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「おとなしくなる薬」を処方された、『40代・認知症の夫』。平穏と"引き換え"に失ったモノ

  • 2026.1.18

36歳になってから、SNSで育児日記として漫画を描き始めた吉田いらこ(@irakoir)さん。彼女が長年胸に秘めてきた家族の物語がある。それは1990年代、まだ「認知症」という言葉すら浸透していなかった頃の出来事だ。

始まりは、父の「異常ないびき」「頭痛」だった。病院で判明したのは脳の腫瘍。緊急手術が決まっても、吉田さんには現実感がなかったという。しかしこれが、優しかった父との別れ、そして23年にわたる壮絶な介護生活の幕開けであった。

本記事は、吉田さんがブログで公開している「若年性認知症の父と私」をベースに取材したもの2025年2月には、当時の詳細な物語をより深く描いた『家族を忘れた父親との23年間』がKindleで出版された 知られざる23年間の軌跡を、彼女の視点から紐解いていく。

平穏と引き換えに、父の「生気」を奪うという選択

家での介護が限界に達した頃、母は医師に相談し、父に精神を安定させる薬を飲ませる決断をする。その効果は劇的であったが、同時に父から「生気」をも奪い去った。薬によって得られた平穏。それは、父という人格が遠くへ行ってしまうことを意味していた。

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『若年性認知症の父と私』20話 『おとなしくなるくすり』を処方された後の生活

ーー「おとなしくなるくすり」を服用し始めてから、お父様はどう変わられましたか?

吉田いらこ(以下、吉田): 自宅に戻って数ヶ月、父の激しい言動に母が限界を迎え、処方されたのが精神を安定させるお薬でした。飲むと、あれほど荒れていた父が嘘のように静かになったんです。でも、同時に表情からは生気が消え、ぼんやりとどこか遠くを見ているような状態になりました。家族が壊れないための選択でしたが、父の「魂」のようなものが失われていくのを見るのは、やはり辛いものがありました。

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『若年性認知症の父と私』20話 『おとなしくなるくすり』を処方された後の食卓

ーー吉田さんがご結婚される際も、お父様はご自身が「娘」であることを認識されていなかったそうですね。

吉田: はい。言葉のやり取り自体はできるのですが、目の前の女性が自分の娘であることはもう分かっていませんでした。薬によって家庭内の衝突はなくなりましたが、そこにいるのは私の知っている「父」ではない。そんな感覚がずっとありました。当時は相談できるソーシャルワーカーもおらず、母も私も、ただ目の前の平穏を維持するために必死だったんです。制度も知識も手探りだった時代、それが家族に残された唯一の道でした。

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『若年性認知症の父と私』21話 吉田いらこさんが父に「私のことわかる?」と問いかけたシーン


▶︎「お前は誰だ もう来るな!」優しかった父が“最愛の娘”を忘れる日まで【本編を読む】

#1 変わらぬ愛を誓えますか?…
#1 変わらぬ愛を誓えますか?…

取材協力:吉田いらこ
書籍情報:『家族を忘れた父親との23年間』(Kindle版)

1990年代、脳腫瘍から認知機能に障害を抱えた父。混乱する家庭、薄れゆく記憶、そして壮絶な介護の果てに家族が見つけたものとは。SNSで大きな反響を呼んだ実体験コミック。