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かつて“大スター・渥美清”に見そめられた「ベテラン俳優」大ヒット作に抜擢された“最古参の重鎮”とは

  • 2026.6.16
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笹野高史-2001年8月撮影(C)SANKEI

映画やドラマを観終わったあと、主役よりも先に、ある脇の人物の顔が浮かんでくることがある。ほんの数場面しか出ていないのに、その人の暮らしや来歴までが、なぜか見えてしまう。笹野高史は、そういう役者だ。

長い説明も、大きな見せ場も要らない。ほんの一場面で、一人の人間の人生をまるごと立ち上げてしまう。主役の隣にこの人が一人いるだけで、その物語が急に本物の手触りを持ちはじめる。派手さはない。けれど、観終わってからじわりと効いてくる。そういう仕事を、笹野は半世紀近く続けてきた。本数の多さでも、役の大きさでもない。一場面の密度で、この人は観る者の記憶に残ってきた。

一場面ごとに本物を置いていく

笹野と映画の縁を結んだのは、ひとりの大スターだった。国民的シリーズ『男はつらいよ』。監督の山田洋次によると、主人公・車寅次郎を演じた渥美清が、監督に笹野のことを薦めたのが、起用のきっかけだったのだそう。1985年の『男はつらいよ 柴又より愛をこめて』で下田の長八を演じて以降、笹野はシリーズにたびたび違う顔で現れ、計12本に出演した。

じつは笹野は、若いころからこのシリーズに出ることを強く願っていた。芝居仲間が先に夢をかなえていくなか、憧れを胸にあたため続け、ようやく念願がかなったのだという。だからこそ、与えられた一場面に注ぐ熱が違う。

毎回、別の市井の人として立つ。商売人だったり、土地の顔役だったり。役の名前は変わっても、そこには一人の生活者が確かにいる。ほんの数カットでも、その人物がどんな町でどんな毎日を送っているのかまで伝わってくる。笹野はこのシリーズで、画面の隅に本物の人間をそっと置いていく職人になった。

脇が本物なら映画も本物

その職人技が、最高の評価として結実したのが2006年だ。山田洋次監督の映画『武士の一分』。木村拓哉が演じる、失明した下級武士・三村新之丞に、父の代から仕える徳平を笹野は演じた。主人の暮らしを支え、果し合いの仲介にまで奔走する。声高に何かを訴えるわけではない。それでも、徳平が一人いるだけで、この武家の暮らしに体温が宿る。

目が見えなくなった主人を、徳平はからかうように、いたわるように支えていく。その軽口の一つひとつに、長く仕えてきた者だけが持つ情がにじむ。観客は、この老僕がいるおかげで、主人公の孤独を他人事ではなく感じてしまう。

この役で、笹野は第30回日本アカデミー賞 最優秀助演男優賞を受賞した。主役を食うのではない。主役の世界を、隅から本物にしてみせる。脇が一人本物だと、映画全体が嘘でなくなる。徳平は、その何よりの証明だった。

どんな題材でも、どこへでも呼ばれる理由

笹野の手つきは、題材を選ばない。2008年の映画『おくりびと』では、火葬場の職員・平田正吉を演じた。2009年のNHK大河ドラマ『天地人』では、天下人・豊臣秀吉に扮している。一方で、2015年から放送されたテレビ朝日系の特撮『手裏剣戦隊ニンニンジャー』では、主人公たちの祖父である忍者・伊賀崎好天を演じ、子どもたちの記憶にも刻まれた。

重い文芸作品も、天下人も、子ども向けのヒーローものも、笹野は同じ手つきで演じる。2016年の映画『オケ老人!』のように、ときには物語の中心に立つこともある。それでも、にじみ出る人間の温度は、画面の隅にいるときと少しも変わらない。

どんな現場に置かれても、そこに生身の一人の人間を立ち上げてみせる。その振れ幅の大きさこそが、笹野高史がどこへでも呼ばれる理由だ。

大作でもまた一人を立てる

2026年7月17日公開の映画『キングダム 魂の決戦』で、笹野は秦の蔡沢〔さいたく〕を演じる。秦に長く仕え、卓越した交渉術を持つ外交官だ。戦の行方が刀ではなく言葉で動く場面を、笹野はどんな表情で担うのか。歴戦の役者にしか出せない凄みが、ここでも生きるはずだ。

大作の合戦劇のなかでも、笹野はきっと、また一人の人間を立ち上げにいく。半世紀近く、その仕事をやり続けてきた人だ。主役の隣にこの人がいると、その世界が本物になる。次はどんな一人を、画面に置いていくのだろう。


※記事は執筆時点の情報です

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