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朝ドラ『ばけばけ』も残り3分の1… 前作『あんぱん』との対比で見えて来た“本作ならでは”の魅力とは?

  • 2025.12.11

朝ドラには、時代背景・主人公像・テーマ性など、作品ごとに大きな振れ幅がある。特に前期で放送された『あんぱん』と、現在放送中の『ばけばけ』は、同じ“人の生き方”を描きながらも、作品の温度や語り口がまったく異なる。その違いは、単なる時代設定の差ではなく、ドラマが提示する人生観そのものに関わっている。

前作を振り返ることは、『ばけばけ』の魅力をより深く理解するための手がかりとなるだろう。

髙石あかり主演の朝ドラ『ばけばけ』は、従来の朝ドラにはない独特の世界観で多くの視聴者を惹きつけている。本記事ではその魅力を、前期の『あんぱん』と対比させながら紐解いていく。

『あんぱん』が描いたもの:時代と人間の“生き抜く力”

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今田美桜 (C)SANKEI

連続テレビ小説第112作『あんぱん』は、『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと妻・小松暢をモデルにした人間ドラマだ。柳井嵩(北村匠海)は戦地で過酷な現実に向き合い、ヒロインののぶ(今田美桜)は社会の風潮に引き寄せられるように軍国主義に傾いていく。物語はその心理的揺らぎと葛藤を繊細に捉えていた。

戦後、価値観を大きく揺さぶられた2人は、“逆転しない正義”を求め、弱い立場の子どもを守る存在として『アンパンマン』というヒーロー像を生み出すことになる。

戦後80年という節目にあたり、『あんぱん』は戦争がもたらした悲劇と不条理を背景に、「人は何のために生きるのか」という根源的な問いを投げかけた。兵士が卵を殻ごと食べる描写や、のぶの妹・蘭子(河合優実)が将来を誓い合った想い人が、戦地で命を落とすエピソードなど、深い悲しみが刻まれた場面も多い。

今なお子どもたちに愛される『アンパンマン』に込められた平和や反戦のメッセージは、本ドラマを通して、大人にも子どもにも届いている。放送終了後には「完全にロス」「寂しい」など“あんぱんロス”を嘆く視聴者が後を絶たなかった。

『ばけばけ』が生む“空気感”:語り不在がもたらす親密な世界

一方、『ばけばけ』の舞台は明治時代の島根県・松江。小泉八雲と妻・小泉セツをモデルに、時代の転換期に生きた人々の暮らしと価値観の変化を描き出す。セツがモデルとなった松野トキ(髙石あかり)と、松江に招かれた英語教師レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)との関わりを軸に、人と文化の交錯が描かれる。

特徴的なのは、ナレーション(語り)を置かない演出だ。朝ドラとして異例の試みで、語りの役割を阿佐ヶ谷姉妹が“蛇”と“蛙”として担う。漫才風の言葉の掛け合いから物語が始まり、そこにはどこか肩の力が抜けるような、ほのぼのとした空気が漂っている。

トキは父の借金を返すため、自身の結婚生活を後回しにして懸命に働く。しかし、作品全体に悲壮感はなく、家族の温かさと柔らかなユーモアが溢れている。登場人物たちがスキップに挑戦する回や、細やかなボケとツッコミが交錯する場面など、日常の可笑しさを丁寧に描き出している。

そうした空気感を支えるのが、髙石あかりの豊かな表情とコミカルな演技だ。3度目のオーディションでヒロインを射止めた彼女の魅力が鮮やかに花開き、視聴者からも「沼る」「演技すごい」「朝から癒し」と話題を集めている。

物語の時間軸の扱いも、『あんぱん』とは対照的だ。幼少期から晩年までを描いた『あんぱん』に対し、『ばけばけ』は今までのところ、比較的短い期間を丹念に追う構成となっている。そのため、主要キャラクターの入れ替わりは少なく、松野家の面々や友人のサワ(円井わん)、英語教師の錦織(吉沢亮)ら“いつもの顔ぶれ”が自然に関係を深めていく。その掛け合いは、ずっと眺めていたいと思わせるほどの親密さと心地よさに満ちている。

放送は2026年3月27日に最終回を迎える予定であり、現在はおよそ3分の1が進んだところだ。『あんぱん』とは異なる作風でありながら、個性揃いな俳優陣の魅力と独自の空気感が確かに息づいている。これからどのような展開が待っているのか、期待は高まるばかりだ。


ライター:山田あゆみ
Web媒体を中心に映画コラム、インタビュー記事執筆やオフィシャルライターとして活動。X:@AyumiSand