1. トップ
  2. 【寺島しのぶさんインタビュー】歌舞伎座で“できすぎた女房”に。 「芝居の口調が日常で出てくる、それが幸せ」

【寺島しのぶさんインタビュー】歌舞伎座で“できすぎた女房”に。 「芝居の口調が日常で出てくる、それが幸せ」

  • 2025.12.9
撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

寺島しのぶさんが歌舞伎座の舞台に挑むのは2023年10月以来2年ぶりのこと。挑戦する作品は、父・七代目尾上菊五郎さんが主役の政五郎を何度となく演じてきた『芝浜革財布』。今回、政五郎は中村獅童さんが勤めます。

『芝浜革財布』は三遊亭圓朝の人情噺をもとにした作品で、魚屋の政五郎が大金の入った革財布を拾ったところから物語が始まります。急に大金を手にした政五郎が起こす騒動と、しっかり者の妻・おたつとの夫婦の情が、江戸の年の瀬を舞台に描かれた名作です。

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

父・七代目尾上菊五郎さんの舞台で5本の指に入る『芝浜革財布』

寺島さんにとって『芝浜革財布』とはどんな作品なのでしょうか?

「父がやる演目のなかでもう間違いなく5本の指に入る大好きな作品です。その父が、『獅童くんと今度は何をやる? 芝浜だったらできるんじゃない?』と言ってくれて、それがきっかけで今回の上演につながりました。まさか女房・おたつさんをやらせていただけるとは露ほども思っていなかったので、驚きました。父はまたいつものノリで言ったのかもしれません。でも、実現できたのがうれしいですね」

二度目の歌舞伎座に挑む思い

歌舞伎座に出演されるのは2度目。前回2023年10月に『文七元結物語』に出演された時はどんなお気持ちでしたか?

「あのときは山田(洋次)監督による演出でした。もともとの『文七元結』とは大幅に作り変えていましたし、“女優さん”のままでやってくださいと山田先生がおっしゃっていたので、先生が良いなら、と気持ちが楽なところがありました。ただ、やはりそれは新バージョンの『文七元結』で、父のものを見て思い描いていた『文七元結』とはまた別のもの。そういう意味では、少しだけ心残りのようなものはあったのかもしれません。とはいえ、歌舞伎の演目のあれもこれもできるというわけではないので、『芝浜』と考えたときに、これはいいな、と思いました。これが最後になるかもしれないけれど、一生懸命にやりたいなと思います」

『文七元結』は山田監督が「OK」であればよいわけですが、今回は普通の歌舞伎のスタイルで作品を作るとすると、そうはいかなくなりますよね?

「そうなんです。前回は山田先生が「それでいい」とおっしゃればよいわけですが、今回はみんなで作り上げていかなくてはいけないと思っています。基本的には歌舞伎の『芝浜革財布』ですが、少しずつ解釈の違い、演出の違いで面白くしなければ……と思っています。通常の歌舞伎の『芝浜』って、“四コマ漫画”みたいなんです。つなげず、敢えてぶつ切れになっていてそれがシュールで面白いのですが……。それを、舞台ならではの表現で、なるべくつなげていこうというのが今回のみんなの試みです。音でつなげるのか、芝居でつなげるのかはこれからで、見てのお楽しみですが、なるべくスムーズに見ていただけるようにしようと意識しています。今回のメンバーの『芝浜』を見に来てくださるお客様のためには、もうすこしリアルでスピード感があるほうがよさそうだし、私たちらしいかなという考えです」

前回は山田監督の演出の元で“女優”としてのお芝居ですが、今回は歌舞伎のままなので、一度女形さんがされていることを寺島さんが演じるということになるのでしょうか?

「歌舞伎にはもちろんリスペクトをもって演じますが、ただ、それができるかというと私にはできないので、歌舞伎の言葉のルールや、所作のルールは意識しながら、基本的には“心”で演じたいなと思いますし、獅童さんもそのスタンスでいてくれるので、“お芝居”をちゃんとしたいと思っています」

言葉や所作、歌舞伎の型のようなものが、心を表現するうえでの助けになるということもあるのでしょうか?

「あると思います。でも、私にはそれは身についていないものだから、どこか取ってつけたようになってしまうんですよね。自然に出た動きがその形、所作だったらいいのですが、それを自分がやろうとは思わない方が良いのではないかと思っています。歌舞伎の同じ作品でも、時代によって変わっているのではないかと思います。古い映像で、(二代目)松緑さんと、うちの祖父(尾上梅幸)の芝居を見たのですが、まず驚いたのは台詞のスピードです。いまの歌舞伎では考えられないほど早口で、本当に日常会話のようにテンポよく喋っているんです。それを、いま私たちがそのままやってしまうと“現代的すぎる”と感じられてしまうはずで、当時と同じ表現は通用しないのだと思いました。つまり、同じ歌舞伎の作品であっても、時代によって表現が変わっていく——そのことを改めて実感しました。獅童さんにも、『型でやられると違う気がするから、普通に芝居をしよう』と言ってもらっていて、そういう考えにもつながっている気がします。

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

今また、様々なバリエーションが増え、歌舞伎って何だろう?ということが話題になります。寺島さんにとって、今回の作品における「歌舞伎って何だろう」の答えはありますか?

「何が歌舞伎か、まさに今少しずつ変わっている時なのかなと思います。今回に関しては、このキャストで集まって、芝浜をやるっていうことがもう歌舞伎なんだと思うんです。また違う人たちでやったら違うカンパニーの歌舞伎にはなる。だから、あまりそういうことは気にしすぎないようにしています。そのなかで、何かあればこれはちょっとおかしいんじゃない?って言ってくれる方がたくさんいらっしゃいますから。おかしいなと思えばそこで考えればいいのではないかと思います」

日常生活に『芝浜』の口調が⁉

すでにお稽古に入られているそうですが、“江戸”の気分が日常生活に入り込んでいたりしますか?

「役によっては、入りこんで抜けなくてしんどい……なんていう時もありますが、今回は幸せ。『ちょっとお前さん』なんて、普通の喋り言葉が『芝浜』な感じになっていたりします。そんな言葉を口にできる自分が幸せなんです。私がやるおたつさんは出来すぎたくらいの女房で、本当に素敵な役だから、それができるというのがもう本当にありがたいです。夫役の獅童さんは同級生で、友達、ボーイフレンドといった感じなので、もうちょっと優しくしてあげないと、とおたつさんとして思っています」

ご自身だったら、政五郎が大金の入った財布を拾って帰ってきたら、どうしますか?

「これ、考えたんだけれど、役所に届け出て、それが1年経って戻ってきたら、まず借金だけは払っちゃいますね。まずほかの人に迷惑をかけているわけだから、そこは返して、って現実的な線ですね(笑)」

寺島さんファミリーの年末の過ごし方は?

『芝浜』は、心温まる年の瀬のお話なわけですが、寺島さんご自身の年末ルーティーンのようなものはあるのでしょうか?

「主人と私が12月28日で同じ誕生日なので、その日は100人分くらいのクスクスを主人が作って、毎年誕生会をしています。例年クリスマスくらいから忙しくて、誕生日のあとは31日には富士山がきれいに見える場所に行って、お蕎麦を食べるのも恒例です。そうこうするうちに年が明けて1日はもう皆さんにご挨拶。そうこうするうちに初日が開いて……。忙しく、にぎやかな年末年始です」

撮影=中西真基(AGENCE HIRATA)

てらじましのぶ●1996年に文学座退団後、映画、テレビ、舞台で活躍。父は歌舞伎俳優の七代目尾上菊五郎、母は俳優の富司純子。長男は歌舞伎俳優の尾上眞秀。2003年公開の『赤目四十八瀧心中未遂』『ヴァイブレータ』で国内外の数々の女優賞を受賞。又2010年には『キャタピラー』で日本人として35年ぶりにベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。舞台でも読売演劇大賞を始め多数の賞を受賞。

©松竹

松竹創業百三十周年 十二月大歌舞伎

2025年12月4日(木)~26日(金)
【休演】10日(水)、18日(木)
【貸切】第一部:15日(月)、17日(水)、20日(土)※幕見席は営業

第一部 午前11時~ 超歌舞伎 Powered by IOWN『世界花結詞』
第二部 午後2時45分~ 『丸橋忠弥』『芝浜革財布』
第三部 午後6時10分~ 『与話情浮名横櫛 源氏店』『火の鳥』

料金:4,500円~17,000円

詳しくはこちら

〇選りすぐりの記事を毎週お届け。

撮影=中西真基(アジャンスヒラタ) 取材・文=本田リサ(婦人画報編集部)

元記事で読む
の記事をもっとみる