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朝ドラで1週目から“巧妙”に埋め込まれた暗示 “川と橋”に込められた静かな緊張感と境界に立つヒロイン

  • 2025.10.3
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『ばけばけ』第1週(C)NHK

9月29日から放送が始まった朝ドラ『ばけばけ』。本作のヒロイン・松野トキを演じるのは、女優・髙石あかりだ。物語は、松江の没落士族の娘・トキが、後に異国の作家レフカダ・ヘブン(トミー・バストウ)と出会うまでを描く。その第1週は“川と橋”という地理的モチーフを巧みに織り込みながら、身分の転落、家族の存続、そしてジェンダーや労働をめぐる問題を描いた。そこに髙石あかりが見せたのは、境界に立つヒロインとしての存在感である。

川は境界であり鏡……“あちら側”に見える運命

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

第3回、父・司之介(岡部たかし)が「橋の向こうは商人や貧しい者の町」と説明する場面。武家と商人の街が川を挟んで二分される構造は、明治の変革を象徴的に表していた。

その直後に挿入されるのは、借金のかたに売られていく女性たちの姿。まだ子どもであるトキ(福地美晴)は、橋のこちら側からそれを見つめる。このときの視線は、自分の未来を先取りするような鏡像性さえ感じさせる。

成長した18歳のトキは、かつて少しの怖れを交えて見つめていた、橋の“あちら側”に暮らしている。過去の自分の姿が見え隠れするような、橋の向こうを期待と憧れで見つめる眼差し。そこに髙石特有の、やや力を抜いた自然な芝居が光る。SNS上でも「自然で可愛らしくて良い」「どこからが演技か分からない」と好評だ。

大きな感情を声でぶつけるのではなく、視線の揺らぎや一拍の間で、境界を意識するトキの心を表現する。この抑制の効いた演技が、第1週全体に漂う微量の緊張感を支えていた。

ウサギ相場と生活の座標:没落士族から労働者階級へ

司之介が手を出したウサギ商売。最初は儲けが出て家族の笑顔が戻るものの、やがて借金が膨らみ、破綻は避けられなくなる。明るさと没落の落差を、川辺や市場といった場所の風景が効果的に示している。

福地美晴演じる子ども時代のトキが、純真に「先生になりたい」と夢を語る一方で、18歳のトキは借金返済のために機織り仕事に追われている。ここで印象的なのが、髙石の“疲弊と明るさの同居する表情”だ。

第5回でカステラを前に無邪気に喜ぶシーンは、まるで幼少期のトキを一瞬だけ取り戻したかのように見える。しかし同時に、その笑顔の奥には労働の重さと諦めがにじむのだ。彼女は“働く娘”として家族を支える覚悟を背負いつつも、少女らしい感情を消さない。髙石は、その二重性を丁寧に表現していた。

トキの人生は“向こう”へ流れる

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『ばけばけ』第1週(C)NHK

第5回では、八重垣神社の恋占いのシーンも印象的だ。紙の舟が“遠く”へ流れ、なかなか沈まない。これはトキの未来が“向こう側”……遠い異国の作家・ヘブンとの結びつきを暗示している。ちなみに、このエピソードは史実に基づいているようだ。

リベラル社より出版の『面白すぎて誰かに話したくなる 小泉八雲とセツ(著:伊藤賀一)』では、下記の様に記されている。

「子どもの頃、松江郊外の縁結びの占いで知られる八重垣神社の「鏡の池」にお友だちと出かけたことがありましたの。その時、友達全員の占い用紙はすぐに近くに沈んだのに対し、私の物だけが池の奥へと漂い流れてから沈んだのです」
出典:『面白すぎて誰かに話したくなる 小泉八雲とセツ』(著:伊藤賀一/リベラル社)第5章 小泉セツ〜ママさん〜 より

ここで髙石が見せるのは、静かな諦念とほのかな希望が入り混じった眼差しだ。苦しい生活に追われながらも、未来への期待を捨てないトキ。その複雑な感情を、大げさな身振りに頼らず、目線と呼吸で描き出す演技は見事だった。子役からのバトンを自然につなぎ、ヒロイン像を自らの色に染めていく瞬間がここにある。

第1週を振り返れば、“川と橋”というモチーフが繰り返し登場し、階層・ジェンダー・労働・運命の境界を浮き彫りにしていた。その境界に立たされるヒロインを説得力あるものにしたのは、髙石あかりの演技力だ。

彼女は大声で時代を突き破るのではなく、小さな視線や一瞬の表情で、明治の激流に呑み込まれそうになる少女の息遣いを描く。没落士族の娘から労働者へと転じる過程、家族を守ろうとする強さ、そして未来を“遠く”に見据える眼差し。そのすべてが、境界を越えようとするヒロイン像を鮮やかに形づくっている。

『ばけばけ』の第1週は、物語の大枠を提示すると同時に、髙石あかりという女優の表現力を強く印象づけた。これから彼女がどのようにして、遠い“向こう側”の運命と出会うのか。その行方を追う楽しみが、半年間の物語を支える大きな力になりそうだ。


連続テレビ小説『ばけばけ』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHK オンデマンド(放送7日後より配信)・NHK ONEで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_