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25年前、あまりにも“美しく張りつめた”冬の夜の衝撃 25万枚超を売り上げた“言葉が刺さる一曲”

  • 2026.1.13

25年前、流れた瞬間に耳を奪われる曲があった。2001年という時代は、J-POPが最も華やかで、強いメッセージやキャッチーさが求められていた頃だ。そんな中で、この曲はまるで逆方向から、静かに、しかし確実に心を掴みにきた。

鬼束ちひろ『眩暈』(作詞・作曲:鬼束ちひろ)――2001年2月9日発売

言葉を削ぎ落とすことで、強度を得た4枚目

『眩暈』は、鬼束ちひろにとって4枚目のシングルにあたる作品だ。

前作までで見せてきた強烈な個性や世界観を引き継ぎながらも、この曲ではさらに感情表現が内側へと沈み込んでいる。

アレンジは羽毛田丈史が担当し、ピアノを軸にした抑制的なサウンドが、張りつめた空気を丁寧に支えている。音数は決して多くないが、隙間が多いわけではない。むしろ沈黙すら計算された構成によって、1音1音の重みが際立っている。

この楽曲で彼女は、第43回日本レコード大賞の作詩賞を受賞。当時から、単なるヒットソングではなく「言葉そのものの力」が強く評価されていたことが分かる。

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2002年、日本武道館でライブをおこなった鬼束ちひろ(C)SANKEI

派手ではないのに、息を呑む理由

『眩暈』は、いわゆる分かりやすいサビの高揚や、感情を一気に解放する構成を採っていない。しかしそれは、抑揚が存在しないという意味ではない。

メロディラインは、低い位置から始まり、フレーズごとに少しずつ音域と緊張感を積み重ねていく。急激な展開こそないが、曲の進行に合わせて確実に圧が増していく構造になっている。

鬼束ちひろのボーカルも同様だ。声量や派手なフェイクで感情を誇張することはないが、語尾の処理や息遣い、音の立ち上がりには明確な強弱がある。

抑制されているように聴こえるのは、表現を削っているからではなく、感情を段階的に積み上げているためだ。羽毛田丈史によるアレンジも、抑揚を消すのではなく、前に出しすぎない役割を担っている。

静かなヒットが示した、2001年の違和感

『眩暈』は、最終的に25万枚を超えるセールスを記録している。爆発的な大ヒットではないが、当時の音楽市場を考えれば十分に大きな数字だ。このヒットのあり方は、2001年という時代をよく映している。

派手で分かりやすい楽曲が溢れる一方で、リスナーの内側には、言葉にできない違和感や息苦しさも蓄積されていた。『眩暈』は、その行き場のない感情に、正面から答えを与えるのではなく、同じ場所に立って沈黙するような曲だった。

だからこの曲は、BGMとして消費されなかった。一度聴いたら、途中で流し聞きすることができない。聴く側もまた「眩暈」を共有させられるのだ。

時代を越えて残る、“孤高”という存在感

25年が経った今でも、『眩暈』は「代表曲」として安易に語られない。それは、この曲が分かりやすい象徴や記号にならなかったからだ。鬼束ちひろは、自分自身の内面を、限界まで削ぎ落とした言葉と音で提示した。

その姿勢が、結果的に多くの人の記憶に深く刻まれることになった。流行りの音でも、時代のムードでもない。ただ、逃げ場のない静けさだけが残る。それこそが、『眩暈』が25年経っても色褪せない理由なのだろう。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。