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「ほとんど得にならない」お金のプロが警告。年金の“繰り下げ受給”…受給額が増えても「手取りが減る」カラクリとは

  • 2025.12.24
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出典元:photoAC(※画像はイメージです)

年金の繰り下げ受給は「後から年金を多くもらえる」と聞いて、一見メリットが大きそうに感じますよね。

しかし、実際に繰り下げ受給をした方の中には、「こんなはずではなかった」と後悔する声も少なくありません。なぜ繰り下げ受給で後悔してしまうのでしょうか。寿命以外の予想外の負担や心理的なストレスが関係していることをご存知でしょうか?

この記事では、元厚生労働省勤務 ファイナンシャルプランナー柴田 充輝さんの見解をもとに、繰り下げ受給の真のリスクとその背景にある経済的・心理的な課題、その対策についてわかりやすく解説します。

繰り下げ受給を検討中の方にとって必読の内容です。

増えた年金が増えた負担に飲み込まれる事実

---年金の繰り下げ受給を選択した夫婦が後悔してしまうケースには、寿命の予測困難さ以外に、どのような経済的・心理的要因が関わっているのでしょうか?

柴田 充輝さん:

「年金の繰り下げ受給で後悔されるケースは、実は寿命の問題だけではありません。私がご相談を受ける中で特に多いのは、『増えた年金額』が『増えた負担』に食われてしまうパターンです。

まず経済的な要因として見落とされがちなのが、税金と社会保険料の増加です。年金収入が増えると所得税の税率区分が上がったり、住民税・国民健康保険料・介護保険料が上がることがあります。特に注意が必要なのは、住民税非課税世帯から外れてしまうケースです。非課税世帯には医療費の自己負担軽減や高額療養費の上限引き下げなど多くの恩恵がありますが、繰り下げによる増額でこれらを失ってしまうと、手取りベースではほとんど得にならない場合もあるのです。

また、加給年金の損失も見落とされがちです。年下の配偶者がいる方が老齢厚生年金を繰り下げると、その間、年額約40万円の加給年金を受け取れません。5年繰り下げれば約200万円の『逸失利益』となり、増額分を帳消しにしてしまうこともあります。

心理的な要因として見落とされがちなのが、『資産が減り続ける』ことへのストレスです。繰り下げ待機中は当然ながら年金収入がありませんので、配当や利子などの資産所得で生活費を十分にカバーできていない限り、貯蓄を取り崩して生活することになります。毎月、通帳の残高が減っていくのを見続けるのは、想像以上に精神的な負荷がかかるものです。

『将来増える年金のため』と頭では理解していても、目の前の資産が目減りしていく状況は、人によっては大きな不安やストレスの原因になります。特に、現役時代にコツコツと貯蓄を積み上げてきた堅実な方ほど、この『減っていく感覚』に耐えられないというケースも少なくありません。」

医療・介護費用と税負担、見落とせない負担増の実態

---年金の繰り下げ受給を選択する際、多くの人が見落としがちな「医療費や介護費用の増加リスク」について、FPの視点から具体的に教えていただけますでしょうか?

柴田 充輝さん:

「繰り下げ受給を検討される方の多くは、『元気なうちは働いて、年金は後からたくさんもらおう』とお考えです。この発想自体は、私としても賛成です。

ただし、まず知っておいていただきたいのは、医療費の自己負担割合が年金収入によって変わるという点です。75歳以上の方の医療費は原則1割負担ですが、課税所得が145万円以上になると2割、さらに高いと3割負担になります。繰り下げで年金が増えた結果、1割から2割に上がってしまうと、年間の医療費が数万円から十数万円増えることもあります。高齢になるほど通院回数は増えますから、この差は想像以上に大きいのです。

高額療養費制度にも注意が必要です。この制度は月々の医療費が上限を超えた分を払い戻してくれる仕組みですが、上限額は所得に応じて決まります。住民税非課税世帯なら月額約2万4000円が上限ですが、課税所得145万円以上になると月額約4万4000円に跳ね上がります。入院や手術が必要になったとき、この差は大きく響くかもしれません。

介護費用についても同様です。介護保険サービスを利用する際の自己負担割合は、所得に応じて1割・2割・3割と変わります。また、特別養護老人ホームなどの施設に入所する場合、所得が高いと食費や居住費の軽減措置を受けられなくなり、月額で数万円の差が出ることもあります。

ここで難しいのは、医療費や介護費用は『いつ、いくら発生するか』が事前に読めないという点です。大きな病気をせずに過ごされる方もいれば、想定外のタイミングで高額な費用が必要になる方もいます。健康な方であれば、こうした費用がほとんど発生しないまま生涯を終えることも十分にあり得るのです。

そのため、私がお勧めしているのは、医療費や介護費用を年金収入で賄おうとするのではなく、あらかじめ預貯金として別枠でプールしておくという考え方です。年金はあくまで日常の生活費に充て、医療・介護という『いざというとき』の備えは別会計にしておく。こうすることで、繰り下げ受給の判断をよりシンプルに考えることができます。

プールしておく場所としては、定期預金や個人向け国債など、元本保証のある金融商品がおすすめです。医療費や介護費用は『必要なときにすぐ使えること』が最優先ですので、値動きのある投資商品ではなく、確実に引き出せる安全資産で備えておくのが基本です。」

繰り下げ受給の最適解は?チェックすべき3つのポイント

---年金受給のタイミングで迷っている方が、自分にとって最適な判断をするために、まず最初にチェックすべきポイントを教えていただけますでしょうか。

柴田 充輝さん:

「年金の受給タイミングについて、よく『何歳から受け取るのが一番お得ですか?』と聞かれます。しかし、この質問には実は正解がありません。なぜなら、年金は本質的に『長生きリスクに備える保険』だからです。自分がいつまで生きるかわからない以上、損得計算だけで最適解を導くことはできないのです。

そこで、最初にチェックすべきは以下の3点です。

  • 『何歳まで働くつもりか』
  • 『退職金や企業年金の有無と受取期間』
  • 『現在の金融資産がどれくらいあるか』

65歳以降も働いて収入を得る予定があれば、年金の繰り下げを検討する余地が生まれます。逆に60歳でリタイアするなら、年金なしで過ごす期間が長くなりますので、繰り下げのハードルは高くなります。

企業年金がある方は、それが何歳から何歳まで支給されるのかを確認してください。多くの企業年金は有期(たとえば10年間など)ですので、その終了後の収入をどう確保するかも考える必要があります。また、退職金を一時金で受け取るか年金形式で受け取るかを選べる会社も多いので、公的年金との組み合わせを意識して選択することが大切です。

繰り下げ待機中は年金がありません。その間の生活費を資産所得や貯蓄からの取り崩しでカバーすることになります。現在の支出状況を踏まえたうえで、『何年分の生活費を手元資金で賄えるか』を具体的に計算しておく必要があります。

現役時代の収入は給与だけというシンプルな構造でしたが、退職後の収入源は実に多様です。公的年金、勤労収入(働き続ける場合)、企業年金や退職金、そして預貯金や投資から得られる資産所得。これらをどう組み合わせて老後の生活を設計する必要があります。

年金受給のタイミングでは難しいものですが、大切なのは損得勘定だけで判断しないことです。公的年金は、老後の収入源の中で唯一『死ぬまで届くお金』です。だからこそ、他の収入源との組み合わせの中で、ご自身のライフプランに最も合った形を見つけていただきたいと思います。」

繰り下げ受給は「損得」だけじゃない、ライフプラン全体で考えよう

年金の繰り下げ受給は、単に「年金額を増やす」だけではありません。増えた年金収入に伴う税金や社会保険料の負担増、医療・介護費用の負担割合の変化、さらには資産減少に伴う心理的なストレスなど、さまざまな側面を理解しなければなりません。繰り下げ受給によるメリットとデメリットを正しく把握し、医療・介護費用の備えは別枠で管理することもポイントです。

また、受給開始の時期は「何歳からが最適か?」という単純な答えがなく、働く期間や企業年金の受給状況、手元の資産状況などを総合的に勘案する必要があります。最終的には「公的年金は死ぬまで続く収入」という特性を踏まえ、他の収入源とのバランスやライフプラン全体で最適な選択をすることが大切です。

年金受給の決定は人生設計の要。焦らずじっくりと考え、ご自身に合った最善の道を見つけていきましょう。


監修者:柴田 充輝
厚生労働省や保険業界・不動産業界での勤務を通じて、社会保険や保険、不動産投資の実務を担当。FP1級と社会保険労務士資格を活かして、多くの家庭の家計見直しや資産運用に関するアドバイスを行っている。金融メディアを中心に、これまで1200記事以上の執筆実績あり。保有資格は1級ファイナンシャル・プランニング技能士(FP1級)、社会保険労務士、行政書士、宅地建物取引主任士など。