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朝ドラの“見覚えのある光景”にざわつく声「幸せそうだけど」「嫌な予感」美しいだけじゃ終わらない“物語の理由”

  • 2025.10.10
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『ばけばけ』第2週(C)NHK

朝ドラ『ばけばけ』第2週「ムコ、モラウ、ムズカシ。」では、ヒロイン・松野トキ(髙石あかり)が“家族のための結婚”に向き合う姿が描かれた。貧乏から抜け出すため、働き手となる婿を迎えようとする松野家。表向きはコミカルな“お見合い奮闘記”ながら、どの笑顔にもどこか不穏な影が差す。幸せそうだけど……なんとなく嫌な予感。そんな空気が、週全体を貫いていた。

占いが示す恋と経済の二重構造

トキは友人のチヨ(倉沢杏菜)やせん(安達木乃)と恋占いをする。八重垣神社の池に浮かべた紙舟は、彼女のものだけが沈まず遠くへ流れていく。後に異国の文豪・ヘヴン(トミー・バストウ)と出会う伏線でもあるが、いまのトキにとってはただの“不吉な遅れ”。皆が結婚していくなか、自分だけ取り残される焦りが募る。

「こげな暮らしから抜け出すには、これしか……」

そう口にしたとき、トキの“結婚”は恋愛ではなく“経済再建の手段”に変わった。借金を返すために、働き手を増やすために、婿をもらう。冷静に見れば、それは“家業の延命策”であり、誰かの心を選ぶ行為ではない。母・フミ(池脇千鶴)が「当たるも八卦、当たらぬも八卦」と励ます場面も、どこか諦念を帯びていた。

第7回、ようやく見合いの話が決まる。お見合い相手は、元士族で商人の青年・中村守道(酒井大成)。黒いフロックコートに身を包んだ彼を迎える松野家は、まげを結ったままの裃姿。異なる時代がひとつの座敷に並ぶような、奇妙に美しい光景だ。

「立派なまげでありますな」と戸惑いを隠さず礼を尽くす守道に、祖父・勘右衛門(小日向文世)や父・司之介(岡部たかし)たちは「跡取りになれば、このようになれるぞ」と返す。笑いのなかにも、古い価値観の誇りと痛みが滲む。

守道の誠実なまなざしを受けながら、トキの心は揺れる。けれど破談の理由は彼女ではなく、“時代遅れの家”だったから。このやり取りは“お見合い失敗”の笑い話ではなく、明治という時代の転換期を象徴する場面でもあった。

“お茶一杯で決まる”未来……トキが感じた“怖さ”

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『ばけばけ』第2週(C)NHK

お茶を出した瞬間に祝言が決まるという、明治下におけるお見合いの慣習を前に、トキは“怖い”と呟く。

髙石あかりの演技はここで一段深まる。笑顔の下に滲む不安、息を詰めるような沈黙。一瞬お互いの顔を見ただけで、見知らぬ男性と一生をともにすることになるかもしれない、そんな現実に対し怖気づいている。

破談が決まったとき、司之介は「まげを結っている男と見合いをさせる」と強情を張る。トキは静かに反論する。

「やるなら人のためになる武士やってよ。それができんのなら、せめて人に迷惑かけない武士やってよ」

この一言が、トキという人物の核を示す。時代に翻弄されながらも、彼女は“誰かを犠牲にしない幸せ”を探しているのかもしれない。

そんななか、親戚筋の雨清水博(堤真一)とタエ(北川景子)が、トキに“嫁入り”を提案する。

「良い家に嫁げば、豊かに暮らせる」……それは常識的な幸せの道筋だ。しかし、トキは迷わず言う。

「自分一人だけ幸せになってもつまらない。みんなで幸せになって、初めて幸せなので」

その言葉に込められたのは、貧しくても家族と生きる選択だ。

父が理髪店でまげを落とし、「トキを幸せにする武士になる」と宣言する場面も胸を打つ。髪を切る所作が、価値観の更新を象徴している。

スローモーションの団欒:幸福の再演と嫌な予感

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『ばけばけ』第2週(C)NHK

二度目の見合い相手・山根銀二郎(寛一郎)との出会いは、トキの世界を静かに変える。「右を曲がってもいいでしょうか?」と丁寧に道を譲る山根の姿に、これまでの男性像とは違う“共感”の気配がある。

ふたりが訪れたのは、トキがかつて博とともに訪れた、憧れの清光院。怪談『松風』の舞台であり、トキにとって特別な場所だ。

怪談とは、怖いだけじゃなく寂しいもの。そう語る山根に、トキは「大好きでございます!」と笑顔を見せる。恋の高揚ではなく、寂しさを分け合える相手を見つけた瞬間だった。

このシーンでの髙石あかりの演技は、目線の奥行きが違う。1週目では“橋のこちら”から遠くを見ていたトキが、いまは隣を歩く相手と視線を交わしている。彼女の“怪談好き”は、恐れを語ることではなく、“孤独を語り合う力”だったのだろう。

結納を前に、松野家の団欒がスローモーションで映し出される。笑顔、湯気、柔らかな光。けれど視聴者の多くが感じたのは、“あれ、これどこかで見たことがある……”という既視感だ。

そう、第1週、ウサギ商売で転落する直前にも、同じような幸福の場面があった。だからこそ、この“幸せそうな光景”は美しくも怖い。ゆっくり流れていく笑顔が、ふたたび崩れてしまうのではないかという不安を呼び起こす。

『ばけばけ』は、幸福の形を何度でも作り直すドラマだ。だからこそ、私たちはその幸福を信じながらも、どこかで怯える。SNS上でも「幸せそうだけど……」「なんとなく嫌な予感?」という言及が多い。その予感こそが、トキの“生きる力”を浮かび上がらせる。明治という激動の時代で、彼女は何度でも立ち上がるだろう。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK ONE(新NHKプラス)同時見逃し配信中・過去回はNHKオンデマンドで配信

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_