1. トップ
  2. 朝ドラで交わされた“涙のやりとり”「赤ちゃんを産むことも」アンパンマン誕生へとつながる“大切な一夜”

朝ドラで交わされた“涙のやりとり”「赤ちゃんを産むことも」アンパンマン誕生へとつながる“大切な一夜”

  • 2025.8.22
undefined
『あんぱん』第21週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』は、やなせたかしとその妻・暢をモデルに、戦中から戦後を生き抜き『アンパンマン』誕生へと至る夫婦の物語を描く。101回目の放送では、後に日本中の子どもたちに愛される名曲『手のひらを太陽に』が誕生した。この回を境に、物語は“名曲”と“キャラクター”というふたつの象徴を抱え、創作と人生の再生が交差していく。

※以下本文には放送内容が含まれます。

名曲「手のひらを太陽に」の誕生

嵩(北村匠海)が書いた歌詞に、いせたくや(大森元貴)がメロディをつける場面は、視聴者の胸を大きく揺さぶった。たくやが「漫画みたいな歌詞」と褒め、即興でピアノを奏でる。その音を和やかな表情で聞く嵩は、まさかこの一曲が何十年も歌い継がれるとは夢にも思わなかっただろう。

後に八木(妻夫木聡)と言葉を交わした際も、謙虚な様子で「たまたま一曲売れただけ」と口にする彼だが、“名曲誕生の瞬間”に立ち会う特別な緊張感が、確かにあった。

『手のひらを太陽に』は後に『みんなのうた』で流れ、子どもたちに広がっていく。ここで描かれたのは、歌や物語が人々の暮らしに根を下ろす瞬間だ。創作はひとりの作り手の手を離れ、やがて社会全体に浸透し生き続ける。その始まりを、ドラマは瑞々しく描いてみせた。

undefined
『あんぱん』第21週(C)NHK

嵩は漫画家仲間から“ファイティングやない”と呼ばれている。頼まれごとを断れず、何でもやってしまう性格がそう呼ばせた。人気歌手・白鳥玉恵(久保史緒里)からリサイタル構成を頼まれたときも「漫画以外の仕事は断ろう」と決意していたのに、結局引き受けてしまう。

その姿は優柔不断にも見えるが、裏を返せば「人のために尽くしてしまう性分」でもある。だからこそ、八木からことあるごとに「逃げるな、漫画を描け」と叱咤されてしまうのだろう。

嵩は久しぶりに漫画を描こうとするが、筆は進まない。創作の苦しみと、人に流されてしまう自分。嵩の葛藤は、戦後を必死に生き抜いた世代の矛盾をも映し出しているように見える。

のぶと登美子、女性たちの生き方の対比

一方ののぶ(今田美桜)は、仕事をクビになってしまい、社会から距離を置くことに。そんな彼女の前に現れるのが、義母の登美子(松嶋菜々子)だ。お茶の教室を新たに始め、生き生きと働く登美子の姿は、のぶに強い印象を残す。

「(登美子が)生き生きしとった」とのぶが語るシーンは、戦後女性の生き方を象徴する。家庭に縛られず、自分の力で社会と関わること。のぶは登美子を通して、自分もまた「何者かになりたい」という気持ちを痛感したのかもしれない。

物語のもうひとつの転換点として、嵩やのぶの幼なじみである康太(櫻井健人)の再登場がある。彼はのぶの実家の朝田石材店を改装し、「たまご食堂」を開きたいと語った。その名の由来は、戦地で食糧難に苦しんでいたとき、現地の女性からもらったゆで卵の味だ。

康太の決意に、嵩ものぶも笑顔で賛同する。この場面は、戦争の記憶が人の営みや思想にどう刻まれるのかを象徴していた。飢えの記憶が「他者にお腹いっぱい食べさせてやりたい」という優しさへと転化される瞬間に、人間の強さと希望が描かれていた。

のぶと嵩、別居の果てに芽生える『アンパンマン』

嵩の仕事の邪魔をしてしまっている、と気に病んだのぶは、一時的に家を出て蘭子(河合優実)の家に転がり込む。嵩と別居生活を続けるのぶは、登美子から嵩の名前の由来を聞き、ひとりで山を登る。その足取りは、彼女自身の強さと未来への意思を示すものだった。SNS上では彼女の行動を指して「衝動的に行動してるのぶが好き」という声もある。

嵩はそのころ、のぶの言葉を胸に久しぶりに漫画を描くことに向き合っていた。

久々に帰宅したのぶは、涙ながらに心境を打ち明ける。「うちは何者にもなれんかった」「嵩さんの赤ちゃんを産むこともできなかった」と涙するのぶに、「のぶちゃんは、そのままで最高だよ」と応える嵩。

ふたりのやりとりには、夫婦の愛と赦しが凝縮されている。そして嵩が描いたのは、太ったおんちゃんがあんぱんを持って空を飛ぶ絵。やがて『アンパンマン』となるキャラクターの原型が、ここで初めて姿を見せた。

創作とは、苦しみや喪失の果てに芽生える再生の物語である。その瞬間を、ドラマは鮮やかに捉えていた。

undefined
『あんぱん』第21週(C)NHK

今回のエピソードでは、『手のひらを太陽に』という名曲と『アンパンマン』という不滅のキャラクターの萌芽が同時に描かれた。のぶと嵩、それぞれが壁にぶつかり、別居という距離を置きながらも、互いの存在を必要としている。

『あんぱん』は、ただの伝記ドラマではない。創作がいかに人の人生と結びつき、社会に還元されていくかを描く群像劇である。戦争を生き抜いた世代の「飢え」や「喪失」は、やがて「食べさせたい」「支えたい」という優しさに昇華されていく。その物語の延長線上に、『アンパンマン』という国民的キャラクターが存在しているのだ。

今後、のぶと嵩がどのようにして夫婦として、また創作者としての道を切り拓いていくのか。朝ドラ『あんぱん』は、視聴者に「生きるとは何か」を問いかけ続けている。


連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_