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“名作”『ラストタンゴ・イン・パリ』に隠された性被害を描き直す──『タンゴの後で』監督が語るその意義【MY VIEW|ジェシカ・パルー】

  • 2025.9.10
『タンゴの後で』は公開中。Photo_ 2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT
『タンゴの後で』は公開中。Photo: 2024 © LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT

映画『ラストタンゴ・イン・パリ』(1972)はマーロン・ブランド扮する中年男性とマリア・シュナイダー演じる若い女性がパリのアパルトマンで出会い、名前も素性も明かさぬまま体を重ね合う、イタリアの巨匠ベルナルド・ベルトルッチの代表作です。マリアのいとこでジャーナリストのヴァネッサ・シュナイダーが著した伝記を読んで衝撃を受けたのは、ベルトルッチ監督作『ドリーマーズ』(2003)のアシスタントとして初めて現場入りした頃でした。当時の私は、マリアが『ラストタンゴ~』に出演したときと同じ19歳。パワハラや不適切な状況を目にするなかで、マリアが自らの性被害を告発していたにもかかわらず、誰もその声に耳を傾ける人がいなかった当時と、状況は大きく変わってはいないと実感しました。

実際、映画『タンゴの後で』の製作費を集める段階で、「脚本はよく書けているけれど、この話はいまだに映画界を揺るがすタブーだから」と言われ続けました。私が『タンゴの後で』をどうしても撮りたかったのは、この葬られた物語の真実をマリアの視点から描きたかったから。観客には彼女の息遣いを感じ、まるで彼女の体の中に入ったかのように感じてもらいたかったのです。完成後にカンヌ国際映画祭でプレミア上映できたのは、映画祭総代表ティエリー・フレモーの英断によるもの。実はこの年のカンヌではマーロン・ブランドの生誕100年を祝う企画が組まれていたのですが、それを中止して『タンゴの後で』を選ぶという政治的な選択には感謝しかありませんでした。

マリアはトラウマの原因となった『ラストタンゴ~』の“バター”のシーンを「ベルトルッチとブランドにレイプされたような気持ちになった」と振り返っています。映画の中で、私はもちろんマリア側に立っていますが、この2人の男性を善悪で裁くのではなく、その行動原理を探りました。1970年代は性の解放が謳われた時代。人気急上昇中のベルトルッチは、マーロン・ブランドの復帰作となった『ラストタンゴ~』でタブーを破ることに快感を感じていたはずで、ハリウッドのカリスマ俳優ブランドとの共闘に夢中だったと思います。2人の男は脚本にないハードな即興シーンを撮ることに興奮し、19歳の若いマリアをオブジェのように利用しました。彼女には発言権なんてなかったのです。芸術の名のもとに暴走する人物が権力を持ってしまうと、もう誰も止められない。それはとても危険なことです。

自身も俳優で監督作もあるデルフィーヌ・セイリグは、虐待を告発した最初の俳優の一人となったマリアが「映画は男によって、男のために作られている」と語るインタビューを『Be Pretty and Shut Up』におさめています。とても力強いドキュメンタリー作品ですが、セイリグたちのアクションは力強い波にはなりませんでした。そこから50年経ち、その状況が格段に進歩したかといえば、そうでもない。いつも発言しているのは同じサークルの人たちで、そこに属さない人たちの多くがまだ発言を恐れている。現在、俳優ジェラール・ドパルデューが過去の性加害を訴えられています。真実であるならば議論の余地などないはずなのに、偉大なる俳優に対する情状酌量を求める人たちが今のフランスにはまだ大勢いるのが現状です。

また映画の現場ではジェンダーを問わず、加害者になる可能性があります。監督である私の現場に特別なルールはありませんが、創造とは屈辱や苦痛、軽蔑の上に成り立つものではないということを私自身が態度で表明すれば、自ずとそういう現場になると信じています。監督とは考えを態度で示すコンサートマスターのような役割ですから。映画界にあまり進歩がないといっても、まったくゼロでもありません。例えば撮影現場にインティマシー・コーディネーターがつき、俳優が「同意しない」と発言できるようになるなど、改善点もあります。私がアシスタントをしていた時代は、女性の技術スタッフはスクリプター、衣装、ヘアメイクなどに限られていましたが、今は監督、撮影監督、照明といった分野にも女性が増え、女性チーフが現場を仕切るなど、制作現場が男性の聖域ではなくなってきています。レア・セドゥやアデル・エネルら若い世代の女性俳優たちが撮影中の性的搾取について声を上げています。また若い世代の男性は女性へのリスペクトがあり、ジェンダーを問わず、私はこの世代による刷新に期待をしています。『タンゴの後で』のラストでは、マリアがカメラに向かって「Je vous écoute」と言います。「ご覧になりましたね。さあ、あなたの意見を聞きましょう」と、新たな観客に語りかけているのです。

Profile

ジェシカ・パルー

1982年、パリ生まれ。2017年に監督デビュー。長編第2作目の『タンゴの後で』(9月5日公開)では、『ラストタンゴ・イン・パリ』の陰で、脚本にない性暴力を強要されトラウマを抱えたマリア・シュナイダーの真実を描く。

Text: Jessica Palud As told to Reiko Kubo Editor: Yaka Matsumoto

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