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深夜にカップ麺をすすり号泣。24歳でボロボロになった私に響いた、母の「普通が一番」に“込められていたもの”

  • 2026.1.4

皆さんは「幸せ」と聞いて、何を思い浮かべますか? キラキラした贅沢な生活や、誰もが羨むような成功でしょうか。若い頃は特に、そんな刺激的な日々に憧れるものですよね。今回は、筆者の友人のエピソードをご紹介します。

画像: 深夜にカップ麺をすすり号泣。24歳でボロボロになった私に響いた、母の「普通が一番」に“込められていたもの”

“特別”を追い求めた日々

「普通が一番だよ」
母のその口癖が、私はずっと嫌いでした。

学生時代の私にとって「普通」とは、退屈で、夢がなく、妥協することと同義語だったのです。
その反動のように、母が止めるような危なっかしい選択肢ほど魅力的に思えていました。

就職も恋愛も転職も、とにかく「私の人生なんだから!」と肩肘を張り、周りと違うことが格好いいと信じていました。

人生最大のピンチ

しかし24歳の冬、私は人生最大のピンチに陥りました。

勢いだけで転職した職場は想像以上に過酷で、人間関係も最悪。
さらに、一生一緒だと思い、付き合ってすぐ同棲を始めた恋人とも、別れることになってしまったのです。
物事を深く考えずに歩んできたことのツケが回ってきたような気がしました。

そんなある日、深夜に部屋でカップ麺をすすりながら、震えるほどの孤独感に押しつぶされそうになっていた時、突然母から「毎日寒いけど、ちゃんと食べてる?」とLINEが。

電話をする気力もなかった私ですが、そのメッセージを見た瞬間、涙が止まらなくなりました。

母の言葉に込められた意味

数週間後、ボロボロの状態で帰省すると、母はいつもの調子で言いました。

「普通でいいんだよ。ご飯が美味しくて、寝られて、笑える日が続くこと。それ以上じゃなくていいの」

その時はピンときませんでしたが、夜、こたつに入り、母とのんびりテレビを観ている時にふと気づいたのです。
特別なことは何もない。でもこうしている今、私の心は穏やかで、凪いでいる。
もしかしてこういう状態を幸せと言うのかもしれない、と。

「刺激」があることが幸せなのではなく、「安心して呼吸できること」こそが幸せなのだと、その瞬間、すとんと心の底に落ちました。

妥協ではなく、かけがえのない豊かさ

あの頃の私は、「普通」を「妥協」だと思っていました。

でも今は違います。「普通」とは「続けられる幸せ」であり、人生を支える揺るがない土台なのです。
この歳になってやっと、母の言葉の真意を理解できました。

もし昔の私に会えるなら、こう伝えたいです。

「あなたが馬鹿にしている『普通』は、退屈なように見えて実はすごく豊かで、手放してはいけない大切な宝物なんだよ」と。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年11月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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