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握力低下は認知機能低下に関連する――直結6割・回り道4割

  • 2025.12.22
握力低下は認知機能低下に関連する――直結6割・回り道4割
握力低下は認知機能低下に関連する――直結6割・回り道4割 / Credit:Canva

中国の広西医科大学(GXMU)第二附属病院で行われた研究によって、手で握る力(握力)が弱い高齢者ほど、記憶や判断といった認知機能が低い傾向が示されました。

握力と認知の関係の約56.9%は“直接”の結びつきとして説明され、残り約43.1%は外に出て動ける範囲(生活圏)が狭まることや、気分の落ち込み(抑うつ)が強まることを通る“間接”の部分だと示されました。

握力というシンプルな数字は、私たちの“脳の元気”をどこまで映しているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年12月17日に『Scientific Reports』にて発表されました。

目次

  • 握力が弱い高齢者ほど認知が低い傾向
  • 握力は“脳の元気”を映すサインになり得る

握力が弱い高齢者ほど認知が低い傾向

握力が弱い高齢者ほど認知が低い傾向
握力が弱い高齢者ほど認知が低い傾向 / Credit:Canva

握力は、手で物をぎゅっと掴むときの力ですが、実はそれだけではありません。

これまでの研究から、この「握力」は特に高齢者にとって、体全体の健康状態を映し出す便利な指標だと考えられてきました。

例えば握力が弱い高齢者ほど、認知症を発症するリスクが高いことが、これまでの数多くの研究で指摘されています。

実際、複数の研究結果をまとめて分析したところ、握力が弱い人は強い人に比べて認知症を発症するリスクが約1.5倍高く、認知機能の低下に限れば約2倍にもなると報告されています。

さらに脳の画像研究を使った調査によれば、握力が弱い高齢者ほど脳の萎縮(縮み)が見られ、脳の中の神経線維も細くなって密度が下がっている傾向があるといいます。

要するに、「握力」というシンプルな数字の裏側には、脳の健康状態がそのまま反映されている可能性があるということです。

とはいえ、なぜ手で握るという一見単純な動作が脳の機能とここまで深く結びついているのでしょうか?

その詳しいメカニズムについては、まだよくわかっていません。

そこで、研究者たちは「こういう理由があり得るんじゃないかな?」という考えをいくつか挙げています。

大きくわけて、3つの仮説があります。

まず第1の仮説は、「握力が全身の健康状態を反映している」という考え方です。

握力は筋肉の量だけで決まるのではなく、神経が筋肉にどれだけしっかりと指令を送れるか、また血管が健康であるかなど、体全体の状態を総合的に示すものだ、という考えです。

つまり握力が高いというのは、全身が「まだまだ元気ですよ!」という合格点を出しているようなものだということです。

第2の仮説は、「握力が神経や脳の健康状態をそのまま映している」というものです。

私たちが力を入れて何かを握る動作というのは、筋肉だけが頑張っているのではなく、脳からの指令が神経を通じてしっかり伝わって初めて可能になる動きです。

もし握力が弱っているとすれば、それは筋肉が衰えただけでなく、脳や神経の働きそのものが弱くなっている可能性を示しているのかもしれないのです。

第3の仮説は、「握力をはじめとした筋力低下が行動範囲を狭め、脳の刺激を減らしてしまう」という「行動の連鎖説」です。

これはとても現実的な話です。

例えば、筋肉がしっかりしている高齢者は、外出も多く、散歩や買い物、人との交流など、たくさんの新しい刺激を受けています。

ところが握力などの筋力が弱まってくると、外出が億劫になり、家に閉じこもりがちになります。

すると、人との交流や社会的な活動も減り、気分も落ち込んでしまいます。

結果として脳に届く刺激が減り、認知機能が衰えやすくなる、という「負のスパイラル」に入り込んでしまう可能性があるというわけです。

実際に「生活圏が狭い」高齢者ほど、認知機能の低下が進みやすいという報告もあり、積極的に外出して新しい刺激を受け続けることは、認知機能を維持するために役立つ可能性があるのです。

そこで今回研究チームは、握力と認知機能の関係を改めて詳細に調べることにしました。

握力は“脳の元気”を映すサインになり得る

握力は“脳の元気”を映すサインになり得る
握力は“脳の元気”を映すサインになり得る / Credit:Canva

握力はどのように認知機能に影響するのでしょうか?

この問いに答えるため、研究チームは中国の広西チワン族自治区で調査を行いました。

2024年11月、この地域の3つの都市に暮らす60歳以上の高齢者382人が研究に参加し専用の握力計を使い、ぎゅっと力いっぱい握ってもらい、その値を計測しました。

次に調べたのは、「日常的にどれくらいの範囲まで外出して活動しているか」ということです。

専門的には「生活圏」と呼ばれますが、簡単に言えば、自宅から外にどれくらい積極的に出かけられているか、ということです。

さらに、参加者が普段どのくらい気分が落ち込んでいるか(抑うつ傾向)や、記憶力や判断力など認知機能の状態を確認する簡単なテスト(AD8という8問の質問で調べます)も実施しました。

その結果、まずわかったのは、「握力の強さ」と「認知機能の高さ」には明らかな関連がある、ということでした。

握力が強い人ほど、認知テストの点数が良く、普段から活動範囲が広く、気持ちも明るい傾向がありました。

反対に、握力が弱い人は、外に出る機会が少なくなりやすく、気分が落ち込む傾向があり、認知テストの点数も低めでした。

ただ、ここで終わりではありません。

研究者たちは、「握力が弱い」ことと「認知機能が低い」ことの関係がどのような仕組みで成り立っているか、詳しく分析しました。

その結果、握力が弱いことと認知機能が低いことの関連のうち、約56.9%は「直接つながっている」と考えられました。

これはつまり、握力が弱くなることと認知機能が低下することが、直接的に関係している割合です。

一方で残りの約43.1%は、握力が弱くなることで間接的に起きるさまざまな変化を介して認知機能に影響する、というものでした。

なお間接的な影響の内訳は次のようになりました。

約17.5%は「握力が弱まる→生活圏(外出や活動範囲)が狭くなる→認知機能が低下する」という経路です。

また約17.1%は「握力が弱まる→気分が落ち込む→認知機能が低下する」という経路でした。

さらに興味深いのは、この二つの経路がつながった経路です。

「握力が弱まる→生活圏が狭まる→気分が沈む→認知機能が低下する」という二段階の経路だけでも8.5%を占めることがわかったのです。

つまり握力が弱くなると、外出や活動が減り、その結果、気分も落ち込んでしまい、それが脳の働きにまで影響を及ぼす、というドミノ倒しのような連鎖が、一部の人では確かに起こっている可能性が示されたのです。

もちろん、こうした調査結果は統計モデルを用いた分析に基づいています。

実際に握力が低いことが原因で、認知機能が低下したことを証明したわけではありません。

しかし、この結果は握力というとてもシンプルな指標が、高齢者の健康状態を評価する上で有用な手がかりになる可能性を示しています。

将来的には、高齢者の健康診断において、「血圧」や「血糖値」と並んで「握力」を測ることが当たり前になる日が来るかもしれません。

元論文

Grip strength and cognitive function of older adults through the chain mediating effect of life space mobility and depression
https://doi.org/10.1038/s41598-025-32112-9

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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