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「財布に現金しかない…」食事後に気づいた客の“末路”。→完全キャッシュレス店で支払えないと、警察沙汰になる?【弁護士が解説】

  • 2025.12.24
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出典元:photoAC(※画像はイメージです)

「現金は使えません」「キャッシュレス決済のみ」と告知された飲食店で、現金払いを拒否されて困った経験はありませんか。

日本銀行法では、紙幣に『強制通用力(無制限に決済に使える力)』があると定めています。それなのに、お店が『現金は受け取らない』と宣言することは、法律違反にならないのでしょうか。なぜ、現金を受け取らない店舗が増えているのか、法律ではどう扱われているのか疑問に思う人も多いでしょう。

今回は、現金お断りの店舗運営の法的背景やトラブル回避のポイントを寺林智栄 弁護士に詳しく伺いました。

現金を受け取らない店は違法?契約成立のカラクリ

---日本銀行法では、紙幣に『強制通用力(無制限に決済に使える力)』があると定めています。それなのに、お店が『現金は受け取らない』と宣言することは、法律違反にならないのでしょうか? お店の『ルール』と国の『法律』、法的にはどちらが優先されるのか、そのカラクリを教えてください。

寺林智栄さん:

「法律上の支払いは、『①契約が成立し、②代金支払義務が発生し、③その履行として支払う』という順序を取ります。

日本銀行法が想定しているのは、この②〜③の段階、つまり「支払わなければならない債務が既に存在する場面」です。この場合、債権者(お店側)は、原則として紙幣による支払いを拒否できません。

しかし、店舗が「現金は使えません」「キャッシュレス決済のみです」と事前に明示している場合、そもそも契約内容自体が『キャッシュレス決済を前提とした契約』になります。

お客さんがその条件を了承して商品を手に取った時点で、「現金以外で支払う」という内容の契約が成立しているため、後から現金で払おうとしても、それは契約条件に反するのです。

つまり、ここでは、国の法律(日本銀行法)が否定されているのではなく、契約自由の原則に基づき、支払方法があらかじめ限定されていることになります。
なお、法律が「当事者間で別段の合意をすること」を許している場合には、原則としてその合意(店のルール)が有効になります。日本銀行法も、契約成立前の段階まで「現金でなければならない」と強制しているわけではありません。

このため、事前に明示されたキャッシュレス限定ルールに従って取引が行われる限り、現金不可の店舗運営は適法と考えられているのです。」

現金拒否は民事問題?刑事トラブルにつながることは?

---もし、『完全キャッシュレス』の看板を見落として入店し、食事を終えた後に『財布に現金しかない』と気づいたらどうなるのでしょうか?また、その場でどう解決するのが正解ですか?

寺林智栄さん:

「結論から言えば、原則としては客側に落ち度があるケースが多いと考えられます。

理由は、飲食店の利用は法律上「飲食物の提供と代金支払いを内容とする契約」に当たるからです。

店が入口やメニュー、店内掲示などで「当店は完全キャッシュレスです」と明示していた場合、その条件が契約内容になります。客はその条件を前提に入店・注文している以上、「キャッシュレスで支払う」という契約を結んだと評価されるのです。結果として、現金しか出せない状態は、契約に基づく支払義務を履行できない=債務不履行に近い状態になります。

一方、客側が主張しがちな「現金には強制通用力があるのだから、受け取るべきだ」という理屈は、この場面では通りにくいのが実情です。日本銀行法の強制通用力は、あくまで「どの支払方法で支払うかについて合意がない場合」や「債権者が一方的に現金を拒む場合」に問題になります。今回は、支払方法について事前に合意が成立していると評価されるため、店が現金を拒否しても違法とはなりません。

また、多くのケースでは、最初から支払う意思がなかったと立証できない限り、刑事責任に直結することは通常ありません。単なる支払方法の行き違いは、基本的には民事上の支払トラブルといえます。

現実的で法的に穏当な解決策としては、以下の方法が考えられます。
①近くのATMでキャッシュレス決済に対応できるよう現金を入金する
②家族や知人にキャッシュレス決済で立て替えてもらう
③後日振込や再来店での支払いについて店と合意書面(簡単なメモでも可)を交わす」

トラブル回避のために!店舗が押さえるべき3つのポイント

---「現金お断り」の店舗を運営する(または検討している)事業者が、法的リスクを避けながら安全にキャッシュレス化を進めるために、最初に押さえるべきポイントを教えていただけますでしょうか。

寺林智栄さん:

「『現金お断り』の店舗運営は、業務効率化や防犯面のメリットがある一方、法的な配慮を欠くとトラブルの火種になりやすい分野です。事業者が法的リスクを避けつつ、安全にキャッシュレス化を進めるために、最初に押さえるべきポイントは大きく分けて3つあります。

第一に重要なのは、支払方法を事前にわかりやすく明示しておくことです。完全キャッシュレスであることは、契約条件の一部になります。そのため、入口の見やすい位置、予約サイト、メニュー、注文時の画面など、複数の接点で明確に表示することが不可欠です。「小さな張り紙一枚」では足りず、客が合理的に気づける状態を作っておくことが、後の紛争防止につながります。

第二に、例外対応のルールをあらかじめ決めておくことです。表示を見落とした客や、通信障害・システムトラブルによって決済できなくなる場面は必ず起こります。その際に「一切例外なし」「即警察」という対応を取ると、法的責任以前にクレームや風評リスクが大きくなります。後日振込、次回来店時支払い、近隣ATMでの対応など、代替手段をマニュアル化しておくことで、現場スタッフの判断ミスも防げます。

第三に、刑事トラブルとの線引きを理解しておくことです。支払方法の不一致は、原則として民事上の債権回収の問題です。最初から代金を払う意思がなかったと明確に言える場合を除き、安易に「詐欺だ」「警察を呼ぶ」と言うと、かえって店舗側の対応が問題視される可能性もあります。警察は最終手段であり、まずは契約不履行として冷静に対処する姿勢が重要です。」

契約条件の明示と柔軟な対応が円滑なキャッシュレス運営の鍵

現金を使えない店舗が増える中、現金払い不可が違法かどうかは、契約成立や合意の有無に大きく左右されます。

事前にキャッシュレス決済のみと明示し、それに基づいて契約が結ばれれば、店側は現金払いを拒否しても法律違反にはなりません。ただし、お客様とのトラブルを避けるためには、わかりやすい表示と例外対応ルールの整備、そして刑事事件に発展させない冷静な対応が不可欠です。

今後もキャッシュレス化が進むなかで、お店も利用者も互いに理解を深め、スムーズな取引を目指すことが求められます。


監修者:寺林智栄 弁護士

2007年弁護士登録。札幌弁護士会。2025年12月1日、てらばやし法律事務所開業。2013年頃よりネット上で法律記事の執筆を開始。様々な分野の記事を執筆し、Yahoo!トピックスで複数回1位を獲得。一般の読者の方が共感できる解説ができるよう日々努力しています。