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家に帰ると仕事部屋が義母の寝室に!?絶句する私に夫「心が狭いよ」1年後、夫から涙のLINE

  • 2026.3.15

夫と結婚して以来、義母との関係にはずっと悩まされ続けてきました。会うたびに「仕事はいつ辞めるの」「子どもはまだなの」と追い討ちをかけ、「家事が全然できないのね」という嫌味も、もはや日常茶飯事でした。
休日には、「大変なの、すぐに来て!」という義母からの呼び出し。駆けつけると、待っていたのは「電球が切れて不便」と不機嫌そうに踏み台を指差す義母の姿でした。これは珍しいことではありません。
夫にそのことを伝えると、返ってきたのは「母さんは不器用なだけ」「嫁姑ってそんなもんだろ」という言葉でした。
私が「味方になってほしい」と訴えても、夫は「どちらにも肩入れしない」と繰り返すばかり。けれど実際には、義母が私を見下すような発言をしても一緒に笑い、私が不満を口にすれば「大人になれ」と注意されるのは、決まって私のほうでした。

あるとき事件は起きました。私は在宅で仕事をしており、自宅に専用の仕事部屋を設けていました。ところが2泊3日の出張から帰宅すると、その部屋が義母の居室に変わっていたのです。


事情を聞くと、義母が義父の退職金を勝手に使い込んだことが発覚し、家を追い出されたとのこと。夫は私に一切相談せず、出張中に義母を自宅へ迎え入れていました。

「事前に言わなかったのは悪かった。でも母さんの居場所がないんだ」と夫は言いますが、私にとってはあまりにも一方的な決定でした。


私は義母の住まいを別に探すよう何度も提案しましたが、夫は「家族なんだから支え合うべきだ」と取り合いません。

義母との同居

同居が始まると、義母の干渉はさらにエスカレートしました。日中、私が仕事をしていても構わず話しかけてきては、あれこれ指図をしてきます。

さらに「昼食を作ってくれなかった」と夫に告げ口され、夫からは「嫁なんだからそれくらいしてあげてよ」となだめられる始末。

当の義母はといえば、1日中何もせず家にお金も入れません。それどころか、私が自分へのご褒美にストックしていたお菓子を、断りもなく食べ散らかす毎日でした。


夫に「せめて生活費を入れて、家事をしてほしい」と訴えても、夫は「家族なんだから助け合おう」と言って相手にしてくれません。仕事部屋を奪われ、仕事中も義母に邪魔をされ、夫は何も変えようとしない——家の中に、私の居場所はもうどこにもありませんでした。

家を出て向かった先は

数日後、私は家を出ました。夫からは「子どもじみたことをするな」「心が狭い」とメッセージが届くものの、最後まで私の苦しみに寄り添う気配は感じられません。

私の行き先は、義母が追い出された義実家。義父がひとりで生活している家でした。


家を出る決意をした私は、義父が住む義実家を訪ねました。義父は私の話を黙って聞いてくれた後、「自分も妻には散々苦労させられた。あなたの気持ちはよくわかる」と言ったのです。

そして驚くことに、義父は義実家の1室を使っていいと申し出てくれました。

離婚の申し出

家を出て1週間後、私は夫に告げました。「離婚届を届けるから、サインしてほしい」と。

「離婚」という言葉を聞いた夫は、初めて慌てた様子を見せました。「母さんの住む場所はちゃんと考える」「変わるから、もう一度チャンスをくれ」と懇願してきます。


けれど私が「お義母さん、一文無しで追い出されたみたいだけど、引越し代や生活費はどうするつもり?」と伝えた途端、夫は「共働きなんだから少しくらい出してくれてもいいだろ」と言い出しました。

その言葉を聞いて、改めて確信しました。この人は結局、私との生活よりも義母のことが大切なのだと……。


「義母がいてもいなくても、あなたとはもうやっていけない」。そう告げると、夫は「母さんを追い出すから」「母さんがいなくなれば元通りだろ」と食い下がりました。

しかし私を追い詰めたのは義母ではなく、何度訴えても動かなかった夫自身です。そのことを、夫は最後まで理解できていないようでした。

ダブル離婚

離婚の道のりは簡単ではありませんでした。夫は頑なに離婚を拒否し、義母も横から「嫁の分際で」と口を出してくるため、話し合いは平行線……。

結局、数カ月の別居を経て調停に持ち込み、正式に離婚が成立するまでにおよそ1年かかりました。


また、義父も同じ時期に離婚の手続きを進めていました。義父は長年、義母の不倫を知っており、証拠を集めていたのだとか……。退職金の使い込みも、不倫相手と豪遊するためだったのです。

離婚後、夫と義母はふたりでの生活を始めたよう。しかし、あれほど結束の固かった親子も、いざ暮らし始めるとすぐに破綻したようです。義母の奔放な生活態度が元夫の目にもつくようになり、今では顔を合わせれば言い争いばかりだとか。

一度だけ元夫から「あのとき、もっと君の話を聞いていればよかった」と後悔の滲む連絡が届きました。ですが、すべての手続きを終え、新しい人生を歩み始めた私に返す言葉はありません。そのままブロックしました。

義父とは離婚によって法律上は他人になりましたが、今でもたまにお茶を飲む間柄です。離婚までの1年間、実家の一室を貸してくれた義父は、私にとって苦境を共に乗り越えたかけがえのない存在となったのでした。

◇ ◇ ◇

夫婦の間で問題が起きたとき、「どちらにも肩入れしない」という姿勢は、一見公平に見えて、実際には困っている側を孤立させてしまうことがあります。パートナーが助けを求めているのに「大げさだ」「そんなものだ」と流し続ければ、信頼は失われてしまうでしょう。


大切なのは、相手の言葉に耳を傾け、小さな訴えのうちに向き合うこと。取り返しがつかなくなる前に気づける関係こそが、本当の意味で支え合える夫婦の形なのかもしれません。

【取材時期:2026年2月】
※本記事は、実際の体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班

ベビーカレンダー編集部

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