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知らずにONになったままの自意識。あなたはどうやってOFFにする?【連載・ヴォーグ ジャパンアーカイブ】

  • 2025.11.1
Photo_ Inez van Lamsweerde and Vinoodh Matadin Model: Karen Elson
Photo: Inez van Lamsweerde and Vinoodh Matadin Model: Karen Elson

休めないなら、働きません!──入社1年目から、私はそう言って有給休暇を取っていた。会社員としては真っ当な考えだったと今でも思っている。働く人が権利を行使するのは当然だ。私は会社の労働組合で副委員長をしていたし、まだ当時はワークライフバランスという言葉は広まっていなかったけれど、私の生活は私が決めると思っていた。会社に全人生を捧げるなんて、考えたこともなかった。

会社勤めを15年、独立してから15年経つが、仕事柄カレンダー通りにON/OFFがあるわけではない。勤め人だったときは、上司から「週に二日は休ませなくてはいけないので、月曜から金曜の帯番組をやるなら土曜の番組は降板しなくてはならない」と言われて、納得のいかない思いもした。法令遵守は当然という思いもありながら「休みたいときには休ませてほしいし、思い切り働きたいときには働かせてくれ!」という正直な思いもあった。そんなこともあって独立した。私の場合は最初から芸能事務所に管理される働き方ではなく、一貫して自分の仕事のペースを自分で決めてきた。本当に恵まれていると思う。「ONとOFFの切り替えはどうしているのですか」ともよく聞かれる。私は業務面でも気持ちの面でも社会的な立場という点でも、ONとOFFはモザイク模様のように日常の中に混在している。境目を言うのは難しい。そういえば以前「あなたちょっと働きすぎだから休んだほうがいいよ!」と友人たちが旅に連れ出してくれた。彼女らが寝静まった夜中に原稿を書いていたら、それじゃ休みにならないじゃないのと呆れられた。それ以来なるべく旅に仕事は持ち込まないようにはしているけれど、2011年2月号のエディターズ・レターで当時の編集長が書いているように、ONとOFFの境目は流動的でいいと思っている。

今はフリーランスで働く人や、副業を持つ人が増えた。コロナ禍以降はリモート勤務も当たり前になった。オフィスでの業務終了後に接待や上司との飲み会に付き合わされるという勤務表に反映されない残業もめっきり減った。勤め人でも自身の裁量でON/OFFの配分や場所を選べるようになったのはいい変化だ。そもそも「仕事はON、それ以外の時間はOFF」とする発想から自由になっていいのではないか。人生を豊かに生きることが主目的で、仕事はその糧を得るための時間。幸せをもたらすのは経済的な安定だけではない。安心できる人間関係や自然との共生など、豊かさには多様な要素がある。本来それでいいはずなのに、24時間戦えとか地上の星になれという、職場に染み付いた仕事至上主義の「美学」が長らく継承されてきた。もうそれも過去のものになりつつあるのは喜ばしい。

都会がONで自然の中がOFFという捉え方もある。でもそれは都市生活者の一方的な幻想で、当然ながら自然と共存する日常は昔からある。二拠点生活を選ぶ人の増加で、そう実感する機会も増えた。都市と地方は中心と周縁という位置付けだけではなくなっている。インターネットと物流の普及でかつてのような情報格差は縮小した。都市と自然は持続可能な社会のために欠かせない補完し合う関係であり、その価値は並立している。地方創生を謳う足下で、人口減少と超高齢化の流れは加速する。老いゆく国で都市の過密を緩和しながら地方にどのような豊かさを生み出すのか、知恵の絞りどころだ。

2011年当時と現在で最も違うON/OFFは、自意識ではないかと思う。私は2010年代半ば以降、この世にSNSが浸透し始めたときに、世の中にはこんなに出たがりの人が多いのかと心底驚き、同時に安心したのだ。それまで人前に出たがる連中は、卑しい目立ちたがりだと言われていたから。自分は世間様から見たらよほど恥ずかしい自己顕示欲の強い人間なのだな〜と思っていたのだけど(でもやりたい仕事なのだから仕方がない)、そうじゃなかった。誰でも発信できるようになったら、まあみんなすごい勢いでレンズを自分に向け、どこかの誰かたちに向かって「見て! 見て!」というではないか。なーんだ、みんなも“目立ちたがり屋”だったんじゃん、私は全然変わり者じゃなかった! と心底安心したのだった。

無自覚のままアテンション・エコノミーの餌食となり、絶え間なく人目を意識する生活はヘルシーではない。レストランで、絶景ポイントで、すぐさまスマホをかざす人々を見ると、つい心で呟いてしまう。「あの世に持っていけるのは、脳みそメモリーに刻んだものだけ!」と。人生を他者の眼差しの下でONにし続けるのは消耗する。今はそのスイッチをOFFにする必要のある人がとてつもなく増えたように思うのだ。あなたはどうだろうか。知らぬ間に休みなくONになっている過剰な自意識を、他者の眼差しの下から自分の手に取り戻そう。そのとき訪れる平穏の中に、絵にならない日常の豊かさを再発見できるかもしれない。

Photo: Shinsuke Kojima (magazine) Text: Keiko Kojima Editor: Gen Arai

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