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「別のスタッフで対応するように」医療的ケア児の訪問看護で2歳児がつまずき…母親の怒りに「親の心を支える重要性を実感」

  • 2025.9.22
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出典:Photo AC ※画像はイメージです

こんにちは、現役看護師ライターのこてゆきです。

訪問看護の現場では、身体のケアだけでなく、親の心に触れる瞬間が多くあります。一見、日常の中でよくある小さな出来事でも、医療的ケア児を育てる親にとっては命に直結する不安へと変わることも。

今回ご紹介するのは、訪問看護中に起きた「小さな転倒」と、それに対するお母さんの沈黙の反応から学んだ出来事です。

食事のあとのアクシデント

Aくんという2歳の男の子の患者さんがいました。その子は、気管切開をしていて、呼吸器や人工鼻を使いながら日常を過ごしています。日頃は母親が中心でその子のお世話をしています。

私たちは毎日、食事や生活介助をするために訪問していました。ある日の朝食介助。Aくんはイヤイヤ期の真っ只中で、スプーンを近づけると首を振って拒否し、顔を背けます。

「あと少しでいいから頑張ろう」

お母さんも「あと一口ね」と声をかけ、なんとか食事を終えることができました。

安心して遊び始めた矢先、Aくんは室内の小さな段差につまずき、頭をコツンとぶつけてしまいました。

「大丈夫?痛かったね」

すぐに冷やして確認しましたが、腫れも出血もなし。看護師としては「大きな問題はない」と判断できる状況でした。

しかし、その後の母親の反応に、私は強い緊張を覚えました。

沈黙に込められた怒りと不安

「申し訳ありません。すぐ冷やしており腫れたりはしておりません。以後気をつけて関わっていきます」

私はできるだけ落ち着いた声で伝えました。

しかし、お母さんは返事をしません。視線をそらしたまま、私と目を合わせようとしない。こちらの言葉にうなずくこともなく、ただ静かにAくんの朝の支度をしています。

普段なら看護師に頼むような着替えも、黙々と何も言わずに1人でしていたのです。

「靴下準備しますね」そう伝えると、お母さんは「いや、もういいので」とのみ返答しました。

怒鳴られたわけではありません。しかしその沈黙と無視するような態度に、「もう信頼されていないのかもしれない」という痛みが胸を突き刺しました。

「普通の子なら大丈夫と受け止められることも、医療的ケア児では命に関わるかもしれない恐怖になるんだ」と頭では理解できても、看護師として無言で拒絶されるあの時間は、とても長く感じました。

上司への報告と学び

訪問後、すぐに上司へ報告しました。

「腫れや出血はなく、すぐに冷やして対応しました。ただ、お母さんが強く不安を示されて…」

「そうだったんだね。お母さんから電話きて、別のスタッフで対応するようにと言われてます。辛いと思うけど、医療的なケアが必要な家族への対応の見直しと振り返りをして、今後どう動くが一番大切だと思うよ」

上司の言葉に、私は深くうなずきました。

この出来事は「子どもの身体を守る」だけでなく、「親の心を支える」ことも訪問看護師の役割なのだと強く実感させられたのです。

信頼を積み重ねるということの大切さ

医療的ケア児の訪問看護では、薬や処置だけで完結するものではありません。

「今日はどうですか?」「昨日の夜は眠れましたか?」

そんな小さな声かけや雑談の積み重ねが、親の緊張や不安を少しずつやわらげていきます。

日常のやり取りを重ねることで信頼が芽生え、いざという時に「この人なら大丈夫」と思ってもらえる基盤になるのだと改めて感じました。

しかし同時に、その信頼は強いようでいて、とても脆い一面もあります。日々積み上げてきたものが、ひとつのつまずきやトラブルによって一瞬で揺らぎ、崩れてしまうこともあるのだと痛感しました。

小さなつまずきが教えてくれたこと

今回の出来事で学んだのは、事故やトラブルは「子どものケア」と「親のケア」が常にセットであるということです。

母親の沈黙は怒りのようにも感じますが「また命に関わることが起きるのではないか」という強い不安の表れでした。

医療的ケア児は成長や発達の過程で、動きや興味の範囲が広がる一方で、思わぬ事故につながるリスクも高まります。子どもの発達段階や行動特性を踏まえた安全対策を意識することが、身体的なケアと同じくらい重要と感じます。

子どもの命を守ろうとする親の思いは、看護師が想像する以上に鋭敏で重く、時に私たちの関わりを試すように突きつけてきます。だからこそ、親の心情に耳を澄まし、その不安に寄り添いながら、安心を支える存在であると同時に、子どもの成長や発達に応じたリスク回避にも細心の注意を払うことが必要だと改めて実感した出来事でした。



ライター:こてゆき
精神科病院で6年勤務。現在は訪問看護師として高齢の方から小児の医療に従事。精神科で身につけたコミュニケーション力で、患者さんとその家族への説明や指導が得意。看護師としてのモットーは「その人に寄り添ったケアを」。


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