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

2019年11月 アンドルー王子、王室の公務から退く

BBCのインタビューから1週間後、アンドリュー王子は、“エプスタイン事件”が王室にとって大きな混乱となっていることを理由に、「王室の公務から退く」ことを発表。

「エプスタインとの軽率な関係」を、今もなお「心から後悔している」とコメントした。

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2019年11月 エプスタインの自殺後、“英王室を揺るがした”BBCのインタビューを受ける

エプスタインが連邦の性的人身売買の容疑で再逮捕されて起訴された後、2019年8月10日に独房内で死亡しているのが発見された。自殺だとされている。

エプスタインの死から3か月後、彼との関係について、BBCの番組『ニュースナイト』の単独インタビューに応じたアンドルー王子。ジュフリーと会った覚えはなく、問題の2ショット写真を撮った記憶もないと繰り返しコメント。ジュフリーが自分と会ったと主張している2001年3月の夜、自分はピザのチェーン店に娘を連れていき、その後は自宅で過ごしたため会うことはできない、などと主張した。

Aflo

2015年4月 ジュフリーが、エプスタインに対する訴訟の中でアンドルー王子からの被害を告発

ヴァージニア・ジュフリーが、米フロリダ州の裁判所に、エプスタインとその共犯者らを相手に、性的虐待と人身売買に関する民事訴訟を起こした。その関係者の1人としてアンドルー王子の名前が挙げられ、王子のジュフリーに対する性暴力疑惑が浮上。

裁判文書によると、彼女はフロリダ州法で同意年齢と定められていない17歳だったにもかかわらず、性行為を強要されたという。バッキンガム宮殿及びアンドルー王子はこれらの疑惑を否定した。

Dan Kitwood / Getty Images

2011年7月 アンドルー王子、英国貿易特使の役職を失う

NY・セントラルパークでエプスタインと一緒にいるところが撮影されてから大きな騒動に発展、エプスタインとの関係が厳しく調査される中、2011年7月、アンドリュー王子が英国の国際貿易特使の役職を辞したとバッキンガム宮殿が発表した。

王子は、2001年から10年以上に渡り国際貿易特使を務めていた。

Aflo

2011年2月 アンドルー王子とジュフリー(当時17歳)の2ショット写真が公開

メール・オン・サンデー紙が、当時17歳だったヴァージニア・ジュフリーがアンドルー王子と初めて会ったとされる時の写真を掲載。マックスウェルのベルグレイヴィアの自宅でアンドリューがジュフリーの腰に手を回しているこの写真は、2001年3月にエプスタインが撮影したものとされ、王子の性暴力事件を決定づける写真となっている。

のち(2025年)に明らかになるのだが、アンドルー王子はこの写真が公開された翌日(2011年2月)に、エプスタインに対し身を案じたメールを送っている。にもかかわらず、アンドルー王子は、2010年12月以降、エプスタインとの一切の接触を断ったと主張していた。

Aflo

2010年12月 アンドルー王子、釈放後のエプスタインとのNYでの密会を目撃される

アンドルー王子と、米実業家ジェフリー・エプスタインとの出会いは1999年だったと言われている(もっと前の1990年代半ばだと主張する者も)。
エプスタインが初めて逮捕、起訴されたのが2006年。フロリダ州パームビーチの邸宅で未成年者に売春させたとして、2008年6月、児童売春斡旋の罪で有罪判決を受け、懲役18ヶ月の刑を言い渡されていた。
この頃、エプスタインとアンドルー王子をめぐる疑惑が次々と浮上していた。2009年に入ってエプスタインの元家政婦が、アンドリューがフロリダにあるエプスタインの自宅で「毎日マッサージを受けていた」などと証言している。

そんな中、2010年12月、エプスタインが釈放された後、アンドルー王子がニューヨークで彼と会っていたことが明らかに。二人はセントラルパークを散歩しているところが激写された。王子によると、彼との友情を終わらせるため、ニューヨークへ出向いたのだという。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

2010年5月 セーラ、アンドルー王子との面会の見返りに金銭を要求。金銭問題で話題に

セーラが、「キャッシュ・フォー・アクセス」(官僚や政治家に会う便宜を図ってもらうための献金を指す)をしているところをタブロイド紙のニュース・オブ・ザ・ワールドがキャッチ。

ビジネスマンと身分を偽った記者に、元夫アンドルー王子との面会を取り持つ見返りに50万ポンド(約6500万円)を要求、「(50万ポンドを払えば)すべての道が開ける」などと持ち掛けていた。セーラは現金で4万ドルの頭金を受け取り、王子と会わせることを約束していたという。ABCニュースによると、アンドリュー王子はこのことについて何も知らなかったと主張。後にセーラは自身が金に困っていたことを明かし、報道を認め率直に謝罪した。

メディア出演のほか、執筆活動や講演、減量プログラム広告塔なども務めていたセーラだったが、浪費好きが治らず、離婚後からかなり経済的にひっ迫していたという。

Tim Graham / Getty Images

1992年 セーラが「つま先しゃぶり」されている衝撃的写真がスクープされる

1986年に結婚したアンドルー王子とセーラ妃は、海軍の任務についていた王子が不在の中セーラは子育てに追われ、すれ違い生活が続き、徐々に2人の距離は離れていった。そのため、結婚から6年後の1992年3月19日には別居を発表していた。

別居から5ヶ月経った同年8月、セーラの非常にセンセーショナルな写真がパパラッチされる。南仏サントロペの別荘に滞在中、彼女のファイナンシャル・アドバイザーを務めていた億万長者ジョン・ブライアンが、半裸だったセーラの“つま先を舐めている”状態の衝撃的写真がデイリー・ミラー紙によりすっぱ抜かれたのだ。メディアの報道は過熱、大騒ぎになり、1996年に離婚が成立するまでセーラは王室と事実上疎遠に...。このスキャンダルをきっかけに、セーラと王室との関係は決裂したとされている。

Max Mumby/Indigo / Getty Images

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