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朝ドラの再会シーンで際立った“光彩の演出”「最高の二人」「朝ドラ史に残る」過激なまでの叱咤激励がうまれた“真意”

  • 2026.3.13
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『ばけばけ』第23週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』第23週は、長男・勘太の誕生という喜びの裏で、ヘブン(トミー・バストウ)が“日本人になる”という大きな選択を迫られた週だった。帰化は家族を守る決断である一方、作家としての自由や可能性を手放すことも意味する。そして再会した錦織(吉沢亮)は、その選択に簡単には手を貸さなかった。冷たい拒絶の裏にあったのは、ヘブンの才能を守るための“最後のリテラリーアシスタント”としての覚悟。二人の友情は、言葉ではなく物語を通して結実していく。

※以下本文には放送内容が含まれます。

“特権”を手放したヘブンの選択

第23週、物語はトキ(髙石あかり)とヘブンの間に産まれた長男・勘太の誕生を描きながら、同時に“アイデンティティの選択”という無慈悲なテーマも浮かび上がらせた。勘太の誕生はヘブンにとってもこのうえない喜びをもたらしたものの、それは同時に、彼がこれまで無自覚に享受してきた“外国人としての特権”との決別を迫るものとなった。

イギリス人として生きるなら、愛する妻子に財産を遺せない。日本人になるなら、外国人としての特権を失い、自由な渡航や表現の場を制限される。日本ではもう書くべきものがないと悟り、新天地・フィリピンへの夢を抱いていたヘブンにとって、帰化は“作家としての死”を意味する。

ここで特筆したいのは、ヘブンの選択に宿る“性別役割の反転”という視点だ。

これまでヘブンは、自身の知的好奇心や仕事の都合で家族を動かし、トキに英語を教えてきた。しかし、今回彼が下した“日本人になる”という決断は、かつての明治という時代から、多くの女性たちが背負わされてきた業と系譜を同じくする。

結婚や家庭のために、キャリアを諦め、自身の才覚や夢を仕方なく埋没させてきた女性たち。ヘブンが置かれた立場も似ている。たった一人なら今すぐにでもフィリピンに行きたい、と考えていたにも関わらず、今や彼は一生を日本に捧げようとしているのだ。

錦織の“拒絶”に秘められた真意

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『ばけばけ』第23週(C)NHK

かつてのヘブンの親友・錦織との再会シーンも印象的だ。松江を去ったヘブンと、残された錦織。二人の間に横たわった物理的距離と空白の時間は、あまりにも残酷な形で画面に映し出された。

彼らの再会シーンの演出が見事だった。玄関の扉を中心に据えた構図。向かって右の外側には、光に照らされ訪ねてきたヘブン。向かって左の内側には、病に冒され、影に沈む錦織。この物理的な境界線は、この二人がもはや、同じ地平にはいないことを冷徹に示していた。

冷淡な態度を崩さない錦織だが、そっと秘められた親愛の気配もあった。彼の書斎のブックエンドに置かれた、ヘブンの新刊。弟の丈(杉田雷麟)から送られてきたであろう一冊と、錦織がすでに自費で購入した一冊、合わせて二冊ずつの著書が並べられていた。言葉を交わさずとも、錦織は常にヘブンのもっとも熱心な、そしてもっとも厳しい読者であり続けていたのだろう。

だからこそ、錦織はヘブンの帰化に容易に手を貸さない。“知事への信頼がない”という言葉は、おそらく方便だ。

そして迎えた、週のラストシーン。日本名「八雲」を授かり、幸せの絶頂にいるはずのヘブンが、朝の喧騒のなかで突如として恐れ慄き、橋の上で立ち往生する姿。朝日が照らす美しい日常が、彼にはどのように見えていたのだろう。

それを見つめる錦織の幻影、あるいは実像の厳しさは、ヘブンへの警鐘に思えてならない。

リテラリーアシスタントとしての、最後の仕事

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『ばけばけ』第23週(C)NHK

橋の上に現れた錦織の姿は、実体か、それともヘブンの不安が生み出した幻影か。かつて松江の朝靄や、人々の喧騒、文化を象徴するような音の重ね合わせに心震わせ、異邦人の瞳でこの国の美を掘り起こしたヘブンは、いま、何も感じられなくなってしまっている。

日本人になるという“安心”を得た代償に、鋭利だった感性が鈍麻してしまったのではないか。橋の上で向かい合う二人の静寂は、ヘブンの内面で起きているアイデンティティの崩壊を、静かに物語っていた。

厳しい言葉でヘブンの“作家としての将来”を閉ざす錦織。しかし、その好意にこそ彼の真意が含まれていた。焚き付けられ、書物に夢中になるヘブン。その様子を襖越しに感じとりながら、錦織はトキにだけ真実を明かす。

厳しい拒絶は、ヘブンを松江に縛り付けるためでも、裏切られた恨みからでもなし。ヘブンという稀代の才能を埋もれさせたくない……自らの死期を悟った錦織が、最後に選んだ“友への尽くし方”は、たとえ嫌われ者になったとしてもヘブンの筆を走らせる、過激なまでの叱咤激励だったのだ。SNS上でも「最高の二人をありがとう」「大好き」「朝ドラ史に残る」と話題になるほど、彼らの目には見えない強固な絆を感じるシーンだった。

やがて完成した新作の献辞には、「錦織友一」の名が刻まれた。著作を通じて、二人は確かに再会し、永遠の友情を証明したのかもしれない。錦織は最後までヘブンの「リテラリーアシスタント」であり続け、ヘブンはその熱意に応えることで、真の意味で、作家としてのアイデンティティに着地したといえるだろう。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X:@yuu_uu_